静かなる図書館のプリンセス編 ~暮野春希ルート~

  静かなる図書館のプリンセス編 ~暮野春希ルート~


 俺は、図書館のドアを開けた。大きな音に、いつもの席でいつものように小説を書いている女の子は、驚いた様子でこちらを眺めてくる。

 ――暮野春希。最初、お姫様だと紹介されてた彼女は、本当に可愛らしくて。意外に子供っぽくて。愛読していた小説の作家さんで……色々驚いた。

 彼女に近寄る。いつもの笑みを浮かべる。ぎこちなくなっていないか。いや、気にするな。男らしくいけ。

「春希、水族館行こう!」

「す、水族館? みんなと行くの?」

 ド直球な俺の誘いに首を傾げる春希だったが、俺は首を横に振った。

「春希と、デートがしたいんだ。そして、伝えたいことがある」

「行く!」

 彼女は意外にも立ち上がって声を荒げた。そんな自分に驚いたのか、彼女は真っ赤になって座りなおす。その正面に俺は陣取る。いつもは机に座るけど、今日は椅子に座る。

「嬉しいよ。めいっぱいおしゃれしてきてくれ。俺も春希のおススメなかっちり目で固めてくるから」

「う、うん……。あ、あの、聞いても、いい? なんで……急に……」

「はっきりしろって言われた……いや、これは言い訳だな。俺はね、春希。いつもの日々が好きだった。きっと何度生まれ変わっても、同じ日々を望む。騒がしくて、ちょっとあほらしくて、でも……心から笑える。そんな話。でも、俺のもう一つの願いをかなえるためには、そうせざるを得なかった」

「もう一つ?」

「ああ。…………女の子と、仲良くなりたかったんだ。そして、春希……いや、これはその時に言うよ。で、今週の土曜はどう? つっても明後日だけど」

「うん、いいよ」

「じゃあ、土曜日に」

 バレていなければいい。平静のまま、カッコいい俺を見ていて欲しい。

 夕暮れでよかった。耳まで赤いの、バレたら困る。

「よーし、真面目な話はここまで! 春希はラブコメ仕上がった?」

「……うん。後は、提出するだけ」

「おお、読ませて?」

「……まだ、ダメ」

「ええー? んじゃ、発売されたら真っ先に買うよ!」

「……そこまで、待たなくていい」

「? どゆこと?」

「いい。とりあえず、今日、は、帰る。で、デート……楽しみ、に……してる」

 去っていく春希の横顔で、納得がいった。

 なるほど、春希も恥ずかしかったみたいだ。俺ばかり恥ずかしいものだとばかり思ってたけど。

 耳まで赤いんだもん。多分、俺の照れもバレているだろう。

「……ははっ!」

 同じであることが、こんなに嬉しいことだったなんて。

 同じ気持ち。同じ思い。

 そうであることを祈りながら、俺は誰もいなくなった図書室で、彼女の残した甘い匂いをどこか感じるのだった。



 土曜日になった。朝十時に集合で、駅に俺は三十分前からスタンバっていた。

 チノパンにピンクのワイシャツ、黒のジャケットとかっちり目な私服。着なれないが、まぁそのうち馴染むだろう。彼女との関係が連続するのであれば、きっと長く着ることになる。

「あ、来たな」

 三十分前だというのに。待てなかったのは彼女もらしい。

 白のフリル付きのブラウスに、黒のハイウエストスカートといういでたちの彼女は、肩掛けの大き目なバックと胸を揺らして駆け寄ってくる。

「篝、君。早いね」

「君こそメチャハヤじゃん! あれかな? 俺に会いたかったとか?」

「うん!」

「うぼぁああああああああ――――――――っ!?」

「え!? な、なに……?」

「純真で無垢過ぎるよ、春希……! 破壊力抜群だよ……! お兄さんまいっちゃうね」

「おない、どし」

「春希はどこ行きたい?」

「す、水族館、行くって、言ってたのに!」

「冗談冗談、マイケルなやつ。さ、行こうぜ」

 彼女の細い手を取る。驚いた様子だったけども、春希は嬉しそうにしていたので一安心。

「……可愛いよ、春希」

「篝君、こそ、カッコいい。やっぱり、そういうカッコが、似合う」

「ありがとう。その服も春希に似合ってておじさん泣いちゃいそう」

「ど、どんどん一人称が、年老いていく……」

「おお、春希や。頑張って男漁りするんじゃぞぉ!」

「お、お爺さんに……。それに、男の人なんか、あ、漁らない」

「漁らんのか!?」

「なん、で、驚いてるの……? わ、私には、篝君が……」

「え? なんだって?」

「さよなら」

「ああっ、冗談だって春希!? うそうそ、許して」

「難聴系、主人公は、今日日流行らない」

 不服そうな春希に、俺は笑みを浮かべる。そういうマイナスな顔も可愛いので、つい意地悪をしてしまう。

「いやいや、根強い人気だと思うよ。都合よく女の子とくっつくのが難しい状況に陥らせることができるからね!」

「篝君は、そんなことしない」

「ふっ、春希。俺を見くびってもらっちゃ困るぜ。女の子と仲良くなるためなら、俺はあえてスルーするのも厭わない男だ」

「水槽にいるグッピーを、唐揚げにして食べたい」

「え!? なんで!? 観賞用じゃないの!? 食べてみたいの!? なんで!? せめて野生のグッピーにしようぜ!?」

 今都会郊外の用水路では乱獲できるらしいからな。福岡ではお目に掛かったことがないが。

 春希は笑った。上品な笑み過ぎてもうなんつーか、抱きしめたい。

「ほら、スルーしない」

「いや今のは仕方なくね? 俺じゃなくても一言あって然るべきだわ」

「他にも、バリエがある」

「ほほう、俺はどんな事態でもスルーを決め込むぜ」

「ペンギンのロースト、食べてみたい」

「……」

「アシカの肉って赤身っぽい」

「…………」

「ラッコ鍋で、みんな相撲を」

「しねえよ!?」

 あっ、しまった思わず。

「やっぱり、スルーはしない、んだね」

「いや、ラッコは……」

 あの黄金伝説的な名前の漫画で知られてしまっている。男同士が熱烈に相撲をしあうという内容のやつ。

「春希も中々俺を分かってきたね」

「うん」

「俺の好きな食べ物は?」

「オレンジジュース」

「おお。好きなホットスナックは?」

「からあげちゃん」

「おおお! 好きなエロ本は!」

「肌が綺麗でおっぱいが大きい子」

「な、何で分かってんの!?」

「い、いや、あてずっぽう……」

 何その精度の高いテキトー。占い師ならば稼げそうな直感だ。想像したのか、春希の顔は赤くなっていた。

「……。にしても、今日の春希の鞄大きいね。いつもポーチくらいなのに」

「色々入ってる。お弁当とか」

「マジで!? 春希料理できるの!?」

「少し、だけ。おすすめは、チーカマ入りのちくわ」

「練り物の中に練り物、だと……!?」

 やべえ、どういう弁当なのか想像がつかない。

 にしても弁当か、楽しみだな。作って来てくれたのは嬉しい。でも、彼女は少し眠そうだった。そこが心配だ。

 電車が到着し、俺達は座ることができた。

 揺られてしばらくすると、肩に重みがのっかる。

 春希がこちらに倒れ掛かって来た。寝息を立てている……眠ってしまったようだ。

 まぁ仕方がない。ここは男子の特権として、寝顔を堪能することにしますか。

 本当に顔立ちが際立っている。清楚で、純朴そうで。けど意外にむっつりなんだよな。

 俺と彼女の出会いは、図書館だった。薄暗いその部屋で出会った彼女は、俺が一方的に絡んでいたような気がするが、デートを重ねる間柄にステップアップしていた。

 一月半ほどたったのか。今の俺と彼女の関係を明確にするなら、お近づきになりたい男と戸惑う彼女という構図がピッタリくるだろう。

 肩から、重みが伝わる。信頼という重みだ。俺は春希の頭を撫でる。さらりとした黒髪が揺れる。

「しばらく、おやすみ」

 か細い寝息の彼女を、支えてやろうともだ。さすがに膝に乗せるのは難易度高い。


  ◇


 起きてるんだよ。眠いけど、意識は保ってる。

 私は、悪い女の子だ。肩に預けることで、なんならキスでもしてくれるんじゃないかと少し期待している。

 でも、彼は紳士だ。頭を撫でてくれた。それだけで、心のざわざわが晴れていくような気分だった。

 でも、もやもやはまだ心の中にある。

 彼は、ほぼ告白のようなことを言っていた。

 本当だったら、上手く返事をしたい。

 学園の王子様じゃ、私はどうやら嫌なようだ。独占したいと、思ってしまう。

 彼の求愛に、おねがいしますじゃ、ロマンチックじゃない。

 もっと、私らしい返事って何だろう。彼を、逆にときめかせるセリフは何だろう。

 考えるだけで、ぞわぞわする。なんだろう、この高揚感。

 告白、だと思うけど。それが分かっているだけで、何でこんなにも胸が痛むんだろう。

 この甘い痺れのような痛みは、どこか陶酔にも似ていた。

 ああ、そうだ。私の心は彼という美酒によって酩酊してしまっている。

 吐息が熱を帯びるのを感じていた。どうか、彼に悟られませんように。

 もう少しだけ。今の、友達の距離を堪能したい。

 いや、こんなことをするのって、恋人なのかな。もう距離感が曖昧で、よく分からなくなっていた。

 そんな彼との距離が心地よい。ただでさえ、こんなにも近づいてしまったのに、これよりさらに近づいてしまったら、どうなってしまうんだろう。

 もっと、素敵な気持ちになれるんだろうか。もっと、明るくなれるのだろうか。

 でも、今は、このまま――このままでいたい。

 ああ、このまま、時間が止まってしまえばいいのに。

 そう願わずには、いられなかった。


  ◇


 水族館というものは、基本的にほの暗い。周囲を認識できる明るさはあれど、そういう海の中の生き物を展示するためか、周囲はそんなに光源も強くない。

 まぁ、上に行くほど差し込む陽光で煌めいていて、下に行くほど落ち着けるような暗さになっていくものだ。

「ウミガメ……スープ……」

「やめなさい」

「クラゲ……アイス……」

「想像するだけで泣きたくなるからやめなさい」

「サメ……ふかひれ……」

「それはまだ理解の範疇」

「切り身は……泳いでない」

「現代っ子か!」

 春希の独特な感性で水族館は楽しめるのか微妙だったが、本人的には満喫しているらしく、軽い鼻歌まで聞こえる。分からん。ウミガメ見てウミガメのスープ連想するような女の子がまともに水族館を楽しめるのかが。

「そういえば、きくらげってクラゲなのに、水族館にはない」

「ありゃ山の中の木に映えるキノコだからな」

「お土産、に、クラゲと、きくらげの、乾燥させたやつを、売ってみると……楽しそう」

「すげえコリコリしてるじゃん!? もらった人何に使うんだよ!」

「……私に聞かれても」

「君が言い出したんだろ責任取りなさい」

「じゃ、じゃあ、中華風の、サラダに」

 まぁ、妥当なラインだ。あの食感はサラダのバリエに一役買うだろう。でもきくらげのサラダとか未だこの人生でお目に掛かったことがないんだが。チャンポンとかに入っているイメージしかない。

 上に行くと、魚の群れが泳いでいた。陽光でキラキラと輝いている。イワシかな。

「カタクチイワシ」

「種類分かるのか、春希」

「しか知らない。何イワシなんだろう」

「紛らわしいよ! ちょっと感心しかけたじゃん!」

「アンチョビは、カタクチイワシ。私達が、食べてるじゃこ、も、大よそが、カタクチイワシの稚魚……らしい」

「へえ……」

「昨日ネットで見た」

「おお、下調べしたのか」

「深夜に見たら、お腹空いた……。春雨スープ、食べちゃった。犯罪……」

「お、おう。春雨で罪悪感覚えるなよ春希」

 深夜に唐突にラーメン食いたくなって最寄りのラーメン店へ行く俺はさながら犯罪者通り越して悪魔だろうな。

「定番のイルカショーもあるみたいだぞ!」

「イルカは、ぶよぶよしてて美味しくないらしい」

「食べようとするのやめろ。頼むから」

「冗談」

 微笑みが綺麗でうっかり流しかけるが、ちょっと喉鳴らしてませんでしたアナタ。

「水族館、面白い……! 普段来ないから、いっぱい資料にする」

 スマホで撮影しながら、メモに逐一何かを書き加えている春希。さすが貪欲だ。作家というのはこういう人間なんだろうなあと思う。更に立ち止まって、春希は人間観察をし始めてしまった。

「あの男女はカップルかな?」

「女の人からのボディータッチに、全然、男の人が、慣れてない。多分、肉食系女子、が、アタックしてる」

「ほーん。それじゃ、あの男二人は?」

「禁断の関係」

「ごめん、想像したくない。じゃあ、あの小さな男女は?」

「あれは、単に、友達の延長上。仲が、いいだけ」

「おお、春希。なんかヤバそうな魚が」

「多分、うつぼ。ちなみに調理工程を工夫すると美味しいらしい」

「お、俺でも知ってるぞ。グレだ」

「グレは、地方での呼び方。正式なのは、メジナ」

「おお、チヌもいるぞ!」

「それも、地方での、呼称。石鯛……」

 春希の知識は魚にも活かされていた。さすが詳しいな。

 粗方メモを取り終えた春希は、満足そうにうなずいて、スマホで時間を確認した。

「ん。せっかくだから、イルカショー、見る。遠くから」

「いやいや、最前列行こうぜ!」

「理由、は?」

「濡れて透けるファンタジーな光景があるかも――」

「後ろで、みる」

「あ、ハイ。すみません……」

 だって濡れ透けってロマンじゃないですか。ロマンじゃないですか!

 大人しく遠巻きにイルカを見る。丸っこいフォルムからえぐいくらいの速度を出して、跳んだりしている。前列の人達に向けてサービス的な意味合いも込めて水しぶきが。

 イルカの飼育員さんすげえなあ……。後、実際に芸を仕込む人もなんで最初にイルカに教えようと思ったんだろうなあ。

 春希を見れば、無言だがコロコロと表情が変わっている。それを見ている方が個人的には興味深かったが、視線に気づいたか、彼女はこちらを見て頬を膨らませる。

「イルカを、見る」

「春希見てた方が楽しいんだけど」

「こっち、見ない!」

「わ、分かったよ」

 なんでそこまで……。

 イルカに視線を戻す。しばらくその曲線で作られたシルエットを、春希と一緒に眺めたのだった。



 鑑賞が終わり、春希の希望で隣接している公園にやって来た。

「イルカを、見てたら、お腹空いた。ご飯にしよう」

「え!? どこに食欲沸いたの!? ねえ!?」

 黙々と彼女はバスケットを取り出す。

 おお、サンドイッチ。サラダも兼ねているのか、オーソドックスなベーコンレタストマトにポテサラ系、シーチキンマヨとバリエが豊富。おかずは、手で摘まめるものだった。唐揚げ、プチトマト、ちくわチーカマ入りなどが入っている。端っこの方に蒟蒻的なゼリーが入っていた。

「食べよう?」

「美味そうだよ、春希! いただきます!」

「頂き、ます」

 まずはポテサラから……。

「うおお、美味い! マヨネーズに、ピリッとした黒コショウが……!」

「チーカマもおすすめ」

「おお、やっぱベーコンレタストマトは外さないなあ。唐揚げも、うん、しっかり味ついててうめえ!」

「チーカマ……」

「ふおおお、シーチキンは王道だなあ!」

「チーカマ! おすすめ!」

 え!? 何でキレてるの!?

「わ、分かったって。チーカマは……うん、ちくわとチーズとかまぼこだわ」

「美味しい?」

「普通?」

「美味しい?」

「え? あ、いや……」

「チーカマ、神だと、思う」

「あ、う、うん。かもね……?」

「チーカマは、万能。全てを凌駕、する!」

「しないって。個人的にこの唐揚げが非常にヒットしてる」

「そんなの、酒と醤油とニンニクと生姜を入れて、漬けて、揚げただけ!」

 いやチーカマよりは絶対手が掛かってるだろこれは。

「春希はチーカマ好きなんだなあ」

「うん」

「俺とどっちが好き?」

「…………ど、どちらも大切だから、選べない」

 え!? 俺チーカマと同じ土俵なのか!? なんかショックなんだけど!

「……美味しく、できた」

「うん、美味いよ春希」

「どれが一番美味しかった?」

「チーカマって言わないと拗ねたりするか?」

「……チーカマが、一番」

「いや、俺的に唐揚げなんだけど……」

「うん、チーカマ、だね」

「ついに俺の言動を改変へ!?」

「大丈夫、チーカマは全てを、解決する」

「そのチーカマに対する無類の信頼は何!? 春希チーカマに憑りつかれてない!?」

「大丈夫、私はチーカマより好きな食べ物がある」

「そ、それは……?」

「回転寿司! 回転寿司屋の、ラーメン」

「寿司ですらないだと!? なんで!?」

 まぁ美味しいけども。最近の回転寿司のサイドメニューの力の入りようは異様ですらあるけども。相変わらず春希はよく分からない。

 それでも、春希は楽しそうに笑ってくれる。ただの談笑なのに。こんなにも、俺の心が逸る。

 よく分からないからこそ、相手のことが知りたい。

 もっと知りたい。春希のことを。

「? どうしたの?」

「ああ、無理。我慢できん」

 春希の華奢な肩を掴む。逃がさない。真正面から、受け止めてほしい。

「好きだ、春希。……俺の恋人になってほしい」

 逃れようがない、ド直球な告白。今来るとは思っていなかったのか、春希は視線を右往左往させて、やがて俺の瞳を見つめる。

 とん、と腕を突っ張った。拒絶。そう見えて仕方がなかった。事実、彼女は距離を取って、バッグを探っている。

 そして、紙の束を渡された。

「これは……?」

「……最新作」

「読んでも?」

 拒絶されたショックはどこかいって、目の前の紙面に目をおとす。

 口を開けばおちゃらけている、三枚目王子と、ドジばかり。数少ない賽の目しかでてこない。一歩ずつしか進めない。そんな女の子が、様々な出会いを経て、惹かれ合っていく話。

 デートでお互いの服を選んだり、海の見える場所で波の音を聞いたり。

 それは、まるで俺と春希。

 そして、最後は――二人は、恋人になって、未知なる明日へ足を踏み出すところで終わっている。

 顔をあげて彼女を見ると、真剣なまなざしでこちらを見ていた。思わず、息をのむ。

「……かの文豪は、言いました。月が、綺麗だと。でも、私が好きなのは、太陽のような、その人だった。でも、ちょっと名残惜しいの。今までの関係が、とっても……好きだったから。でも、同時に、もどかし、かった。物語の最後は、ハッピーエンド。こうなればいいって、ずっと思ってたの。……世界一カッコいい、私の太陽……私も、望むから。最高の恋人で、その関係の時を止めて」

「ヤダよ、そんなの」

「え……!?」

 驚く彼女だが、だって、そうだろ?

「俺は恋人なんかで満足しないよ。春希を、お嫁さんにしたいんだから」

「――――!」

「三枚目で、太陽でも王子でも何でもないけど……生涯隣にいる権利を、俺にくれませんか?」

「やだ」

「ええええ!? この流れで!?」

「そういうのは、恋人の関係が上手く、いってから、二人で決める」

「……真面目だなあ」

 でも、確かにそうだ。

 これから恋人になるにあたって、幸せや不幸なこともたくさんある。

 だけど――

 俺は肩に回していた手を、彼女の手に重ねた。手と手を握り、目と目が合う。

 彼女が目を瞑って、背伸びをした。俺はそれでも少し屈み――


 ――ファーストキスは、ロマンチックではない唐揚げと、それに掛けたレモンの味がした。

 

 図書館の姫と、三枚目王子。

 原稿が宙を舞う。どこへでも飛んで行ってしまえばいい。

 それは、今までの二人の話だから。

 ――二人の物語は、たった今、これから始まるのだ。



  ~暮野春希ルート END~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る