十二章 黒服と

  十二章 黒服と


「……」

「申し訳ございません……」

 今日はメティの実家に御呼ばれされていた。引くくらいの屋敷に住んでるんだけど、たまーにメティが食事に誘うのだ。

 しかし、メティは急用が入ったとかで、ここにいないらしい。呼び出しておいて。

 肩透かしを食らった俺は、頭を下げてその場を後にしようとしたが。回り込まれた。

 良い体格の老紳士。穏やかそうな外見で、いかにも執事! って感じ。

「篝様。どうか、おもてなしさせて頂けませんか」

「いや、メティに呼ばれたんだし。てか、メティが悪いんだし」

「だからこそ、何もせず帰っていただくなど、我ら精鋭執事集団、『黒薔薇の会』の面子と沽券にかかわります。どうか、おもてなしをさせて頂けませぬか、篝様」

「は、はぁ……。それじゃ、メティが帰ってくるまで、待たせてもらっていいかな」

「かしこまりました。お嬢様にもそのようにお伝えします。ささ、どうぞ。靴はそのままで」

 案内されるがまま、改めてド広い屋敷を見渡す。

 いや、なんつーか、天井たけぇ! 靴音が反響する独特の静けさと言い、若干のほの暗さと言い、緊張するなぁ。

「こういった場所は緊張なさいますか?」

「しますね……。庶民なもので」

「素直な方だ。時に、篝様。対戦格ゲーなどは嗜まれますか?」

「まぁ、ほどほどに」

「では、どうですか? 一勝負」

「お。えっと……黒服さんも得意です?」

「ああ、私は須山俊二郎と申します。いかようにもお呼びくださいませ。おすすめはすーちゃんでございますよ」

「じゃあ、すーちゃんも得意なんですか?」

「これでも某2D格闘ゲームをやりこんだ猛者ですぞ。自分で言うのもあれですが、世界でも五本の指に入るかと」

「そりゃ楽しみですね」



「も、もう一回! もう一回お願いしますぞ!」

「ええ……。何回目なんですか」

 有名格ゲーからマイナー格ゲーまで持ち出され、三時間ぶっ続けでプレイしていた。

 この程度で集中が切れることはないんだけど、すーちゃんがすげえ食い下がってくる。

「篝様、やりますなぁ。ここまで強い相手は久しぶりですぞ。なぜか、みな、二時間くらいプレイしていると負けていくのですが……」

 この人、あんまり強くないんだもん。動きは経験者だけど、それ故に読みがシンプルでやり返しやすいというか。対応が簡単で、おそらく飽きたんだろう。二時間も付き合っていたら、もういいやとなること請け合いだ。

 でも、俺は負けてやらない。

「くう、ガードが堅い……!」

「すーちゃんも中々タフですね」

「私に敬語は不要ですよ、篝様」

「じゃあ俺にもいらねっす」

「そう来たか。そう呼ぼうか、篝君。君は誰であっても手を抜かず、真摯だ。だが、年寄りに花を持たせるというのも悪くないのではないのかな?」

「無理やり持たされた花が嬉しいかどうかによるかな。俺は嬉しくないんで、実力でもぎ取ってくれ」

「男だな。よし、ここでファイナルショット!」

「上段対空技で回避してからの加速、密接、四割コンボ!」

「ぬ、ぬおおおおっ!?」

 密室で、男二人でひたすら格ゲーに興じること四時間。

「いやぁ、その集中力、感服した。やるじゃないか、篝君」

「すーちゃんも諦めることを知らなさ過ぎでしょ」

「まぁな。私の取り柄は不撓不屈ゆえ、そうなるのだよ。絶対に勝つことを諦めない。いつか再戦を希望するぞ、篝君」

「受けて立ちますよ」

 紅茶を入れてもらい、パティシエが作ったというケーキを口に運ぶ。チョコレートケーキなのだが、光沢があって、非常に口当たりがいい。紅茶も何だか甘みを感じるほどのグレードで、改めてメティとの格の違いを思い知る。

「お嬢様は篝君のことを好いているようだが、君はどうかね?」

「そりゃ、好きだよ。恋愛的な意味で。見た目も可愛いし、ちゃんと目的意識があって、俺をちゃんと見てくれるから。王子強要はちと困るけど、それを抜いても、メティは恩人で、今でも好きな人だ。でも、俺はまだ子供だ。もうちっとメティに見合う男になりたい」

「素直に話してくれてありがとう。どういう出会いだったのか、聞いてもいいかな? お嬢様に聞いても、話してくれないのだ」

「ああ、まぁ……内緒にしててほしいんだけど」

「うむ」

「ある日。砂山でお城を作ってたんだ、メティは。割とガチ目の。小学校高学年くらいの子が、そんなことするの珍しくて。でも、がきんちょがボールをぶつけたんだ。砂の城は崩れた。子供達は、逃げて。ボールを置き去りにして。それを蹴る女の子だったけど、上手く蹴れなくて。そこで、つい口を出しちゃって。俺達の最初の出会いは、ボール遊びだったんだ。運動神経無くて、ボールを追いかけては転んで、スカートの中が見えたりしたんだけど……。まぁ、ドジな子だなぁって思って。同じように公園に行けば、ベンチに彼女がいて、子供達を見守っているようだったから。そんなメティを誘って、色々スポーツに連れまわして、いつの間にか、仲良くなって。勉強がとてもできるのを知って。でも、小学校に彼女の名前がなかったから、どこか別の学校に行ってるのかなとか思ったりして……まぁ、あの時メティは二十代だったんだけど。内緒にしてほしいって言ったのは、あんまり運動してるところをイメージされるの、好きじゃないっぽいから。スポーツをしてる自分はカッコ悪いって思ってんだろうなあ。可愛いのに」

 俺の話を、興味深そうにすーちゃんが聞いている。

「珍しいですな。お嬢様は見込みがないと思ったら、スパッと切り捨てるタイプ。運動をしていらっしゃったとは」

「俺が無理やり連れまわしてただけ。運動はいつも渋ってたよ」

「だろうなぁ。それでも運動をしていた、というのなら……よほど、篝君といるのが楽しかったんだろう。……あの子はね、分家の子なのだ。代々、我らシュラウドグループは血縁者に代々会社を継がせていた。現トップだった、直系の娘が死に、そしてメヒティルトお嬢様に手腕を託す羽目になった。しかし、見事な手際だった。プリンセスモバイルという新会社は大ヒット。世界のシェアを瞬く間に牛耳って……。その頃からの付き合いなのだ。君と入れ替わりくらいになるだろうか。インドアなお嬢様が、たまに野球やら水泳やらの、中高生の試合を見ていたが……君だったんだろうな、見たかったのは。僭越ながら、父親のような気持ちなのだ。笑顔にしてやってほしい」

「メティがそれを望むなら。このロザリオに誓って」

「頼もしい限りだ」

「あ、そういえば。俺をモチーフにした漫画描いてるのは誰だ」

「私だ」

「あんただったの!?」

「うむ。こう見えてオタク文化も嗜んでいるのでな。セリフはともかく、絵は描けるぞ」

 万年筆を取り出し、さらさらと取り出した名刺に俺の顔が。いや、正確に言えば、たしか……なんだっけ。そうそう、早乙女君だ。物凄い少女漫画タッチ。目なんかキラッキラしてる。

「すげえ上手い……」

「君も描いてみるかね」

「まぁ、自信ないけど……」

 俺、絵はあまり……。

 それでも書いてみた。目の前のすーちゃんを。

「……何故そんな濃い画風なんだね。愛で空が落ちてきそうだ」

「いや、昔から絵を描くとこうなって……メティから怒られたんだよなあ。私こんな世紀末な感じじゃないって」

「上手いといえば上手いんだが……」

 やはり変なんだろうなぁ……。少女漫画チックな俺と並べてるものだから場違い感が半端ねえ。

「む、お嬢様から。少しお待ちを」

「うっす」

「はい、須山でございます。……はい、お待ちになっておいでです。む、話されますか。かしこまりました。少々お待ちを。篝様、お嬢様がお話になりたいと」

「様はいらないって」

「お嬢様のまえでございますので、ご容赦を」

「あー、こっちこそ浅慮でした。……もしもし、メティ?」

『篝さん! まだお時間はございますか?』

「もちろんだよ、メティのために今日一日フリーだぜ。いやぁ、須山さんとの格ゲーも楽しかったけど、やっぱり……会いたいよ、メティ」

『ええ、私も。一緒に、その……映画を見たかったの。年甲斐がないかしら』

「可愛いよ、俺だけのお姫様」

『うふふ、王子もすっかり染み付いてきましたね』

「でも俺もありのままを愛してほしいなあ」

『あら、言葉で言わないと――伝わっていませんか? では、正直に言いましょうか。私は、貴方が好きです。普段、そうやってとぼけておちゃらけている三枚目な部分も。こうやって、めんどくさい女に真正面から応じてくれるのも。王子で二枚目な演技も。何もかも』

 囁くようにそう言われ、背筋にぞくぞくと、何かが奔る。

 甘く、痺れる感情が、心を揺さぶった。ふふ、とケータイ越しにくすぐるような笑い声が、吐息が、声音が。

 どうしてこんなにも、染み入るんだろう。

 幼馴染だったメティは、すっかり――中身は大人っぽくなって。いや、元から大人だったんだけども……。

 ドキドキしっぱなしだ。

「ま、俺はこのまますーちゃんとベッドを共にするから、嫌なら急いで帰ってきてくれ」

『そ、それは……ちょっと見てみたいですが』

 え!? 見たいの!?

『やはりダメです。私が腕枕してもらいたいんです。いいですか、寝てはいけませんよ!』

「えー」

『ご褒美は裸ワイシャツ!』

「やべえ、目が冴えてきたぞ!」

『よろしい。三十分で戻ります』

 あ、通話切れた。

「ふむ。裸ワイシャツか。自分のものを着られているくすぐったさと、ぶかぶかなシャツが体格差を感じさせてくれる古来より伝わりし嬉し恥ずかしなシチュエーションだ」

「カメラ貸してください」

「構わんが、後悔することになるぞ」

「ぐへへへ、何を後悔することがあるか! ぜってー俺にとって美味しいイベントじゃないですか! 裸ワイシャツですよ、昂りますよ奥さん!」

「お嬢様のことを、もう少し理解した方がいい。いや、翻弄される方がお嬢様好みなのだろうな」

「?」

 そうして、メティが帰ってきて、披露されたのは。

「さあ、裸ワイシャツです。須山の」

「綺麗に撮ってほしいぞ」

「んなオチだと思ったよ! 返せ! 俺のドキドキを! 好きな女の子の裸ワイシャツだと思って期待してたチェリーマイハートを!」

「シャツを持ってきたら着てあげます」

「よっしゃ、待ってろバーニン!」

 十分で取ってきた。



 映画を見終える。戦争映画だったが、ラブストーリー。戦場で生き別れた恋人と再会するというシンプルな話だった。お約束がよく盛り込まれてあり、うんうん、という感じ。メティは変化球がないと散々な評価だったが、いいんだよ変化球なんかなくても。宇宙人とか出てこないだけマシだ。

 やたらと広い風呂では、水着を着用で流しあいっこした。彼女はビキニタイプだったが、なんというか……小さいのにやたらと妖艶だったな。

 で、一緒に寝ることになった。

 裸ワイシャツは、白くて細い足が見えていて。

 寝ていると、時折体勢を変えるメティが腕の中で転がって。

 ていうかメティ寝相悪いな意外と。

「……」

 ね、寝れねえ! 

 なにこれ、メッチャドキドキする。すげえいい匂いするし、体柔らかいし、なんか、もう、理性跳びそう。

 でも、ダメだぞ、俺。男の俺にこうまで信頼を寄せてるんだから。それを裏切ることは――

 でもよ、両想いなんだぜ。いーじゃん。

 ――よくないよ、よくないよ!

 俺の中の天使と悪魔は、約六時間の攻防を続け。

 全く眠れなかった俺は、朝。気持ちよさそうに伸びをするメティに微笑まれる。

「襲わなかったことは残念ですが、褒めてあげましょう。やはり、そう言うのはお互いの合意があって、ですから。これは、ご褒美」

 唇に、柔らかい唇が載せられる。

 キス。二文字のその行動は、とてもシンプルながら――脳をショートさせるのには、充分な破壊力を秘めていた。

 そのまま、ベッドに突っ伏す。

 彼女の残り香が鼻腔に甘く燻る中。

 俺は、なぜだか心から落ち着いてしまって。

 そのまま、ぐっすりと眠ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る