十一章 近くて遠い距離

「ふぁああああ……」

 あたし、更科真夜。スポーツ万能、勉強は察しろな十六歳の女子高生。

 朝五時半。着替えを済ませて、リビングに。

「お父さん、ご飯ー」

 あ、置いてある。

 フレンチトースト五枚にヨーグルト一パック、ジャム。

 もしゃもしゃとそれを食べること五分。完食。

 表に出ると、やっぱりいた。

 光本篝君。

 学園の王子様とかいうらしい、底抜けにいい人。めっちゃ好き。料理上手いし、おにぎりも半端ない。最近は少しだけどおかずもくれるようになった。

「おはよ、篝君!」

「お、真夜。おはよう。朝練?」

「うん! ごめんね、朝早いのに入ってもらって」

「いいって。ソフト頑張れよな、真夜。応援してる」

「あ、今日ソフト部来ない? 篝君の投げるボールで訓練したい!」

「分かった、行くよ」

「ありがと! あーあ、篝君が女の子だったら一緒に全国目指せたんだけどなー」

「女の子の俺……?」

 微妙な顔をしている。

「あ、ほら。この間輝羅梨から教えてもらった、女の子に変換できるアプリで……」

 撮ってみる。

 わお、可愛い! 凄く美人だ!

「おお、俺可愛い」

「うん! でも、やっぱ男の子の方がいいや。篝君カッコいーし」

「! 真夜、俺を男として認識してたのか!?」

「え、うん。そりゃ」

 男の子だなあって最近凄く思う。

 筋肉とか、細身に見えてかなり引き締まってるし。体が柔らかい上に手足が長いだけに、あんなスピンのあるボールとか、特異な運動能力なんだなと思うし。

 恋とか、興味ないけど。

 篝君となら、上手くやれそうな気がしている。気安い関係だし。

 登校まで少しあったので、雑誌を読む。輝羅梨が貸してくれた。

「何それ」

「なんか、女の子らしさが身につく本だって。サッパリわかんないけど」

「ああ、そう言う雑誌ね。言うて小学生っぽいけどな、向けられてる年齢層……」

「そうなの?」

「ああ。あ、いらっしゃいませ」

 朝の接客、ちゃんとしてるなあ。

 元気良すぎても、朝はいけない。ただでさえ神経質になってるところに、大声はよろしくない。ついやってしまって、お父さんに叱られるけど。篝君、身に着けるの早い。

「……ふむふむ」

 好きになると、自然で彼の姿を追う。

「あ」

 篝君、お客さんがコーヒーを――

「あっづ。あ、掛かりませんでした? すみません、零さずキャッチできればよかったんですけど……あ、はい。大丈夫なんで。すぐに替えのコーヒーをお持ちしますね」

 おお、食器を離さなかった。ガッツあるなあ、零れるコーヒーカップに手を伸ばすなんて。いや、反射だったのかな。つい熱くて放しちゃうんだけど、さすが篝君。

「?」

 目で追ってる?

 ……。

 好きになると、彼のことで頭がいっぱいになる。

 ……なってる、かも。

 最近、篝君が夢に出てくる。いっつも、二人で食事を囲む夢だけど、実際二人で食べてると美味しさが増す気がする。嬉しそうな篝君が、目蓋に焼き付いて――

 ……あれ? もしかして、あたし。篝君のこと好きなの?

 …………好きなの?

「どうなんだろう……」

 あ、ヤバ。時間だ!

「篝君、また学校で! じゃ!」

「おー! ファイト!」

 サムズアップに同じポーズを返して、あたしは家を出た。



 昼休み。今日はもここベーカリーのパンを買ってきていた。焼きそばパン、ビッグミルキーキャラメル(ミルク味のパンのキャラメルコーティング)、ホットドッグ。

「ほれ、真夜。一個あげるよ」

「わーい!」

 ミルキーキャラメルを持っていかれる。うん、それを取るだろうなあとは思ってた。デカいし。

「かがりん、甘やかしちゃダメだってばー」

「幸せそうに真夜が食べるからあげたくなるんだよ、ナッキー」

 ちなみに、真夜は朝に俺お手製の爆弾お握りを四つ食ってる。燃費悪い。

 焼きそばパンを齧りつつ真夜を見る。なんか、パンをじっと見つめて、かと思えば、俺の方を見つめている。

「な、何、真夜」

「あたし、篝君のこと好きなの?」

「疑問形!? 俺に訊くのそれ!?」

 マジで何なんだよ。あの雑誌に影響でもされたのか? 輝羅梨もオレンジジュースでむせてたし。

 収まったナッキーが驚きの表情で真夜に詰め寄る。

「ど、どうしたの真夜! あんた食事が恋人だったじゃん! マウンテンカレーと結婚するとかIQ3くらいのこと言ってたじゃん!? どうしたの!?」

「いや、思ったんだぁ。篝君のこといっつも考えるようになったし、気づけば目で追ってるし。恋なの? って」

「いや知らんし。どう、かがりん」

「俺に振るな俺に」

 俺とナッキーはお手上げ侍。

 真夜は迷いながらも、重箱を突きながらパン食ってる。今日はハンバーグメインだ。これは自作だな。マスター、スゴイな。朝、こんなものを既に仕込んでいるなんて。

「うーん、わかんないなー。なんかね、胸ところがきゅーっとして、もやもやするんだよねー。うーん……はっ、こ、これは……!?」

 ごくり……。

「胃もたれ?」

 無言でナッキーが真夜の頭にゲンコツを落としていた。

「酷いよ輝羅梨ー!」

「あんたの発想の方が酷いわ! それは恋かもしれないけど、答えなんてあんたなりに見つけりゃいいの! 胃もたれなら胃もたれなんだろうけどそんだけ食っといて舐めてんのか!」

「えー。恋の先生とかいないのかなー」

「居るわけないじゃない、そんな恥ずかしい存在」

「コホン」

 あ、メティだ。

「更科さん。恋を教えてあげます。さあ、食事は終わったみたいですし、理事長室へ」

「メティ、何か用があったんじゃないの?」

「これ、お手製です。弁当箱が」

「中身じゃないのか!?」

 黄金に輝く弁当箱を貰った。何て食欲を失せさせる箱なんだ……。

 真夜はメティについて行ってしまい、仕方なしに俺とナッキーは溜息を吐いた。

「ごめん、あのアホが」

「いいけど。ん? ひょっとして、俺、モテ期!?」

「かもねー。で、中身どういうの? ローストビーフとか!? ステーキとか!? ハンバーグだったりして!」

 肉であることは確定なのかよ。

 とりあえず開けてみる。

「おお」

「なるほど」

 六種類のケーキのアソートが入っていた。

「ナッキー、フォーク二本あるし、どう?」

「頂きます。これでも女子の端くれ、スウィーツ大好きです」

「よかった、さすがにパン二つ食ってこれ全部はキツイ……しおりんもどう? ぐへへ、今なら俺の使ったフォークを……!」

「ぼく、お箸でいい?」

「あ、はい。どうぞ」

 結局ケーキは一口ずつシェアし、食べつくしたのだった。



 放課後だけど。真夜はいつも通りだ。

 練習用ユニに着替えて、捕手としての訓練をしている。

 俺もありったけのウィンドミルで、真夜の練習になる。ウィンドミルにようやく慣れてきて、コーナーを狙えるようになっていた。

「いいよ、ナイススロー! 次、低めにチェンジアップ!」

 頷いて、ボールを投げる。

 鋭く腕を振る。が、ボール自体は緩い。間を外すためのボールで、高めに浮いてしまうとぶっ飛ばされる筆頭。

「ナイボっ!」

 でも、なんか真夜に違和感が。

 なんだろう……あ、そっか。真夜、笑ってない。ずっと、何か考えてる顔だ。

 俺はワインドアップをし、オーバースローで投げ込む。

 目の覚めるような鋭く速いボール。捕った真夜も驚いていた。想像と違う球が来たから、だろう。

「真夜、いーかげんにしろ。漫然と手癖で捕ってんなよ、目覚めろ。怪我すんぜー」

「篝君……」

「もっと笑っててくれ。微笑んでくれ。俺は真夜が喜ぶから投げてんだよ! 何だその顔、やる気無くなるぜ」

「え、え!?」

 キャッチャーマスクを取って、自分の顔を手で確認している。

 苦笑し、彼女に駆け寄った。

「ソフトは楽しいだろ?」

「う、うん。楽しいよ」

「楽しく、一生懸命やってる真夜だから、俺は力になりたいんだ。この練習は、他のこと考えながらやっていいのか? 身になるのか?」

「……ならない。ごめん、篝君。もう十球、お願いできる?」

「任せとけ!」

 いつもの笑みが戻った。もう、問題ないだろう。



 篝君、そうだったんだ。

 あたし、笑ってたんだね。いつも。

 どういう顔でプレイしてるか、なんて。意識すらしてなかった。表情で、投手にも影響が出るものなんだ。また一つ、篝君から教わった。

 やっぱり、篝君は目で追っちゃうよ。

 凄い人だと思うし。……人間として。異性として。

 ……理事長も言ってた。それは恋の芽生えだと。愛を貰って急成長すると。

 篝君はあたしをサポートしてくれてる。下心がない男の人はいないって言ってた。下心だとしても、いっぱい助けてくれる篝君だから――心から嬉しい。

 魂から、惹かれてるんだと思う。

 そんな凄い人が、協力してくれるんだ。

 ウィンドミル。あたしのために覚えてくれたんだ。

 無駄にはしない。してなるものか。

「!」

 ボールが、キレてる? 凄く伸びてる、気がする。

 そっか、あたしが笑ってるから? 嬉しい。信頼されてる感じがする。

 あ、篝君も笑ってる。

 そっか。

同じなんだね。

あたしも――篝君に、笑っていて欲しい!



「篝君!」

 翌朝。私は頼み込んで、初めてのことをした。

 料理作り。お父さんに教えてもらいながら、ちゃんとできたと思う。ちょっと不格好だけど。

 朝。お握りを渡された時、あたしも――返したいと思った。

「え、どうしたの真夜。足りなかった?」

「ち、ちが……これ!」

 お弁当を差し出したら、目を白黒させていた。

「自分用じゃないのか!? お、俺に!?」

「ずっと、お礼がしたくって……。でも、他に浮かばなかった。受け取ってください、あたしの手作り弁当!」

「……ありがとう、真夜」

 そう微笑んで、受け取ってくれた。そして、頭を撫でてくれる。

 それだけで、ぽかぽかとあたしの心が、ぬくもった。充足感で満ちていく。

「これ、二人で食べない? 真夜も味知りたいだろ?」

「う、うん!」

「えー、真夜のお弁当か。ちょっと興味あるなー」

「ナッキー、これは俺の弁当。あげないよ」

「いや、別にいいけど。御開帳! ……おお」

 俵型のおにぎり四つに、唐揚げ、ウィンナー、ブロッコリー、プチトマト、こんにゃくゼリー二つ。

 小さなお弁当だけど、お父さんは渋ってた。これでもデカいんじゃないのか? って。

 篝君は気にした様子もなく、食べてくれてる。

 な、なんで、こんなに。ドキドキするんだろう。

「うん、美味いぞ真夜! 初めてでこれは凄くねーか!?」

「! う、うん! ありがとう!」

「そりゃ俺のセリフだ。うおお、俺も抜かれんように精進しないとなあ」

 美味しそうに食べてくれる篝君。

 そんな、子供みたいに喜ぶ彼が、なんで、こんなに……。

 心を、温かくするんだろう。

 うん、理事長。そうだと思う。

 これは、きっと――いや、絶対。そうとしか考えられない。

 ――そう。恋だ。

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