隣の席のクール・ミステリアス編 ~綾小路詩織ルート~
隣の席のクール・ミステリアス編 ~綾小路詩織ルート~
水族館のチケットを受け取って、思い浮かべたのは――同級生の顔。いつも表情が変わらず、言動の意図が分からないこともあってか、かなり気になる女の子。
今日は宿題を忘れて、教室で課題をやってたはずだ。そこに向かうと、西日が差す中、ぼんやりとした顔でプリントに向かっている小さな少女がいた。
思えば、しおりんとは不思議な関係だ。野球ゲームが好きで、一緒にゲームをやったり、キャッチボールをやったり。師匠なんか呼ばれることもあったよな。あれは本気でわからなかったけど。
「しーおりん!」
「……かがりん。助けて、ここわかんない」
「お任せあれ。ここはね……」
アドバイスをすると、しおりんはちゃんと自力で解くことができる。最近、新しいパワ○ロが始まってから、それに夢中だ。そんな彼女を補佐しつつ、俺も同じゲームをプレイしていた。お互いのチームが温まったらまた対戦だ。
しおりんは満遍なく育てるのが好きで、俺は足なら足、肩なら肩とコンセプトを決めて極振りするのが好きだった。そう言う方向性の違いで、できた選手をお互いに見せ合い、感想などをぶつけ合うのもなかなか楽しい。
「終わった……助かった、かがりん。最近眠くて、授業聞けてないの……」
「楽しみなのは分かるけど、授業はちゃんと受けようぜ。さ、提出して、今日はこの後デートしない?」
「……え?」
「いや、デート」
「ま、待って……え? で、デート、ぼくと……?」
「うん。嫌?」
「い、嫌じゃないけど……い、いきなり誘うのは、心臓に悪い」
「あー、都合悪かったか。じゃ、また今度で――」
「い、行く! 行くから! これ、出しに行ってくるから待ってて!」
「お、おう。転ばないようにね」
放課後デートと言うのも乙だよな、と思ったのも確かだが、俺が待てなかった。
しおりんと一緒に帰ったこともあったけど、何だかんだ普通の友達っぽい距離だった。俺はその距離が時折もどかしかった。
俺の外見ではなく、中身を好きだと言ってくれたのは、まずしおりんだった。
俺はまず外見に惹かれて、そこからエキセントリックとも呼べる性格が気になっていて、いつの間にかしおりんは、気になるお隣さんとして存在していた。
……いつからだろう。友達という関係性が、もどかしくなっていたのは。
俺は今までどの女の子も気になってはいたけど、ここ最近だと、しおりんが気になる。
同時に、友達じゃない次のステップを踏みたいと思った。
親友なんか、そんな生温い関係性では、俺はもう満足ができない。
応えてもらえるかは分からないけども……告白がしたい。
だから、まず特別に君を見ていることを証明するために、デートと言う言葉を使った。
「……しおりん」
君も、同じ気持ちでいてくれるといいな。
そんなことで、俺は頭がいっぱいだった。
水族館に来たのはいいけど、しおりんと手を繋いで歩くだけでこっちはキャパシティが崩壊しそうだった。王子みたいな笑みを取り繕うだけでいっぱいいっぱい。でもその眩しさを糊塗した笑みを、彼女は好まないことを知りながら、俺は仮面のようになっていたそれを手放せなかった。
「あ、セイウチだ。でっかいよねー」
「セイウチかぁ。氷水タイプにいたよね。あれ強かった」
「ポ○モンね。いたねそんなの」
「かがりんは対策どうしてた? 水氷は中々厄介」
「電気技か即死系で対応してたな。でも油断してると向こうからも一撃必殺飛んでくるし。鈍重だから草の重量だけ攻撃が乗る技とかも良かったけど」
「おお、結構ガチ」
「俺は割と容赦ないよ、ゲームでは」
「その割にポカミスが多かったりする。パワプロでも、それでぼくが勝ち越してるし」
「次は負けないぜしおりん! 百七十五キロピッチャー作ったから。スプリットとチェンジアップの二枚持ち」
「うわ、めんどくさそう……」
「ふははは! 次こそ負けんぜ!」
こういう距離感が、好きだった。
遠慮のない友達というか。一緒に遊べる、女の子の友達。
FPSを除くほぼすべてのゲームを、しおりんと一緒に経験してきた。これ面白そうだから一緒に買わない? と言って、プレイしているゲームも何本かある。
だから、決めていたんだ。
この関係を変えるなら、自分から。
男を見せろ、光本篝。告白するんだ!
「かがりん」
「あ、うん。何?」
「デート、楽しいよ。嬉しい。でも、同時に……ぼくは、ちょっと悲しいんだ」
「え……?」
悲しい? このデートに彼女を悲しませている要因がある?
あれか? 水族館は暗くて怖かったのか? それともあんまり興味がなかったか!?
そうか、その可能性を失念していた。いやいや、急すぎて制服デートみたいなことになってしまったからか? いや、でも学生というプレミア感は今しか……でもオシャレ着でデートもしてみたいが……。
彼女の顔を見る限り、本当に笑顔が曇っている。苦笑、している。
「ぼく、はしゃいでた。でも、かがりんはいつも通りなんだもん。いつも、微笑んでくれる。いつだって、笑いかけてくれる。ぼくじゃ、ドキドキしないって、言われてるみたいで……」
「んなわけあるか!」
俺は反射的に大声でそれを否定していた。周囲から注目が集まり、思わず真っ赤になってしまったが、俺はしおりんの目を見た。笑顔を取り去って、俺は本気の顔で彼女をまっすぐ見据える。
「俺はしおりんだからデートに誘ったんだ。手を繋ぐのだって、それだけでいっぱいいっぱいなんだよ! だから、せめて顔だけは……王子らしくあろうって……」
「それ、嬉しくないよ。ぼくは、そのままのかがりんが好きなの。面白おかしくて、三枚目で、だけど誰よりもカッコいい。そんなかがりんが好き。ぼくは、ずっとドキドキしてる。デート中も、教室での会話だって、ぼくにとっては大冒険なんだ。……好きです、篝君。ぼくに、恋人という関係を、望んでください」
やられた。先に言われてしまった。
してやられたのが悔しくて、俺は彼女を強引に抱きしめる。
「……俺も好きだよ、詩織……」
「え……?」
「好きなんだよ。詩織が。何考えてるか分からないけど、詩織はいつだって俺の遊びに付き合ってくれて、女子まみれの教室の中で、ルックスばかり見るの連中の中で、まず誰よりも先に、俺の中身を好きだって言ってくれた。こんな女の子、ほっとくかよ。……三枚目な俺だけど、君だけの王子になる栄誉を、与えてくださいませんか?」
「うん。でも王子はいらない。平民二人、そこそこ幸せなら、ぼくはそれ以上望まない」
「いや俺は望むね。だって」
彼女を開放し、手を握る。ちっちゃな手。頑張ってカーブを投げれるようになった、努力家の手。ゲームに熱心で、いつも印象的なプレイングを可能にする、細い手。
「最高の恋人と一緒なんだ。最高の将来を望まないわけがない」
そうきっぱり言うと、彼女はキョトンとして、そして笑い出した。何気に笑っているところを、初めて見た気がする。これだけ一緒にいたのに。
「……いいよ。一緒に、最高のカップルになろ?」
「おう。しおりん、ありがと。さーて、そろそろナイトショーやるから、見に行くか!」
「うん!」
照れくさそうにそう笑う彼女の手を引いて、俺は進む。
俺は笑顔の仮面を張り付けていた。きっと、誰からも嫌われないために。王子をやる前から習慣だったので、直しようがないけど。
けれども、そんなものはもういらない。
俺の作った王子というガワではなく、心を、等身大の俺を好きになってくれた人がいるから。
友達を追い越し、師弟を超え、そして今、親友をすっ飛ばし、恋人になった。
そんな彼女の小さな手のぬくもりを、俺はきっと忘れないだろう。
ここで友達関係に栞を挟む。目くるめく恋人の世界が、今から二人に訪れる。
やがて結ばれる未来を想像するのは、やっぱり気が早いか。
「行こ、篝君!」
「おう、詩織!」
とりあえず、ショーを見よう。悪いけど、脇役として花を添えてもらう。
主役である、ミステリアスな君へ。この想いと共に、水族館に響け。
その日、ショーを見ながら二つの影が一つになったのだった。
~綾小路詩織ルート END~
元女子高に通う俺の生活が、なんかギャルゲー化してきた件 鼈甲飴雨 @Bekkou
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