十四章 わたしが並び立てる日まで
十四章 わたしが並び立てる日まで
王子様は、実在する。
ついひと月前までは、それは漫画とか、空想の中でしか存在しない生物だと思ってた。優しくて、頼りがいがあって、包容力があって、ピンチになったら駆けつけてくれて。そして、悲しいことがあったら、慰めてくれる。
「そっかぁ……。それは、辛いね」
隣にいて、笑ってくれる王子。
光本篝。わたしは篝様と呼んでる、カッコいい人。まるで、漫画の世界から抜け出したかのような、キラキラした人。
そんな人が、わたしの隣にいてくれて、話を聞いてくれる。それだけで、心が満たされていくのを感じた。
こちらの顔を覗き込んでくる。整ってる……睫毛長い……カッコいい……。
「そよぎちゃんが可愛いから、きっと悪口いうんだよ」
「篝様は、わ、わたしのこと、可愛いって思いますか?」
「可愛いよ、プリンセスそよぎ。間違いない。俺が知ってる小学生の中で、君以上に可愛い女の子に、俺は出会ったことがないから」
そう微笑まれると、ドキドキする。心臓がバクバク言ってるのが分かる。
ただ何も話せずにいると、彼は鞄から何かを取り出した。ペットボトルだ。苺ミルクって書いてある。
「さっき買ったんだけど、よかったら」
「あ、ありがとうございます……!」
「いいよ。ナッキーにはお世話になってるし、それに、そよぎちゃんにも色々遊びに誘ってもらってるからね」
わたし――星名そよぎは、姉の輝羅梨と一緒によく遊んでもらった。
そこで知ったのが、運動能力が凄いことだった。肩車なんて感じたこともない高さで、走ってくれた時はジェットコースターを思い出した。サッカーチームの助っ人に入ってもらえばシュートは撃たない縛りでも十人抜きとかしたり、野球の守備では足しか使わない縛りでホームランボールをトラップしてホームに蹴り返すなんて真似はザラだった。
姉の輝羅梨は室内スポーツ以外遊べなかった。わたしとは違って、姉は本物のアルビノだ。日光で肌が火傷してしまう。だから、本人は柄じゃないとかぶつくさ言いながら日傘をさしてる。
こうやって、外で思いっきり遊んでもらえるのは、とても楽しかった。
そういった意味で、この篝様は、お兄ちゃんみたいな存在でもあった。優しくて、頼れて、カッコいい、理想の兄。
「どうしたの、そよぎちゃん?」
「い、いえ。そういえば、篝様の好物は何ですか?」
「君のような、可愛らしい女の子の笑顔だよ」
ノーウェイトで直球をぶち込まれ、思わず真っ赤になってしまったが、冷静になる。
「そ、そっちではなく、本来の、篝様です」
「あー、俺かぁ。そだなぁ。メロンソーダ?」
「できれば、何か形の残るもので」
「…………うーん…………これ?」
首にぶら下がっているループタイを篝様は握りしめた。今は、盾のような紋章。そう言えば、日々変化してる。でも、毎日変わらないのが、ネックレスで一段上にあるロザリオだ。クリスチャン……? でも、明らかに彼はタキシードが似合いそう。
「集めてるの、これとかゲームくらいだしね」
「なるほど……あ……」
わたしの表情が曇る。今日、白っぽい髪の毛をからかってきた男子たちだ。
「お、シロじゃん。なにやってんの? つか、え、あ……ど、ども。か、カッコいっすね」
全員が篝様のキラキラオーラに当てられている。それを気にもせず、篝様はサッカーボールを手に取った。
「おお、サッカーボール! いいねえ、サッカー好きかい?」
とか言いながら、リフティングを始める。最初は普通に蹴ってたけど、とん、と軽く自分の後ろにボールを回し、かかとを使ってそれを正面に戻したり、バク宙を挟みながら、前宙を重ねながら、曲芸の域にまで達した完璧なリフティングを披露する。それを見て、男子連中は目をキラキラさせていた。
「す、すっげええええ! お兄さん、プロ!?」
「いやいや。単なる高校生さ。これは君らでもできる技術だよ」
「ま、マジすか!?」
「うん。よかったら練習方法教えようか?」
「お、教えてほしいっす!」
「わかった。でも、まずはメンタル。これが大事。メンタルはね、全身に影響を及ぼす。他人を見下していると、油断が生まれる。他人を悪く言うと、攻撃的になり、隙が生まれる。一流のスポーツマンは、心も清い。ボランティアや、自分より弱いものに決して攻撃したり、悪口を言ったりしないんだ。それを守れるなら、君に教えてあげるよ」
「……ま、守れる!」
「そっか。それじゃ、女の子をからかっちゃいけないな。彼女は生まれた時から、少し人とは違う。けれども、君の好きになった女の子が生まれてた時から白髪だったら? 目が蒼かったら? 赤かったら? 君は、大きくなれる。好きな人の全部を受け止めるくらいの大きさに、絶対なれるから。だから、まず。女の子には優しくしなきゃ。ね?」
言うと、素直に、彼は頭を下げた。
「星名、悪かった! 確かにこの兄ちゃんの言うとおりだ。一々、生まれてきたものに文句を言うなんて、そんなの男らしくねえ!」
篝様の言葉には、どこか魔力のようなものがある。人をその気にさせてしまうような。乗せてしまうような。そんな力が。
目の前の久保田君も、すっかりその魔力に当てられている。ハッキリと目が燃えていた。
「教えてください、先生!」
「いいとも! そよぎちゃんもどう?」
「せっかくなので、教えてください」
「よーし。まずはね……」
そして、感覚を掴みさえすれば必殺になるという、ヒールリフトという技をおしえてもらった。わたしはイマイチ分からなかったけど、久保田君は二回に一回は成功するようになって、何度も篝様にお礼を言いながら帰っていった。
暗くなって、篝様はわたしを送ってくれる。
「あの……ありがとうございました、篝様。あの子が、わたしをからかって来た男の子だって、何でわかったのですか?」
「そよぎちゃんを見てればね。綺麗だから、いつまでも見つめていたいんだ。君の可愛い顔が恐怖で歪んだから、すぐにピンときた。サッカーに持っていくなんて、我ながらもう少しスマートなやり方があったはずだけど……ごめんね。今の俺には、これが精いっぱいだ」
そうやって肩を竦めて苦笑する。特に何ということもない動作でさえ、華やかなのだから、イケメンってすごい。いや、篝様をイケメンという雑な枠で囲ってはいけない。
王子様。この言葉しかない。
でも、この人は演じているだけだ。そう思うと、少し寂しくなる。本当に王子様はいないのかって。
そんな彼が、表情を崩した。親しみやすい笑みに変わる。
「お? ナッキー!」
声を掛けた先――自宅の前で、丁度外出しようとしていた姉の姿が視界に入る。気付いたようで、姉は片手をあげた。敬礼っぽい。
「よっすかがりん! 今日はそよぎと一緒だったか。今からコンビニ行くんだけど」
「コラナッキー! 可愛い女の子がこんな日も暮れた頃に一人でお出かけとか、お父さん許しませんよ!」
「いや誰がお父さんだよ! こんなフレッシュな父親嫌だよ!」
「俺に電話すれば飛んでくるから。次からは俺に連絡しなさい」
「深夜でも?」
「深夜でも。美女の依頼は断らない主義なんだ」
「そんなコルトパイソンでも握ってそうなキャラじゃないでしょ。というか、飛ぶってどうするのさ」
「こう……」
その場で、篝様は垂直跳びをしていた。え!? 今、優に三メートルは軽く跳んだ……カッコいい……!
「これを連続して飛んでくるのさ」
「街中を高速でジャンプする妖怪として都市伝説になりそう」
「フッ、深夜のイケメン伝説、か」
「いや悪評だから。お願いだから普通に来て」
「分かってるよナッキー」
……王子様のベールが、脱げている。
それでも、彼はカッコよかった。おちゃらけているようで、ちゃんと女の子に気を遣える。そして、ちょっと過保護な部分が愛嬌があると言うか。
…………あ、そう、だったのか。
わたしが、そう望んだから。
最初にわたしが、王子様を彼に望んだから。篝様はずっと王子様をやってくれているんだ。その証拠に、姉とのマシンガントークに付いていけなかったわたしを覗き込む笑顔は、本当に、カンペキな王子様としての笑みだから。
本当の彼は、仕方のなさそうに笑うと、姉とのやり取りを見て、それを知る。
誠実だ。女の子の夢を壊さない、本当の王子様。
渡したくない。実の姉でも。
自然と、わたしは、彼の手を握った。
「? どうしたの、そよぎ。かがりんの手を握って」
「今日は、わたし、帰りたくありません」
「うわあ、男が絶対に自宅かホテルに行こうとする言葉だ。どしたのそよぎ、悩みがあるなら聞くよ?」
「そうだね。俺もまだ君といたいよ、プリンセス。ナッキー、そよぎちゃんもいいかな?」
「んー、そだなぁ。まぁそよぎならいっか! よーし、二人とも、今日は甘いもの奢ってあげよう!」
「「ダッツで」」
「シンクロか! 仲良しか貴様ら! 少しは遠慮しなさい! 学生にダッツはハードル高いよ鬼か! スーパー○ップとかで何とかしなさい!」
「ああ、あのデザートみたいなやつオーケーらしいねそよぎちゃん」
「太っ腹です、お姉ちゃん」
「あーもう、しゃーないな。そのかわり、なんかウマいこと褒めて!」
「輝羅梨。君の銃の腕前は世界一だよ」
「うん、ダッツ買って良いよかがりん」
「お姉ちゃん言ってることが違う!?」
「そよぎもなんか言いなさい」
「体重計のメモリは左に弄っても仕方がないと思います、お姉ちゃん」
「そよぎ、あんたはグーパンね」
「妹虐待だと思います」
「むしろナッキー細すぎじゃない? もうちょっと食べなさい」
「うえええ、このままだと四十五キロ割っちゃうんだよぉ! 節制しないと!」
「なのにコンビニに向かうのですね、お姉ちゃん」
「……ダイエットは、心がけが、大事であってね……? ああ、もう! 明日からやるから!」
「永遠にやらないパターンですね、篝様」
「だね」
「うっせえわ! とりあえずアイス買いにいこ! ほら、かがりん!」
空いていた左手を、姉が奪う。
三人で仲良く、コンビニに行く。
二人きりじゃないのは残念だったけど、この時間も、良いなあ。
◇
「ん?」
スマホに通知。メッセアプリから、そよぎちゃんだ。
買い物に行きたいので、ナンパ避け……? まぁ予定ないからいいけども。
「お、嬉しそうじゃんかがりん。デートでも行くの?」
「ああ、デートだ」
「相手は? どんな子?」
「小学生」
「もしもしポリスメン?」
「ポリスメーン!?」
あらぬ誤解が生じていたので、さっさとゲロることにする。
「ナッキーの妹だよ」
「ああ、そよぎか。ほんっとーに懐いたよねえ。あの子、割と髪とかで色々クラスメイトとかと喧嘩とかしてて、男嫌いだったのに」
「俺も彼女の前では常にキラキラ状態だからちょい気合がいる」
「いつもお疲れ、かがりん。本当に妹がごめん」
「いや、いいんだけどね。俺にはない視点だったりとか、考え方も独特だし、なにより可愛いから全然オッケー!」
「かがりん守備範囲広そうだよね」
「俺はその子を本気で尊敬できるところ一つあれば誰でもいいしね」
「わお。んじゃ私は?」
「自分の好きなものに一生懸命で、ちゃんと自分というスタンスを持ってるところを尊敬してるよ」
「あ、う…………?」
「おりょ、輝羅梨が真っ赤だ。なんでだろ、綾小路さん」
「あれはからかいのつもりで試練を出したけど、あっさりと逆襲されてあわあわしている単純な乙女の図」
「そこ、うるさいよ! 自分達も訊いてみればいいじゃん!」
「あたしは?」
「ソフトボールって言う行いに魂掛けてて、ストイックなところ」
「ぼくは?」
「人の迷惑を考えて動ける、優しくて思いやりがあるところかな」
言うと、しおりんは少し赤くなり、真夜はどうでもよさそうにお握りを頬張っていた。いや、真夜。お前は何かリアクションしろよ。
「いや、かがりんは凄いよ。伊達に王子様やってないと言うか。今朝も一年生に声掛けられてたよね?」
「ああ、うん。挨拶だったよ。もう王子モードは反射で出てくるようになった」
「あー、そういうのあるよね。ドアベルが鳴ったらついいらっしゃいませ出てくるもん。あたし他のカフェでやっちゃって恥ずかしかったなー」
「え!? あんた恥ずかしいとか言う感情あったの!?」
「ええー!? ひどいよ輝羅梨~! あたしだって恥ずかしがる時はあるって!」
「「「ごめん、想像つかない」」」
「三人揃って!? もう、酷いよ! やけ食いしてやる!」
「いやあんたいつもやけ食いじゃん。狂ってるように食べてるじゃん!?」
「食べ物に関しては狂戦士だと思う」
「食欲のベルセルクか……なんか物凄く中ボスくさいな」
真夜は食事に戻ってしまった。しおりんもパワ○ロでサクセス中。アプリと携帯ゲーム機で両方追ってるようだ。ナッキーは俺に向き直る。話を続けたいのだろう。
「で、そよぎはなんて? どういうデート?」
「夜景の見えるホテルでディナー」
「嘘吐け、正直にゲロっちゃいな」
「買い物に行くときのナンパ避けだって」
「あー、建前だよ。あの子、人付き合いとは別なら、本当に心許してる人としか行動しないし。好かれてるねぇ、うりうり! 美人になるよー、あの子は!」
「ナッキーに似るのかな。ならとりあえず美少女は確定だ」
「わ、私を褒めなくていいから! かがりんはその無自覚に女の子をおとす癖をどうにかしなさい! このナンパ野郎!」
「え!? 俺別に素直に言葉を口にしてるだけなのに!? これナンパなの!? なんで!?」
よく分からないが、放課後デートらしい。そよぎちゃんを待たせないようにしないと。
というわけで、マッハでやって来た。通りすがる人がその速度にか驚いていたけど、まぁ気にしないでおこう。
そよぎちゃんは……ああ、来た来た。
「は、速いですね」
「今日は五限目までしかなくて。んで走ってきたし」
「は、走らなくても、デートは逃げません」
「いや、君を待たせたくなかったし、何より――君に会いたかったから」
彼女は胸元に当てた手を、ぎゅっと握った。
「……キュンキュンします」
「あはは、全部本音。逢いたかったよ。それじゃ、行こうか」
彼女から許してくれたのだ。俺からも別にいいだろう。
彼女の手を握る。柔らかい、華奢な手だ。それを握り返し、嬉しそうにしているそよぎちゃんを見ると、なんか、ほっこりする。
この子も大きくなるのかなあ。想像するだけで楽しい。
「で、何を買いにいくんだい?」
「お洋服を……。母が許可してくれたので、軍資金はあります」
「……俺と買い物に行くって伝えてるの?」
「王子様と買い物に行くって言ったらふーんと言ってました」
世迷言的なノリだろうか。俺も娘さんの母親なら流してしまいそうになると思う。
ともあれ。
「ナッキーに連絡しとく。一応ね」
「はい、お願いします。あ、いえ、自分で。篝様、こちらに向けてスマイルをお願いします」
「うんいいよ」
微笑みを向けると、シャッターを切られた。画像はチャットアプリで送っているらしい。聞き覚えのあるぽこんという音が聞こえた。あ、しゅばっと音速でレスが。
「なんか、母が話をしたいそうですが。動画チャットで」
「あ、うん。その方が安心できるのなら……」
通話が始まるようだった。電話に出たのは、白い髪をした女性だった。ナッキーが妖艶になればこんな感じ、といった具合。若いな。
彼女に向けて、今一度微笑みを向けた。
「こんにちは。星名輝羅梨さんのクラスメイトで、そよぎちゃんの友人の光本篝です。そよぎちゃんのお母様ですか?」
絶句してる。なんなんだよ。パクパクと、言葉にならない声で溢れているようだったが、聞こえないのであればそれは意味がない。
首をかしげしばし。やがて……
『お……王子様……?』
何故か疑問形だったが、俺は頬を掻きながら首を傾げた。
「自覚はありませんが、学園ではそう呼ばれることが多いです。そよぎちゃんもそう呼んでます」
『あ……うん。凄くびっくりしたわ。現実にいるのね、そういう人』
「ど、どうでしょう……?」
『まぁ、いいわ。で、何で小学生が高校生と遊んでるの? そよぎ』
「姉の関係で、よく一緒に遊んでもらっていて……今日は、男性の意見も聞きたくて、召喚しました」
「されました」
『なるほど。にしても、輝羅梨は本当に銃にしか興味ないのね……。海外行って触らせてあげてるんだから、もっとこういう色男にも目を向けてほしいわ。こんなイケメンひっかけてきたらもろ手を挙げて喜ぶのに。あたしが』
「は、はぁ……。えっと、俺達は買い物に行ってもいいですか?」
『許可するわ。午後九時までに戻ってきなさい、さすがに小学生だからね。結構持たせたから、ディナーでもしてくるといいわ。ちゃんと、こちらの家に寄ってから帰ってくること。良いわね?』
「分かりました。では、娘さんをお預かりします」
『思ったよりしっかりしてそうで安心したわ。じゃあね、王子君』
王子君て。突っ込もうとしたら切れてしまった。よく分からん人だ。
「それじゃ、行こうか!」
「はい……!」
嬉しそうに、再び手を繋いでくる。細い手をきゅっと握り返し、俺は繁華街に赴くのだった。
買い物は予定通り進んでいるらしい。女の子にしては、そよぎちゃんはスパッとした方だ。自分のカラーを弁えていて、青と黒、白を中心に服を決めていく。
俺の好み全開になってしまったが、とても可愛い彼女がそこにいた。黒いハイウエストスカートにブルーのブラウスがシンプルながら清楚だ。細いおみ足は、珍しく白タイツというこだわり具合。つま先が丸いバレエシューズのような黒い靴も引き締まって見える。
他にも、お嬢様っぽい白いワンピースやら、黒いフレアスカートなど諸々を買った。パンツスタイルよりはスカートの方が好みらしい。
でもさ、そこは無理だよ。
「さあ、選んでください」
「捕まるよ!?」
思わず我に返る。女性物の下着売り場で異様に目立っている俺。そりゃそうだ、俺が女性でも思わず見ちまうよ。しかも隣にいるのはどう見ても小学生なそよぎちゃん。捕まるわ。仕方ねえよ。
「む、それは厳しいですね。では、行きましょうか」
「うん、マジで心臓に優しくなかった。こええこええ……っと、ごめんね。少し本音が。さすがに小学生の下着まで選んでたら俺単なる変態だからね?」
「わたしBカップです」
「と、年の割には大きな方だね」
確かに膨らみかけの輪郭が見える。やめろ、何考えてんだマジで。抹消しろ。したわ。
「ご、ご飯にでも行く?」
「まだ少し早いですね……。カフェにでも行きませんか?」
「あー……じゃあ、コーヒーショップ行こうか。ヌターバックス行こう」
「……コーヒー、飲めないのですが。大丈夫でしょうか」
「大丈夫さ。コーヒーに全く関係ないフローズンみたいなやつもあるし、なんならミルクも買えるよ」
「そ、そうですか。少し緊張しますね」
リオンモールという商業施設の中。様々な店が軒を連ねる中、真新しいコーヒーショップに。そこそこの人がいた。休日の昼間とか凄い人なんだけど、夕飯には早いがそう遠くでもないというこの時間は、穴場だったらしい。
カウンターよりは背が高いが、見にくそうだったのでメニュー表を持ち上げる。
「……。キャラメルマキアート」
「コーヒーだよ」
「うう……」
「オススメならメニュー外だけど、キャラメルクリームかな」
「美味しそうです……! では、キャラメルクリームで」
「うん。俺はカモミールを」
コーヒーショップなのにコーヒーを頼まない連中となっていた。普通にコーヒー飲める面子ならそうするけど、そうするとあれができない。
物を受け取り、席に陣取る。アイスのキャラメルクリームを頼んだ彼女はストローでそれを吸い込む。
「甘い……」
「こっちも飲む?」
「……苦いですか?」
「あはは。これはハーブティ。オススメ」
「では……」
そよぎちゃんは顔を赤くしながら吸い込むように一口。ずずずと音がする。
「! 美味しいです、すっきりしてて……どこか、落ち着きます。ハーブティって美味しいですね。これ、なんですか?」
「そう? よかったよ。これはカモミール。寝る前にいいよ。ホットミルクは歯を磨いた後だと良くないからね」
「なるほど……他におススメなどあれば」
「レモングラスかなー、個人的には。あ、ローズヒップは、初見で頼むのはやめた方がいいかな。物凄く酸っぱいから」
「お茶、好きなのですか?」
「そこそこだね。香りを楽しみたくなったら専門店で買ってきたやつを淹れるくらい。いつもは面倒で水出しで一晩放置しちゃうけど」
「ふむふむ……王子様はお茶が好き……。あ、少しお花摘みに」
「いってらっしゃい」
まばらな雑踏に消えていくそよぎちゃんを見送り、スマホの通知を捌く。
ゲームだったり時間を潰していると、すぐに彼女は帰って来た。息を切らしている。
「どうしたの?」
「い、いえ。篝様と一緒にいる時間を、一分一秒でも無駄にしたくなくて」
「あはは、ありがとう。ディナーはどこがいい?」
「お肉食べたいです。お肉とお野菜をいっぱい食べて、早く大きくなりたいです」
「そっか。それじゃ、ステーキハウスかな?」
「お願いします。篝様も、今日はご馳走させてください」
「い、いや、さすがに自分の分は出すよ」
「篝様の分を出さなかったらわたしお母さんに撲殺されます」
「撲殺されんの!? マジで!?」
っと素が出てしまった。思わず引っ込めて、苦笑いを返す。
「そよぎちゃんは俺を驚かせる天才だね」
「いえ、事実なのですが……」
「ま、まぁ、それは置いとこうか。ご馳走になるよ、それでそよぎちゃんがいいなら」
「そうしてください」
えええ……? いいんだろうか、小学生にご馳走になる高校二年生て。うーん、果てなく微妙。どうしようもなく屑。
でも、いっか。そよぎちゃん、どことなく楽しそうだし。よく笑ってくれる。
本人が喜んでるなら、それ以上に何もいらないのだから。
◇
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
八時半になって、家の前まで送ってもらった。
「着いちゃいました」
「だね。今日は楽しかったよ、そよぎちゃん」
相変わらず、完璧な笑顔。本当に綺麗だ。男性に綺麗なんて失礼かもだけど、どんな漫画や、どんな映画でも、こんなにわたし好みの人はいなかった。
そんな、憧れの存在に、トクベツな目で見てもらいたい。
理由は、それで充分だった。
「あの、これ……」
「ん?」
プレゼントを渡す。ラッピングされた、長細い箱。
「これは……?」
「……。以前、お好きだと聞いたので。あ、ちゃんと、これはわたしのお小遣いからです! 今日の買い物にお母さんから預かったお金じゃありません……!」
言うと、呆気に取られていたが、微笑みを浮かべてくれた。優しい笑みだ。
「開けていい?」
「どうぞ」
丁寧に包装を開けると、そこには――蒼い石が埋め込まれた、羽根の形のループタイ。
彼は王子様で、天使のような羽が似合う。
そんな単純な連想だったが、直感でこれだと思った。
「……」
無言で、彼は今首に下げていた太陽のような形のループタイを取って、それを掛けてくれる。
「似合うかな」
「篝様に、あつらえたように似合います……あの、その、ですね。わたし、小学生なんです」
「だね」
「ですから、その……いえ、言い訳です。そんなことでは、もう引けないんです。わたしは、まだ、あなたの隣に立てません。ですが、いつか……すっごく、綺麗になって。すっごく、可愛くなって! 人として成長して、あなたに告白します!」
真正面から、言った。言ってしまった。こんなの、実質的な告白だ。
彼は戸惑っていたが、意を決したらしい。
跪いて、わたしの手を取って、手の甲に口づけをしてくれる。
まるで、本物の王子様のように。
「俺が誰を好きになるか、今は分からないけど……光栄だよ、そよぎ。将来、俺に恋人がいなかったら、アタックしにおいで」
「いいえ。彼女がいてもアタックします」
「お、おおう。アグレッシブだね」
「よく言ったわそよぎ!」
玄関が開いた。そこにはお母さんが立っていた。何故かお姉ちゃんも。
「うーわー、かがりんスゲー。そよぎ落しちゃったよ」
「ナッキーも落ちてくれていいんだよ?」
「い、今はいいから」
「「今は?」」
わたしとお母さんの声が被る。真っ赤になった姉は、首を横に振った。
「き、聞き返さない!」
「う、ううっ……この初心な反応……! 銃馬鹿の娘にも春が……! ありがとう、王子君! もうそよぎと輝羅梨両方貰っていいから!」
「良くないですから!? 法律のアウトセーフの上で前後交互にムーンウォークみたいな真似やめましょう!?」
「あ、それが本音ね。あたしひょうきんな男嫌いじゃないの。なんなら、あたしにする?」
「歳考えろ馬鹿ママ!」「賞味期限間近は黙っててください」
「なっ!? くっそ傷ついたわ! あんたらマジでいっぺん締めるわよ!」
ぎゃあこらとやかましい中、篝様は笑っていた。
彼には微笑みが似合う。
空に太陽があるように。
海に水があるように。
こたつにミカンがあるように。
男女に、恋があるように。
わたしは――――なるんだ。
彼にとって、必要な、太陽のような存在に。
でも、分かってるライバルがお母さんとお姉ちゃんって。それに、判明していないライバルたちもいっぱいいるんだ。
負けたくない。
だから、
「うわっ!?」
どさくさに紛れて、彼に抱き着く。
「あ、ちょ、そよぎ!」
「わたしは、この属性を逆手に取ります。いっぱい、甘えさせてくださいね? わたしの王子様!」
「……君が王子を望むのなら、いくらでも。マイスウィート」
今は、わたしの王子様でいてくれるだけでいい。
ちゃんとおっきくなって、彼の全てを包めるようになってから。
しっかり――パートナーとして、彼と向き合いたい。
そう思った、綺麗な月の夜だった。
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