いつか届く、王子様に向かうリトル・クイーン編 ~星名そよぎルート~
いつか届く、王子様に向かうリトル・クイーン編 ~星名そよぎルート~
わたしはそこそこ大きくなった。
百五十二センチ。その数値は低めを示すものだけど、成長できたと思う。
わたし――星名そよぎは、十六歳の誕生日を迎える今日、この日。高校一年生の冬――誘おうと思っていた。運命の王子様と、デートに行こうと。
でも、相手は大学生三年生。二十歳を超えた大人の人だ。色々勉強とかも難しくなってるだろうし、昔ほど、一緒に遊んでもらえなくなった。たまにお姉ちゃんと飲みに行っていると聞いてるけど、わたしはさすがに連れて行ってもらえない。
「……」
ダイヤルしようと思ってスマホを取り出すと、鳴動しだした。篝様だ。
「こ、こんにちは、篝様!」
『やっほ、そよぎちゃん。久しぶり! お誕生日おめでとう! 誕生日プレゼントを例年通り渡したいんだけど、今日会える? あ、もしかしてナッキーとか家族でどっか行ってる?』
「い、いえ。篝様に、今、電話かけようとしてて……」
『おお、それは奇遇。それじゃ駅前、十時に集合でいい?』
「は、はい!」
『ふっふっふー、久々にそよぎちゃんとデートだから、俺も気合入れてくるね。じゃ!』
……デート……!
今まで、そんな言葉を使わなかったのに、急に現実味が湧いてきて、柄にもなく顔が赤くなっていくのが分かる。
いつも冷静冷徹。学校で聞こえるのはクイーンって称号のわたし。
そんなわたしなら、王子様につりあうのかな。そう言う風に、大人になろうって頑張って成長してきたかいが、あったのかな。
にしても気合を入れた篝様……? ちょっと想像がつかない。
篝様からは甘さが少し薄れて、穏やかな雰囲気になりつつある。大人の余裕が見える顔立ちに成長しているのだ。
わたしも、少しは……大人っぽいよね?
鏡の中のわたし。ナチュラルにメイクを決められるようになって、しばらく。うん、大丈夫。今日もわたしは、きっと可愛い。
告白を全て断っていたのも、今日この日のため。
わたしは、王子様に手を伸ばす。
そのためだけに、自分を磨いてきたのだ。
「よし!」
行こう。十時には早いけど、遅れたくない。
だって今日は――――きっと、トクベツな日になるのだから。
◇
二十歳を超えた俺からすれば、俺はなーんにも変わっていない。
ショーウィンドウの前で自分を見ていたが、特に変化らしい変化はない。髪が少し長いかも。切りに行ってもよかったけど、まぁ、見苦しいわけではない。
相変わらず、男女入り混じった視線を向けられるのも日常だ。
「ねえねえ、そこの君。いまからお茶しない? 奢るから!」
「ごめん。今日は大事な先約があるから。また誘ってね」
「ちぇー」
顔も知らないやつに声を掛けられるのも昔からだし、慣れ切ってしまっている。
新鮮な刺激といったら、やはり若者の成長だろうか。
一回、サッカーを教えた子が全国大会に行ったことでまた教えを請いにきた。俺の出来る技術は教えたけど、既にものにしてしまったし。
そういえば男子野球部も、俺が三年になって無事に甲子園の土を踏めた。俺もリリーフでの出番があって、そこから育成スカウトも来てしまったが、断っていた。プロでやっていける自信がなかったし、それに恋愛とかの方が、俺には大事だったから。誠実に野球と向き合ってるプロになるのは、失礼だとどこか感じていた。
そんなわけで、ナッキーと同じ大学に無事入学を果たし、詰め込んだ授業も良を取って、ほぼバイトとゼミに顔を出す日々が続いている。バイトはメティのところのつながりで、執事喫茶だ。時給二千円というアホみたいな報酬を貰っていて気まずいものの、金はあって困るものではないし、まぁそれはいいか。ちゃんとこうして、プレゼントという役割に消えていくし。
すこし悴んだ手をポケットに突っ込みながら、その時を待つ。そよぎちゃんは人を待たせない。だから、早く来るはず。
「か、篝様!」
「おー、そよぎちゃん! うわ、制服! なっつかしーなぁ!」
「篝様がお好きだと姉に伺いまして」
「ナッキーどんなこと話してるんだよ……。会いたかったよ、ミスそよぎ。昔から可愛かったけど、今は綺麗になっていくね。素敵だ。お誕生日おめでとう!」
先にプレゼントを渡してしまう。が、俺は包装を破ろうとする彼女に待ったをかけた。
「ごめん、まだ開けないで。で、今日のデートはね。ここにしようと思って」
取り出す、少し古びた水族館のチケット。期限は書かれていないので、普通に使えるはずだ。調べても大丈夫そうだったし。
「水族館、ですか」
「うん。どうかな? ってなんか海を見るのも寒いような気がするけど……」
「いえ。水族館がいいです」
「ありがとう」
「いえ、篝様と過ごせるだけで、トクベツな時間ですから。でも、このチケット、古いですね」
「うん。大事な人に貰ったから、大事な人と行きたかったんだ。さ、行こう、そよぎちゃん」
自然な流れで手を繋ぐ、ことができたのだろうか。彼女の細く白い手を取って、俺は歩き出す。少し、小さな歩幅で。
彼女の手は温かかった。冷え切った俺の手とは違う。
柔らかく小さな手は、きゅっとこちらを握って来た。握り返す。そうすると、意地悪っぽく握られる。
俺達は顔を合わせあい、微笑みを浮かべた。本当に、そよぎちゃんは綺麗になった。姉よりも少しクールな顔つきだが、美少女が美少女のまま成長してくれた。
俺は、その場の嘘を吐いた覚えはない。
だから、大きくなって、俺に彼女がいない今。
俺を好きでいてくれるのであれば……
水族館は人であふれていた。
それもそのはず。十二月二十五日はクリスマスだ。デートで沢山の人がいる。水族館は幻想的な水中の世界を俺達に見せてくれる、特別なスポット。自然と恋人とくる人数も多い。そんな雰囲気に当てられて、今も誰か、見知らぬカップルがキスをしていた。
平然としているように見えて、そよぎちゃんは顔を赤くしている。そういう表情が、どうしても可愛くて。
「真っ赤だよ、そよぎちゃん」
少しからかいたくなる。
むっとしつつも、彼女は俺に頭を押し付けてきた。花のような、いい匂いがする。
「じゃあ、わたしとラブラブして、他の人たちを赤くさせましょう」
「それも楽しいね」
彼女の頭を撫でると、嫌そうに振り払われてしまった。と思ったら、繋いでいた手が絡みつき、恋人つなぎになる。
「子どもにすることを、しないでください。わたし、もう十六歳です」
「……申し訳ない、プリンセスそよぎ」
「いいんです。でも、次やったら、拗ねちゃいますから」
そう微笑まれる。綺麗な微笑みだ。思わず心臓が高鳴る。あんなに小さかったそよぎちゃんが……こんなに、綺麗になって。
四年という歳月は、人をここまで変えるのか。驚きつつも、俺達は大きな水槽ではなく、小さなケースのような場所に来て、展示を見る。
ライトアップされている中、透明なクラゲが無数に漂っていた。得も言われぬ美しさがある。宝石みたいなそれを、そよぎちゃんは夢中になって眺めていた。
子供っぽい部分も残っていて、少し安心した。俺は空いた手で彼女の肩を叩き、振り向いた彼女にポーチを指さした。
「プレゼント、開けてみて」
そよぎちゃんは正方形の箱を開ける。そこには、青紫色の箱があり、それを開けると――少しお高かったプラチナとサファイアのリングが。驚きで目を見開き、指輪と俺に交互に視線を向けてくるそよぎちゃんへ、俺は微笑んだ。
「すっごく可愛くなって、すっごく綺麗になって、俺に告白するって言ってくれたの、覚えてるかな。毎年、可愛くなる君を見ていた。毎年、綺麗になっていく君を、愛しいと思った。だから、その指輪は予約かな。そよぎちゃん、十八歳になったら――俺と、お付き合いを始めませんか? なんなら、今すぐでもいいけど」
「では、今すぐで」
彼女は、泣きだしていた。その顔を隠すように、俺のお腹に顔をうずめる。
「この時を、どれだけ待ったか……篝様に相応しくなれるよう、わたし、頑張って頑張って……頑張ってきました。頑張って勉強しました。頑張って運動しました。頑張って美容に気を付けるようになりました。頑張ってお化粧を覚えました。今も、貴方に見合うか、自信がありません。でも、わたしは……! 貴方の傍にいたい。ずっと、貴方という恋人の席を、独占していたいんです……! 王子様じゃなくて、いいから。ずっと、わたしの好きな人でいて欲しい……です」
「……分かったよ、そよぎ。顔をあげて。王子様から最後に、魔法をあげる」
顔をあげたそよぎの唇を奪う。
こっちだって、どんだけ我慢しようと思っていたか。
綺麗になっていくのを間近で見ていた。気にならないわけがない。最初は、ナッキーの可愛い妹としか見ていなかったけど、彼女自身の告白から、徐々に意識させられていた。可愛くなっていく彼女に、俺が焦り始めていたのも事実。
カッコ悪い。やっぱ王子なんて、この時を持って返上でいい。
だって、魔法は確かに――彼女に届いた。
ああ、好きだ――
「そよぎ、好きだ。俺の彼女になってくれませんか?」
「……勿論です。これから、わたし……篝様、いえ篝さんに、ガンガン行きますので」
「分かった、楽しみにしてるよ。マイスウィート」
そう言うと、そよぎは少し苦笑していた。
「やっぱり、王子様も捨てがたいですね」
「長くは持たないから、たまにね。でもこれからは、君の王子様だって胸を張れるよ」
「はい。……大好きです、篝さん!」
抱き着かれる。彼女を抱き上げてくるくると回った。細っこいが胸の出てきた彼女を抱きしめる。手の中にすっぽりと収まる彼女は、やはり微笑んだまま。
俺は指輪を取って、彼女の左手の薬指に嵌める。
「じゃ、予約ってことで」
「ええ。なんならお手つきもありです。ここら辺にホテルありましたっけ?」
「あの、俺を犯罪者にするのやめてもらっていいかな」
「大丈夫です。悪事とはバレなければ犯罪ではないのです」
「ダメな倫理だ……そんな子に育てた覚えはないぞ!」
「育てられた覚えもないですもん。レッツ背徳!」
「しないって。最近サバゲーデビューしたナッキーにエアガンぶち込まれるし」
「お姉ちゃんには篝さんを落としたことを報告しますね。あ、メール返って来た。かがりん通報しといたって書いてあります」
「ポリスメーン!?」
「あははっ、その愕然とした顔、王子様の時には絶対見られませんでした!」
「そーだよ。君は恋人って言う特等席で俺を見られるように、俺もその席で、君を見るから。色々と、王子じゃない俺は至らないところがあるかもだけど……」
それでも、彼女となら。
成長を遂げたしっかり者の君とならば、やっていける気がする。
「これから恋人として、よろしくね、そよぎ」
「はい、結婚を前提にお願いします。篝さん」
俺達は再び向かい合い、唇を合わせる。
いつか芽吹いた小さな恋が、いつか届くように。
俺はこの関係を守り抜くと誓う。
小さな女王と肩書きを捨てた王子との恋愛話は、まだ――――始まったばかりなのだから。
~星名そよぎルート END~
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