八章 男子高校生

    

「お前ら、よく試験突破出来たよな。ここ、高倍率だぞ」

 俺は珍しく、男子連中に呼ばれていた。

 昼休み。男子クラスとして編入が許された、一年六組のメンバーとパンをかじる。

 最近女の子ばっかに囲まれてうきうきしてたが、やっぱ男子連中と物食ってると落ち着くなぁ。

「いやもう、オレらマジ勉強したっすから」

 一年生エース中里がそう言う。

 セカンドの安達も笑っていた。

「いや、引くっすよ。寝ても覚めても勉強三昧。練習時間なんて二時間で鈍りまくってましたから」

「まぁ、近所に先輩いない高校野球部なんかないもんなぁ。いいところに目を付けたよ」

「そういや、先輩は何で編入したんっすか?」

「俺? 両親が海外行くっていうんで、俺は遠慮させてもらったって話。もともと住んでた福岡に戻ろうって編入先探してたら、元女子高が共学化するっていうんでそこに。女の子とお近づきになれるかなーって」

「うわ、それをゲロっちゃうんすか」

「男の矜持なんて捨てたよ。王子様なんかやらされてるんだぞ、普通の神経じゃできない」

「あー、それで先輩あんなキラキラしてたんすか……。でも時と場合によると思いますよ、百二十球投げて息も上がらずにニコニコしてたら逆に怖えっす」

「うん、それはそうだ」

「先輩ちょっと抜けてないっすか……?」

「うん、俺アホだしね……。さて、それじゃ続きするか。どこから分かんない? というか高校一年の一学期なんて普通復習で終わるっしょ」

「いやそんな温いことしてねえっす! ガンガン進んでるんっすよ!」

「マジかよ、さすが偏差値六十九」

 高い方だ。さすがメティ、馬鹿は運動特化以外取らないという強靭な意志を感じる。

 だって真夜が入れるくらいだ、馬鹿でも入れはするが、それ以外も出来てないとダメなんだろう。

 俺は昼休みに勉強を教えてほしいということで呼ばれていた。人に教えるのは苦じゃないので、例題などを交えつつ、黒板に書いていく。

「うおお、すげえ分かりやすいっす! 馬鹿にも思考のプロセスが分かるっす!」

「いや、学力と言うより、君らの地頭がいいんだろうね。頭の回転が速いから。俺、言葉とかたらないから、教えるとたまにわかんないって子が出てくるんだけど、君らはそうじゃないし」

「おっす、次英語オナシャッス!」

「英語なんて文法覚えて単語組み合わせるだけでしょ?」

「まぁそうなんすけど、文法ややこしいじゃないっすか」

「日本語が習得できるなら、大半大丈夫だと思うけどね」

 色々やっているが、特に苦戦もせず、男子連中はスポンジのように知識を吸収していく。

「いやー、先輩みたいなやさしー先輩なら欲しかったっすよー」

「そうかな? 俺はあんまり優しくないよ」

「優しいっすよー。人当たり柔らかいし」

「俺はそいつを下劣と判断した時点で人として扱わないから」

「そんなの誰だってそうでしょ」

「そういうもんなのかな?」

「だと思うっすよー。嫌いな奴嫌いならそれでいいでしょ」

 それはその人を理解する努力を放棄していることになるが、まぁ普通はそうするよな。俺だって多分、そうしているだろうし。

「あ、ここ教えてくださいっす」

「ここはね……」

 やっぱ男子と話すのも楽しいなあ。



「春希も男子と話したい?」

「……篝君、が、いるから」

「うーん、そっか」

 図書室――ではない。

 ナッキーたちと騒いだ時に咎められていたので、図書室と繋がっている、資料室で俺達は一緒にいた。

 最近春希はよく渋面を浮かべている。中身に詰まっているんだろうな。俺にはよくわからない辛さだが、原稿用紙五枚でも辟易するというのに、ああいうのを百枚を超えて遥かな数を書いていると思うと、尊敬を越して畏怖すら抱いてしまう。

「あ、あのね。これ、お礼……」

 春希はクッキー……だよな。それをテーブルに置いて、こちらに寄越してくる。

「何のお礼?」

「この間、教科書、借りた」

「や、まぁ、そうだけど。いいのか?」

「うん。……こ、口実、なの。食べて、欲しい」

「ああ、なるほど。それじゃ、ハムスターのようにちまちま味わうぜ」

「ふ、普通に、食べて」

「春希はワガママだなあ」

「え……? わがまま、なの?」

「じょ、冗談だって。普通に食べるからさ」

 一枚取り出して、食べてみる。

 ……。なるほど。バターが多めなのかな。市販のものより濃厚に香っている。舌から感じる甘さは、やはりクッキーなんだなと思わせてくれた。

 だが、チョコチップクッキーだし、もう少し甘みが控えめでもよかったかもしれない。チョコの甘さと競り合ってるから、余計にそう感じるのかもしれないが。

「ど、どう?」

「美味い!」

「具体的に」

「ちと生地を甘くしすぎたかな。後、バター少し多めに入れたろ」

「な、なぜそれを……」

「春希って、お菓子作りとか張り切るタイプだったんだな」

「……そ、そこ、まで?」

「分量を手前の加減にするってのは、相手のことを思ってだし。じゃなきゃ普通はレシピ通りに作るからね。でも、美味しいよ、春希。初めて作ったの?」

「……二度目。一度目は、ママと。幼稚園の頃に」

「なるほど。ちゃんと美味しいから安心してくれ。あ、そうだ。はい、あーん」

「え!?」

「経験しとけ」

「……あ、あーん」

 もごもごとそれを食べる春希。その白い肌は赤くなっていた。

「美味しい?」

「……甘すぎる、かも」

 そう言う春希が可愛くて、頭を撫でてしまう。これ、嫌な人も結構いるみたいだが……。

 春希は、どこか嬉しそうにそれを受け入れてた。

「そうだ、春希。今度の休みどっかいかね?」

「……行きたい。服、とか。資料、集めたい」

「オーケーオーケー。そんじゃ行こうぜ!」

「うん……!」

「あ、デートなので気合入れてね。俺も気合入れるから」

「で、デート……! が、頑張る……!」

「よーし。デートの服、楽しみにしてるからな」

「こ、こっちも。男子高校生の、私服。いい資料」

 ……うわあ、そう思うと緊張してきた。

 俺の格好がごく一般的なサンプルとして抽出されるんだろ……? 罰ゲームか?

 けど、春希はとても楽しそうに、パソコンに向き合っていた。

 ……俺がその笑顔にお役立ちだったのなら嬉しいけど。それは自惚れが過ぎるかな。

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