七章 クラスメイト
七章 クラスメイト
「くっ、このおっそいチェンジアップ、物理法則無視してる……!」
「ふははは、対しおりん用に組み上げた超スローボールピッチャーだぞー! 球速80キロ、スローカーブ、サークルチェンジ、超スローボール、チェンジアップ! この緩いボール打てるかな?」
「ぬぐぐ……!」
投げ放たれるボールは物凄い放物線を描き、ミットに収まる。
最近の野球ゲームはストレートの上限速度が百七十五キロというとんでもない速度まで出るようになっている。
対戦を選択すると大よそ超高速ストレートピッチャーがあり得ない緩急を使ってこちらをねじ伏せに掛かるのだが、そこを逆手に。
ゆっくりし過ぎたボールは打ちにくい。挙句に怪物球威の特殊能力でボールが重くなる。
完全に捉えてぶっ飛ばせる選手じゃないと、まず攻略はできない。
「篝君!」
「はい、真夜。今日は混ぜお握り。ワカメ、鮭、のりたま、鶏そぼろ」
「うひょう! 美味そう! いただきまーす!」
「なんかかがりんの餌付けが恒例になってきたねぇ」
「……朝から凄く食べる。更科さん、お腹痛くならないの?」
「この間期限切れた牛乳飲んだら凄いことになった」
「あ、うん……聞きたくなかった」
じゃあ何で聞いたんだしおりん。
ともあれ、野球ゲームは終始俺の優勢で進む。
「ツーアウト満塁、九回裏、三点差。さよならのチャンス」
「やってみな。この超鈍足投手を打ち崩せるか!」
一球目はスローカーブ。
大きな変化はボールゾーンからしかストライクにならない。大きな変化はその分見切られやすい。かといって、小さな変化ではただの棒玉だ。
ストライクを取れた。次はサークルチェンジ。
シンカー気味に沈むチェンジアップは、ストライクゾーンギリギリに決まった。
「ふははは、破れたり、しおりん!」
「まだわからない」
いや、もう詰みだろこれ。
最後はチェンジアップ。タイミングを外す球だが、球速を遅くするととんでもないボールに変化する。
ボールが来ない、つい早いタイミングで振ってしまう。
決めに掛かったそれは――
「げっ!?」
失投でど真ん中に――
それを、溜めて、溜めて――
「ここ!」
「あ!?」
パワーSの能力者が豪快にど真ん中のチェンジアップをスタンドまで運んだ。
逆転満塁サヨナラホームランを喰らい、俺はがっくりと膝から崩れ落ちた。
「馬鹿な……! 何が悪かったんだ!」
「めんどくさがって逃げ球とか能力付けなかったかがりんが悪い」
「うぐっ……」
確かに変化量と緩急取得と怪物球威に気を取られていたことは認めるが……。
「チクショウ、はいこれ焼きそばパン。次は勝つ」
「これで七戦四勝三敗。ぼく、次も負けない。後、次は菓子パンがいい。蒸しパン」
「へーへー、次は蒸しパン買ってくるよ」
「チーズ蒸しパンがいい」
「わかった、用意しとく。俺はメロンパンがいい」
「オーケー。負けない」
「野球ゲームって面白いの? 柵超えたら一点くらいしか分かんない」
「ナッキーの把握の仕方が雑過ぎるでしょ。FPS以外に興味ないの?」
「いやぁ……!」
褒めてないけど照れてるのはなんでだ。
「んお?」
教室に誰か入ってきた。って春希だ。注目されながら、恥ずかしそうにこっちへ来る。
「篝、君。現代文の教科書、貸して、ください」
「いいともー!」
即座に春希へ渡す。
「変な落書き期待してるね!」
「し、しない……」
「残念」
「あり、がとう。終わったら、返しに行く」
「おう。またな、春希」
小さく手を振りながら、彼女は去っていった。相変わらずいい匂いするなぁ、春希は。
「今の子、誰?」
「俺の友達。暮野春希」
「ああ、図書室のプリンセス……」
「あれ、春希ってそんな風に呼ばれてたの?」
「その容貌が高貴すぎて誰も話しかけられない。テストでは毎回一位の優等生で、あまり喋らず、なんか次元が違うなー、と言う感じの人」
「一緒だよ、俺らと。同じ空気吸ってるし、同じ目線でモノを見てる。今度会ったら喋ってみなよ」
「野球ゲーム好きかなぁ」
「ど、どうだろう……」
FPSよりは可能性がありそうだが。
「そういや、しおりんは実際の野球はしないの?」
「小学校まではリトルでやってた」
「へえ」
「でも、ぼく運動あまりできなかったから……。ずっとベンチにも入れなかった。楽しかったけど」
「そっか」
「野球ゲームの主人公になりたかったんだぁ。努力すればするだけ、結果が得られるような天才になりたかった」
「それは分かる気がする」
「……かがりんは主人公だよ。あれだけ運動出来て、ボールも速いし、ソフトボール高校生の世界大会代表になったことある更科さんと競えるような人だもん」
「げっ、真夜ってそんなすごかったのか!?」
当の本人は既にお握りを喰い終わって寝ているが……さすがだ。
「男子野球部の練習も手伝ってるんだよね?」
「まぁ空き時間にな。いや、あいつらも粒ぞろいだからスゲーぞ、三年目は。マジで甲子園いくかもしれん」
「楽しそう」
「まぁ、暇があったらだけど、キャッチボールでもする?」
「ぼくとじゃ、楽しくないよ……」
「可愛い女の子とのキャッチボールが楽しくない!? んなこたぁないですよ! 翻るスカート、見えそうで見えない太ももから上へのライン! 弾む胸! 何が楽しくないんですか教えてくださいしおりん!」
「……キャッチボールは、体操着でやる」
「ああ、しまったぁ!? 正直になり過ぎたぁ!?」
「ばーか。よしかがりん、FPSで勝負!」
「お、ナッキー。昨日出た新武器でやるつもりかい?」
「まけないよ!」
「じゃあハンデで俺はナイフオンリーにしてあげようか?」
「きぃぃぃぃ! 十戦全勝だからって調子こきやがってー! 絶対ボコボコにしてやる!」
ナッキーはFPSになるといつものフランクな性格からバイオレンスな性格に変わる。まぁそこも可愛いので大丈夫だが。
結果、ナイフとサブマシンガンでの対決はもつれにもつれ、しかし冷静さを欠いたナッキーを背後からキルして、俺は十一勝を飾った。
しおりんとキャッチボールをする。
春希は今日はスーパーの特売らしい。俺と春希が一緒に過ごすのは週に三回から四回くらい。頻繁に編集と連絡がとれているらしい。春希ほどの人気作家になると、レーベルも一つに収まらない。幅広い会社で色んな作風の話を出している。別名義でも書いているらしいが、教えてはくれなかった。
女の子投げは卒業しているが、緩いボールが俺のグラブに収まる。
今日は男子の練習枠。全員がアップを始めている中、ブルペンを使わせてもらっている。
「投げれるじゃん、しおりん」
「うん、普通くらいには」
なんでサイドスローなのかはわからないが、ちゃんとキャッチャーとピッチャーとの距離を投げれている。運動は普通くらいにはできるんだろう。
極力、ゆっくり投げ返す。
「……」
しおりんはあれだけ警戒していたのに制服で投げている。見えそうで見えない絶妙なライン。良きかな。
「ぼく、変化球投げたい」
「また唐突だな……」
「何か曲がるのあるかな」
「これは?」
ゆっくり、カーブを投げ放つ。抜く感覚さえ覚えてしまえば誰だって投げれる筆頭。
ちゃんと捕ってるじゃん。いうほど運動神経は悪くないように思えるが。
「どう投げるの?」
「これはな」
握り方と抜き方の感覚を教える。スポッと指から抜く際、指でひっかくように投げる。
基本を掴むまで手首を曲げたりとか変なことをせず、普通に投げるように伝えた。曲げようとすると腕を痛める原因になる。
「ふっ!」
「うーん、もう少し馴染めば曲がるかな。どうしたって緩いボールになるけど、曲がればいいんだから。できるようになったら失敗しないことの方が大事なボールだし。ほら、カーブのすっぽ抜けって多いだろ? ああなっちゃうから、指先に神経集中させんの」
「なるほど……」
さすがにいきなり投げる、とはいかないが。
それらしい変化がみられるまで、十分。カーブと認識できるまでに十五分かかった。
コツを覚えてしまいさえすれば、そう難しい変化球ではない。誰もが知ってるメジャーな変化球で、これを覚えさせる監督もいるだろう。俺は先輩に教えてもらった口だ。カットボールやらフォークやらは自前だが、カーブだけは教えてもらった。
「ぼく、カーブ投げれるようになった! 嬉しい……!」
「まぁ後は色々研究するんだな。試行錯誤して、オーソドックスに行くか、遅くするか、早くするか。選択肢は結構あるんだぜ」
「うん。今度は完璧なカーブ、投げて見せる。ありがとう、かがりん」
近寄って、グラブをしたまま手を突き出してくる彼女に、同じくグラブをぶつける。
「よし、俺は男子の野球部手伝っていくけど、どうする?」
「見てる。かがりん見てると、無双キャラみたいで面白い」
「そ、そうなのか……? まぁいいけど」
そして、打撃練習と投球練習に付き合い、日が落ちる前に俺としおりんは帰路に就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます