よく食べてよく寝てよく動くスポーツ・ドランカー編 ~更科真夜ルート~
よく食べてよく寝てよく動くスポーツ・ドランカー編 ~更科真夜ルート~
恋とか、愛とか。今まで現実味がなかった。それどころじゃなかった。
小学校の頃から、スポーツが好きだった。リトルでは野球をやってて、中学からはソフトボール一本に絞って、徹底的にアタシはそれに打ち込んでいた。
お母さんはもうちょっと女の子らしくしてほしいらしいけど、別にいいと思う。
だって、最近は――
「真夜、モーニング二つ!」
「うん!」
学園の王子様に、アタシは恋をしているから。女の子っぽい……よね?
光本篝君。学園の王子様で、アタシにご飯を分けてくれる素敵な人。最初はただ親切な人だと思ってたけど、ちゃんと、アタシに向き合ってくれた。ソフトボールに打ち込むアタシを、素敵だと言ってくれた。だからアタシは、彼が好きになったんだ。
土曜日。今日はソフトはお休みだし、モーニング終わったらどうしようかなー。
そんなことを考えながら仕事してたら、あっという間にモーニングが終わる。それは即ち、彼と過ごす時間がなくなっちゃうことを意味してる。
寂しいなあ。もっと一緒にいたい。
でも、一緒にいてどうするのかな……キャッチボール? いいかも。誘ってみようかな。
「真夜、この後空いてる?」
篝君だ。頷いて答える。最近、彼の前に立つと思わず緊張してしまう。普通にしてたいのに、できない。仕事とかなら普通にこなせるんだけど。教室でみんなといる時もそんなに緊張しないんだけど、二人っきりの店内はちょっと、勇気がいる。いや、奥にお父さんもお母さんもいるんだけどさ。
返事を聞いた篝君は、ホッとしたらしく、笑顔を浮かべた。そして、ポケットから財布を取り出し、何かのチケットを取り出す。
「水族館、一緒にどうかな?」
「すいぞくかん……ってなんだっけ」
「ええ!? それは厳しいよ真夜!? 水生生物をでっかい水槽に入れてさあ!」
「すいせーせーぶつ? 水で消えるやつ?」
「んなわけないない。ついでに言うと油性も関係ないからね。魚とかサメとかクラゲとか見られる場所だよ」
「あー……ああ! 小さい頃行ったことあるかも! でっかい魚泳いでるよね! で、釣り竿で釣ったら調理してくれて……」
「いや違う、違うよ真夜!? それはそういう海鮮専門の店だから! そうじゃなくて、普通に魚を見てみようって言ってんの」
「……。食べられないんだよね、それ。楽しいの?」
「真夜次第かな……」
篝君は苦笑してるけど、アタシの答えはもうとっくに決まってる。
「行く!」
「おお! 魚好きなの?」
「ううん? 篝君と一緒にいたいから行くの」
その一言に、なんでだか篝君が顔を赤くしていた。え? なんか変なこと言ったかな。そのままの気持ちを言葉にしたんだけど。
「ち、近くに公園あるから、そこでキャッチボールもしよっか。あ、軟球使うよ、さすがに。当たったら危ないしね」
「だねー。篝君の球当たったら死んじゃうよ、フツー」
「真夜の投げるボールだってそうでしょ」
「うーん、そうかなぁ」
確かに、篝君のボールには速度で勝てないけど、それなりの威力はあると思ってる。まぁだから、軟球を使うこと自体に文句はない。
「よーし、せっかくだからマラソンしながらいこーよ! どれくらい掛かるの?」
「どれくらい掛かるかもわからないのに走ろうとしないで……。四駅はあるよ。ニ十キロくらい?」
「んー、良い距離だね! 今日は快晴だし! 走っていこう!」
「付き合うよ」
ふと、我に返る。アタシはそれでいいけど、篝君のこと考えてなかった。凄くスタミナもあるけど……彼は、きっと……
「……やっぱ、電車乗る」
「あれ? なんで? 走るんじゃなかったの?」
「デート、なんだよね? それっぽくしなきゃ……」
「こーら」
おでこをこつんと叩かれた。篝君は笑っている。
「俺は真夜に喜んでほしいわけ。走っていきたいなら、走っていこーぜ! どうしたい?」
「…………やっぱ走る!」
「オッケー、俺も色々準備するから、九時に駅前集合ね。線路沿い走っていこう」
「おー!」
「んじゃ、俺はこれで。お疲れ様でしたー!」
タイムカードを押して、篝君は帰っていく。
二十キロ……帰り含めて四十キロのランか。うん、良いトレーニングになりそう!
すいぞくかん、はよく分からないけど、篝君と一緒だもん。きっと楽しい!
さーて、まずは動きやすい服装に着替えなきゃなー。いつものジャージ……いや、デートでさすがにジャージは……難しいなあ。
「お母さん、デートってどういう服着ればいいの?」
その後、一緒に走りに行くと言うことを伝えたら家中がひっくり返るような大騒ぎになっちゃって、結局は母さんの言う通り、スカートにスパッツ、シャツというカッコになったんだけど。まぁ、動きやすいからいいや。
◇
二十キロを甘く見ていた。
俺もシニアや水泳部時代、よくその距離は走っていた。アップダウンが激しい場所をわざと選んで己を鍛えていたからよく分かる。
なだらかなその場所を淡々と俺達は走っていく。最初は談笑があったものの、もう真夜はスイッチが入ったらしく、目の前の走ることへ集中をしている感じだ。
しんどい。やっぱ少し鈍ってるようだ。認めざるを得ない。
俺も走りながら、目標の建物が見えてくるのを覚えつつ、ペースを落とす。それを感じてか、真夜もゆっくり目にペースを下げた。
「どしたの? 疲れた?」
「いや。ほら、あのデカい建物が水族館」
「おー、あれが。いいランドマークだね」
知ってる言葉に差異がある。真夜は確かスポーツ特待で勉強はからっきしだと、本人もナッキーも言ってたし。ランドマークなんて言葉を知ってたのは少し意外だった。
「ふぃー。って篝君汗だくだー! あははっ!」
「真夜だって汗凄いよ。制汗剤……」
本当は汗を掻く前に使わなきゃなんだけど、臭い消しなどの効能がある。それらを脇、胸、首元に吹き付けて完了。
すんすん、と真夜は自分のニオイを嗅いでいるようだった。
「ねえ、あたし臭うかな」
「うーん、甘酸っぱい匂いがする気がするけど」
「貸して」
「どーぞ」
彼女は特に意識するでもなく、シャツを引っ張って脇にスプレーを持っていった。胸元があらわになり、思わず俺は周囲を見渡しつつ陰になった。
「? どしたの、篝君」
「もうちょっと人気のないところでやって。ここは色んな人の目につく」
「……あ、そっか。篝君は、あたしの肌がみんなに見られるの、嫌なの?」
「嫌に決まってんだろ独占したいわ」
思わず本音が出てしまったが、彼女は赤くなってそのままシャツを引き上げた。
「……トイレでやってくるね」
「それがいい。真夜、可愛いんだから。ちょっと気を付けてくれると助かる」
「うん」
走っていく真夜を尻目に、俺は思いっきりその場にへたり込んだ。下は地面なので、さすがに尻を付けることはしないけど。
「ふわー、ドキドキするわ……」
あいつ無防備すぎるだろ……。スタイルの良さは分かってたけど、もう少し女の子であることを意識してもらいたい。でもそうすると、真夜らしくない。
二律背反。
「篝くーん!」
真夜が片手をふりながら高速ダッシュで戻ってくる。
「いってきた! どうどう?」
「脇をあげて体を押し付けてこないで!? いや、臭わないよ!」
「うん! 制汗スプレー大事だね!」
缶を手渡され、それをポーチにしまう。持ってきていたスポーツドリンクを飲み、一息。差し出される手にスポーツドリンクを渡すと、「ありがと!」と言いながら半分ほど飲まれてしまった。相変わらず遠慮がないが、これでこそ真夜という気もする。
「そんじゃ、魚見にいこっか!」
「行こうか」
真夜が楽しめるかどうかは分からないけど、自然と楽しめればいいな。
そう思いながら、水族館の中に入るのだった。
薄暗い、ほの青い照明が照らす幻想的な世界。
普通は垣間見ることのできない海の中の世界を、こうやって覗き見ることができるのは物凄い体験だと思う。
「うわぁ~……!」
真夜は魅入っているようだった。水族館、初めてきたんだろうな。魚群を目線で追いかけたり、大きなサメに小さく歓声を上げたり。
「ねえ、篝君! これなに? この大きい亀!」
「ウミガメ……ってことしか分かんないや」
「ウミガメ……こっちのなんかやわからそーなのは?」
「イソギンチャク、だと思う」
「綺麗だねえ……! アタシ、こういうとこ初めてで……!」
「そっか。楽しい?」
「楽しい! まるで別の世界みたい!」
目を爛々と輝かせながら、彼女は海の世界へと戻っていく。
煌めく陽光が、作られた海底まで届く場所に今はいる。徐々に深海のコーナーへと向かっていく。
「……世界って、広いんだね」
「どうしたの、真夜」
「こんっなに、色んなお魚いたんだね。こんなにも、海っておっきいんだね。でも、これでもほんの一部なんでしょ? 凄いなぁ……! 見たことないものを見るって、すごい経験なんだ……! うん、アタシ、もっといろんなところが見てみたいよ! ま、その前にソフト部で優勝して、見たことないテッペンの景色見なきゃだけど!」
そう笑っていた。ほの明るいその場所で、真夜の綺麗な顔が大人びてみえる。いつもの腹ペコの真夜、バイトして楽しそうな真夜とはイメージが違う。もっと先を見つめているような、そんな顔に、思わず見惚れた。
ここしかない。
その予感に後押しされ、俺は真夜の手を取った。首を傾げる彼女に、俺は真正面から、誤解しようのないまっすぐな気持ちをぶつける。
「好きだ、真夜。俺と、付き合ってほしい。彼氏彼女に、なってほしいんだ」
目を見開く。真夜はしばらく震えていたが、ニッと笑った。
「……アタシは、恋してる。篝君に。でもね、アタシはイマイチ彼氏彼女が何してるとかわかんないよ? がっかりさせることもあるかもしれない。篝君も好きだけど、今の一番はソフトボールなんだ。だから、その……それでもいいなら、つ、つき、あうよ。彼氏彼女に、なる。いや、なりたいんだ」
「……そっか!」
俺は真夜を抱え上げた。そこそこ大きな彼女は少し重かったけど、こうしたい気分だった。
「わぁ!? あっはははは! なにやってんの、篝君! 高い高いなんて!」
「したくなったんだ! ありがと、真夜! よろしくな!」
「うん!」
振りほどいたかと思えば、落下しながら抱き着いてくる。
密着されて、柔らかな感触と、制汗剤のニオイと。
そして、どこか甘い、彼女の香りがない交ぜになって、強く意識に残った。
ボールを投げられ、ボールを捕る。
キャッチボールは二人がいて初めて成り立つ。
どちらが欠けても、いけないものだ。
「真夜、俺のどんなところが好き?」
「えーっとね、アタシみたいな大飯ぐらいでも、可愛いって言ってくれるとことか。真剣に、誰の気持ちにもより添え合えるところとか。心の広さとか。いっぱいあるよ!」
投げられるボールは迫力満点。子ども連れが思わず離れるほどの凄まじい勢い。それを目当てにしたギャラリーまで出来てるし。
「俺はだなぁ」
「アタシはね、篝君の気持ち知ってるからいいよ。前に訊いた」
「いや、敢えて今も言うよ。……まっすぐで、自分の気持ちに正直で、感情表現が素直で……やっぱ、可愛いところ」
「あはは、ありがと! 何か照れくさいなあ」
百三十キロは優に超えてる速度で投げられながら、俺は彼女のボールを正面から捕る。
これからも、俺達はキャッチボールをし続けていくのだろう。
恋愛の中で、スポーツに関わって、家族のこととか、これからの未来とか、卒業してから二人一緒になるとか。
そういう言葉のやり取りを、今のように、真正面から受け答えできればいい。
加減は、お互いに投げていたら分かるようになる。
だからこそ、彼女には全力で俺にぶつかって来てほしい。俺も遠慮はしたくない。
それが俺達の――恋人という、トクベツな距離感なのだから。
「っりゃ!」
ど真ん中、直球。
今日の加減はなし。全力でグローブの芯にぶつかる。
やっぱり真夜との距離は――こうでなくては。
時にはこぼすこともあるだろう。
けれども、俺は何度だって拾いに行く。何度だって向き合って見せる。
爽やかな青空の下、白球をただ追いかける。
「いっくよー!」
初恋の青春。汗と制汗剤と初恋のニオイを思い出し、俺と真夜はそれに酔う。
酩酊する恋の行方なんて、今は知ったこっちゃない。
今はただ――
「おりゃっ!」
目の前の君を、恋人という特等席で、ずっと見つめていたいのだった。
~更科真夜ルート END~
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