十七章 天使と騎士

  十七章 天使と騎士


「ふんふふーん」

 今日は久々に予定が何もない。

 博多の街を歩く。何か見られるのは昔からなので気にしないことにして、散策をする。

 そろそろ腹減ったなあ。何か食べようかな。

 例えば、ラーメンとか! 匂いきつい筆頭だから普段は避けてるんだけどなんかムショーに食べたい時あるよな。あるはずだ。あるだろ。あるに違いない。

 さて、問題はどこにするかだ。

 長浜か? 福ちゃんか? 秀ちゃんか? 悩ましい。でもいい加減に一時ちょうど位だ、行かねば。

「……ん?」

 女の子が、今時紙のパンフレットを持って首をかしげている。

 声掛けてみるか。

「どうしたの?」

「?」

 って、うおおお!?

 何だこの子、メチャクチャ可愛い……! 白い肌、明るい茶色の髪の毛、大きな瞳――サラサラな髪が特に印象が強い。

 固まりそうになったが、何とか微笑みを浮かべて誤魔化し、笑いかけた。

「いや、それ地図か何か? 何か分からない?」

「……場所が、よく分からないの。この白と黒のげじげじはなに? 博多って書いてあるけど」

「えっとね、駅だよ、それは。ほら、あの建物」

「うん、駅は分かる」

「このげじげじが駅のマークなんだよ、この地図。って、これ秀ちゃんか」

「? 知ってるの?」

「まあね。一緒に行く? 俺も秀ちゃんラーメン行きたかったんだよー」

「……ナンパ?」

「いや、違う。単に親切なだけ。ああ、警戒するの分かる。君可愛いもんね。大丈夫、嫌なら別にいいよ。それじゃ、頑張って! 博多駅行って、地下鉄乗って、赤坂で降りて徒歩十分。あそこ美味いんだよ、そんじゃ!」

 手を振って別れたが、服の裾を掴まれる。

「……案内、お願いしたいんだけど、いい?」

「オッケー! いこっか!」

 二人で博多駅まで戻り、地下鉄へ。

 きょろきょろと周囲を見回す彼女は、あからさまにホッとしていた。

「よかった……いつも、声を掛けられるから。今日は掛けられない。アナタのおかげかな」

「俺が掛けたよ?」

「アナタはナンパ目的じゃないから」

「わっかんないぞー! 俺も君と親密になりたいだけかもしれない! 受けた君も、潜在的にそれを、求めているかもしれない!」

「さよなら」

「ああ、待って! やっぱ待って! 冗談だから!」

「その冗談は心臓に悪い。その顔で言ってほしくない」

「え、みんな言うんだけどどういう顔なの?」

「……王子様? 天使?」

「君も天使っぽいって言われない?」

「言われるよ。お人形とか、天使とか。可愛いって言ってるんだけど、響いてこない」

 辛辣だったが、何故だか心のままだと分かる。

 素直な子だな。そういう印象だった。

「いやー、にしても楽しみだなぁラーメン!」

「とても楽しみ!」

 ほら、表情がころころ変わる。しおりんみたいな表情が豊かではない、という類ではない。

 そうしていると、彼女がそのまま微笑み、覗き込んでくる。淡いグリーンの瞳がとても綺麗だ。

「ワタシと一緒にいて、ご飯の方が楽しみって人、初めて見た」

「そう? いや、もう俺今腹減りまくってるからさ。あそこ半チャーハンと餃子とラーメンのセットあるんだよ! しかもお値段千円以内! かーっ! もうその三種の神器は男の子大好きだからね!」

「女の子も、ラーメン好きだよ? いつもは近所のお店に行くんだけど、今日は駅まで出て冒険しようかなって。ねえねえ、予定がないならラーメンいっぱい回らない?」

「お、食い倒れか、いいとも! 俺が知る美味い店に行こうか! まずは!」

「うん! 秀ちゃんから……!」

 そうして、名前も知らない彼女との、ラーメン巡りが始まった。



 結果として、どれも美味しかったとのことだったが、一番だったのは――

「福ちゃん美味しい……! ワンタンメン、すごく美味しかった!」

「良かった、気に入った店ができたなら、案内役の俺も面目躍如だよ」

 そう微笑むと、彼女は視線を合わせて微笑んでくる。綺麗な子だなあ、本当に。どこにいるんだろう、こういう純粋な女の子。

「えへへ」

 今もコンビニで肉まん四つを注文して頬張っている。うわあ、この食欲、真夜を思い出すなぁ。

「……アナタ、凄く付き合いやすそうだね」

「なんで?」

「こんなに食べててもそれを指摘しないし。ワタシといても、全然幻滅した様子がないから。こんなに食べてたらみんな離れてっちゃうし、こういう話し方してたらみんなイメージと違うって言ってくるの。酷いと思わない? お上品にしてろって暗に言ってるよね? そういうの許せないなあ」

「君も俺のことその外見でとか言ってたじゃん」

「それは……ごめんなさい。でも、なんだか本当に心が広いよね。……? ねえ、もしかして、光本篝君?」

「あれ、俺知ってんの?」

「うん、名前だけは。王子様っぽいってみんなが言ってたの、思い出して。同じガブ高だよね……いや、ですよね? ワタシ、一個下だった……」

「いーよ、気にしないで。それより、名前が知りたいな。友達になろうぜぃ!」

「石動いつき。なんか、王子様なんていけ好かないって思ってたけど、偏見だったみたい。篝先輩みたいな人、いいと思うの!」

「先輩もいらないぜ、セニョリータ」

「さすがに、それは……。ため口でも、実はドキドキしてるし」

「そう? 石動さんが呼びたい呼び方で呼べばいいよ」

「名前でいいよ」

「……いや、その。会ったばかりの女の子を、あだ名ならまだしも、名前で呼ぶって割とハードル高い」

「超えちゃお、ハードル」

「……だな。よろしく、いつき!」

「うん! な、なんか気が合うね……! 男の人とまともに話したのも久しぶり!」

「え、なんでまた」

「な、なんか……友達がいつも、ナンパとか撃退してくれるの。あ、鹿子ー!」

「いつき……え、あ、何!? 男といる!?」

 呼ばれたツインテールの女の子が、目をつり上げてこっちに歩み寄る。

 そして、改めて俺を見上げると、何だか、急に勢いが弱まっていった。

「……いつき、この人何? 顔面偏差値の暴力過ぎてヤバいんだけど。こ、言葉が、出てこなくなる……!」

「ああ、鹿子がいつも屑ハーレム野郎って言ってた光本篝先輩」

「え、あ……うあ……!? お、落ち着け、私……! こんな野郎はただのごぼう、ただのごぼうよ! そう、そこら辺の土の中でしか成長できない根っこよ!」

 ごぼうて……もう少しまともなものに例えてくれよ。せめてかぼちゃとか。いやかぼちゃはまともなのか? せめてじゃがいも。男爵とか言い訳が利く。いやどうでもいいけど。

 鹿子と呼ばれた彼女は、こちらに向き直った。おお、強気な瞳。俺の周囲にとりあえずいなかったタイプだ。

「あんた、ナンパしたんでしょ。知ってるんだからね、女の子とお近づきになりたいってだけの屑!」

「いや、偶然だよ。地図を見てたから声を掛けただけ。困ってるんじゃないかって」

「可愛い女の子だから声掛けたんでしょ!」

「可愛い女の子だから目を惹いたというのはあるかもね。で、どうして君がそれに怒るの? 友達だからとか親友だからとか聞いてるんじゃないよ。守らなきゃいけないほど、彼女は子供なの?」

「ち、違う! 心配なだけ! あんたなんかに言われる筋合いはない!」

 ……この態度は、危ないな。誰にでも噛みつく狂犬のようだ。もう少し、彼女を思うならば、違う態度にするべきだろう。

「そうか。あのね、他人というのは自分の心を表すんだ。こちらが怒って突っかかれば、向こうだって怒る。こっちが笑っていれば、相手も笑う。……君は、俺を怒らせたいのかい? 不安ならば分かる。でも、心配ってその感情自体が、彼女を下に見ているのに気付いてるのかい? そして、こうやって怒鳴っているのが俺だから大丈夫だけど、この態度をガラの悪い不良全員にやるのかい? 猫かぶってる男もいるからね。そして、人はプライドを蹴り穢されるのを嫌う。痛い目に遭ってからじゃ遅いよ」

「…………」

「彼女を守りたいなら、上手くやるんだね、ナイト様。じゃ、いつき。また学校で! いつでも二年に遊びにおいで」

「それもハードル高いよ」

「んじゃ俺が遊びに行く。あはは、じゃね! 今日は楽しかったよ!」

 俺はそそくさと退散する。俺に対して悪い印象でも抱けばいい。攻撃する相手がいるほど、やりやすいだろうし。中には、そういう距離の取り方しかできないやつもいる。

 鹿子ちゃんがそのタイプならば、別に攻撃されてもいい。別に痛くもかゆくもない。

 ああ、いかんな。

 俺は、彼女を心配してしまっている。いかんいかん。自分で言っておいて何やってんだか。

 ラーメン巡りですっかり満たされた腹をさすりながら、俺は帰路を目指した。


  ◇


 南部鹿子は、歯を食いしばっている。

 目の前の親友――石動いつきの友達としてのふがいなさに。

 いつも彼女を守る。可愛いから、友達だから、守ってあげなければならない。

 上からだ。彼の一言は、出会って間もないのに、私を看破していた。

 そんないつきは、私の手を握ってくれる。

「……鹿子ちゃん」

「……ごめん、いつき。確かに、私……下に見てた、かもしれない。分からないけど、否定したいけど……言葉がでてこないの」

「いいよ」

 いつきは、微笑んでくれた。相変わらず、天使のような微笑みに、心。それに私は癒され、救われて――守ると決めた。その日の誓いを思い出す。

「鹿子ちゃんが私を思ってやってくれてるの、分かってる。嬉しい。でもね、誰かれ構わず文句を言えるの、凄いと思うけど、ちょっと怖いよ。鹿子ちゃんが、乱暴されるんじゃないかって……」

「……うん、そこは、反省。でも、私はいつきを守るの。いじめから助けてくれて――微笑んでくれた、たったひとりの親友をね」

 笑うと、彼女も微笑み返してくれる。

「でも、すっごく素敵な人だったよ、篝先輩」

「えー、確かに顔は……ま、満点だけど。どの辺が?」

「ワタシのラーメン巡りにノリノリで付き合ってくれたし、替え玉奢ってもらっちゃった……! そ、それに、ワタシの食欲を見てもね、全然引かないの! この言葉も全然違和感なんて覚えてなさそうだったし……! 素敵……!」

「いや、まぁ、それは素敵ね。でも、いつき、彼の見た目好きじゃないの?」

「? 普通くらいじゃない?」

「そ、そうだった……あんたん家ルックスパーフェクトヒューマンの巣窟だったわね……。あのね、あんな整った顔はあんたんとことあいつくらいです!」

「そうなんだ。それよりお腹空いちゃった。ラーメン行こうよ、もう一回食べたい!」

「あ、あんた散々ラーメン食ったんじゃないの!? いい加減しないと体壊すわよ!?」

「若いんだし大丈夫だよ! ほら、いこ?」

「あー、もう。しゃあないわねえ……」

 ……そっか。気付かせてくれて、感謝してる。

 確かに、いつきとは、つりあってそうだなぁ。



「遊びに来たよ、いつき!」

 昼休み。俺の襲来に全員が黄色い声をあげる中、適当に手を振りながら近づいていく。彼女も立ち上がって、こちらに駆け寄ってきた。

「篝先輩! どうしたの?」

「いや、おすそ分け。新開店のお握り屋に行ったから、食べるのが好きな子に配って回ってんの。はい、スパム玉子とシャケマヨシーチキン」

 真夜にはもうあげてある。明太玉子マヨとスパム玉子のやつ。

 いつきは目を輝かせてそれを受け取った。そして財布を取り出している。

「いくら?」

「いや、俺が勝手に買ってきたんだから貰っといて。それと、鹿子ちゃんも」

 我関せずを決め込んでいた彼女がびくっと肩を震わせる。無視して、彼女の座っている机に鶏ささみチーズお握りを置いておく。

「よかったら食べてね?」

「……ありがとう、ございます。というか、認めてるんだからこっちにまで声掛けなくていいってば!」

「? なんで? 俺ら友達とは呼べずとも顔見知りじゃん。挨拶くらいするよ」

「いや、だって。……顔、合わせにくいし」

「気にしない気にしない。俺はいつきを可愛いと思ってるけど、鹿子ちゃんも可愛いって思ってるよ」

「…………ありがとーございます」

 ブスっとした赤い顔が、なんとも愛らしかった。この子も大概可愛いよな。キラキラしているいつきの陰に隠れがちだけど。

「ねえねえ、また何か食べに行こうよ! 今度はうどんなんてどう?」

「おお、行く行く! 鹿子ちゃんも行こうぜい!」

「……行くけど。そんなに食べれないわよ、私」

「でも鹿子ちゃん甘いもの無限に入るよね?」

「いや無限じゃないけど……というか、デカ盛り以外では食べないから。体重計が怖いし」

「おお、それじゃデザートは俺の友達の親がやってるカフェ行こうよ。チャレンジメニュー、四キロパフェがあるんだけど」

「なにそれ光本先輩詳しく!」

「おお、いい喰いつきだね、鹿子ちゃん。完食するとご一行が飲食代ただ。全容は――」

 意外にも鹿子ちゃんはデカ盛り好きなようだった。甘いもの限定らしいが。

 うどんの後にパフェを食べるという、糖質全開なお出かけになりそうではあったが、割と楽しみだなあ。

 こうして、一年にも、友達が増えていくのだった。

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