四章 幼馴染
四章 幼馴染
朝。
今日も快晴。窓から差し込んでくる輝きが、理事長室を照らしている。
メティ、俺、黒服。
いつもの面子。
「ねえ、メティ」
「何でしょう」
「ことあるごとに黒服で俺を捕まえに来るのやめない?」
「そう言って。本気で逃げれば逃げれるでしょう?」
「だってメティ、本気出したら黒服が増員するだろ?」
「ええ、大体六人ですが、十八人に増やしますね」
「三倍!?」
俺の自由返して。
さておき。
「今日はどんな理由で招集されたの俺。あ、わかった。再会のキスの続きだな?」
「最近黒服に新しく加入した権蔵という男が、男の方が好きだと――」
「あれ、俺何か言ったかなー。おかしいなー」
「ふふっ、相変わらずひょうきんものですね、中身は。……最近、王子をサボっているでしょう?」
「いやいや、サボってないよ。友達と接している時は素の俺でいるだけだって。メティもそれは承諾してくれたろ?」
「まぁ許可はしましたが……迂闊でした。貴方コミュ力お化けでしたもんね」
「んなことないって。それで?」
「はい。暮野春希さんとは、どういう仲になりました?」
「友達」
「ヘタレですね」
「え!? なんで急にののしられんの!? 酷くない!?」
「すでに手を出すような関係かと思いました」
「何を馬鹿なことを。俺は未来の童貞を背負って立つエクストラチキンチェリーなんだぞ、そんな度胸があるとお思いか?」
「よくわかりませんが、物凄くカッコ悪いですね……」
きっと童貞でも日本代表になれるはずだ。基準はよくわかんないけど。
「ともあれだよ。そんなことで呼んだの?」
「そんなこととは何ですか、そんなこととは! 王子、大事です!」
「そんなに大事かなあ」
「とても大事です。男子編入に当たって、イメージ戦略と言うものがいるのです。男子を入れてよかったーと、頭の固く古臭い化石のようなくそ教師や有識者(笑)共に認識してもらわないといけないのですよ」
「あ、黒い本音が出た」
「まぁ、私の趣味でもあるのですがぁ」
「うわぁ、大人げない」
「やはり貴方専用の馬と馬小屋買いましょうか……」
「やめて! 缶ジュース感覚で馬とか買わないで!」
「無論白馬です」
「だから何!?」
「ふふっ、まぁ良いではないですか。頑張ってください、王子」
「い、いや……でもさ……」
「抜き打ちチェックもするのでくれぐれも王子でお願いします」
「……」
「ね? 篝さん。可愛い幼馴染からのお願いです」
「近所のお姉さん(ロリ)なのに何言ってんだか。……分かったよ、できるだけ頑張る」
「よろしい」
昼休み。
購買のパンで食事を済ませ、教室に戻る最中だった。
「先輩先輩! ちょっといいっすか!?」
ん、男子?
おお、男子じゃん! 髪の長い優男が声を掛けてくる。おっと、王子モードだったな。
「どうしたんだい?」
「いや、野球部に加わってくれないですか? オレら、女子ソフトから場所を奪いに来たんだよ。控えの選手ほしいんっす! 頼むッス!」
「ごめんね。部活はやる気にならないや」
「そっすかぁ。残念っス……」
「頑張ってね」
「おっす! んじゃ、これで!」
やれやれ。大丈夫なのかな。奪うとか、メッチャ物騒だったが……そういえば、女子ソフトには真夜がいたな。
……悶着が起こらなきゃいいけど。
放課後、春希と一緒に本を読む。
今日は彼女は執筆活動ではなく、読書を行っていた。タイトルは『枯れ木と真剣』というよくわからん本を読んでいた。俺は春希の本を読み返している。
「さすが春希だよなあ……。ここの表現好きだ」
「あ、あり、がとう」
直接感想を言えるのってすごくありがたい。ファンレターを執筆するのも楽しいんだけど、直接伝えて反応が得られるとこちらまで嬉しくなる。
「! いた!」
? 真夜だ。
と思った瞬間にこちらの腕を取っていた。春希も腕を掴まれる。
「え、どうしたの真夜」
「!? え、何?」
「来て!」
連れていかれたのは、グラウンドだった。
体操服に着替えた男子連中と練習用ユニホームの女子たちが、野球で戦っていた。
理事長の姿もある。
「おっすメティ。どしたのこれ。俺、有無を言わさず連れてこられたんだけど」
「ああ、来てくれましたか。いえ、新生男子野球部が女子ソフトボールに賭け試合を望んだんです。男子が負けたら、一ヶ月女子ソフトのパシり。男子が勝ったら、グラウンドの所有権を得る――のですが、女子が負け越してまして」
四対一だ。男子連中のピッチャーは……
「せっ!」
あの優男だ。ストレート一本のようだが、早い。百三十半ばは出ているだろう。一年であれは速球派だ。あ、チェンジアップを混ぜている。緩急だけ、なのだが、それだけでもかなり厄介だ。
女子も出塁はすれど、得点に繋がらない。
残りは三回。
「春希は何で呼ばれたの、真夜」
「え、あ、ごめん。いたからつい」
「……いい、けど」
物珍しそうに試合を眺める春希だったが、俺がメインに呼び出しを喰らっている以上、傍観決め込むわけにもいくまい。
「これ、俺に女子側に回れってこと?」
「ええ。元シニア、エースで四番の実力を思い知らせてやってください」
「……まぁ、いいけどさ」
七階の裏、男子の攻撃に移る。真夜も捕手をやるためか、防具を身に纏いキャッチャースボックスに入っていった。
肩で息をしていた女の子が、俺の手を握る。
「よろしく、王子様!」
「休んでいるといいよ、プリンセス」
マウンドに上がる。バッターは三番、あの優男だ。
「へいへい先輩、部活動って柄じゃないでしょあんた。運動できないだろ?」
「あはは、お手柔らかに」
相手は真夜だが、全力を出していいのか?
と思ったら、タイムもらっていきなり俺のところにやってきた。
「変化球何かある?」
「まっすら、カーブ、フォーク、スクリュー、シュート」
「うわ、全方向。……いい、サインなんか決めてる暇ないから、コースだけ指示するから。構えたとこに来るように投げて。できればでいいから。基本はまっすぐ主体!」
「全力で、投げていい?」
「? あはは、篝君の全力なんて知れてるでしょ。じゃ、よろしく!」
……にゃろう。完全に俺を舐めてるな。どいつもこいつも。
いい度胸だ。絶望してもらおう。
「へいへーい、塩見シニアでエースで四番だったオレの実力みせてやんよ先輩!」
「へえ」
格の違いを思い知らせてやる。
全国優勝を幾度となく攫った、エースの投球を。
大きなフォームからオーバースロー。糸を引くような綺麗な回転のストレートが、内角低めに決まった。
キャッチングが上手い。完全にボールを止めている。さすが真夜、そうでなくちゃ。
打者は目で、追えてなかった。引きつった笑いを浮かべる優男。
「え、なにこれ。マックス何キロ?」
「百四十九キロかな。中三だけど」
「……マジかよ」
人外クラスなのは分かっている。だからこそ、俺も自分自身の価値は高いと思っているし、俺がいて優勝できないなんてことはないと思い込んでいた。
全員が動揺する中、微笑むメティがこちらを眺めていた。
彼女にウインクをして、向き直る。
「当ててごらん? 俺と同じ、エースで四番だったのなら」
「じょ、上等だ!」
二球目は内角真ん中。そして、三球目の指示は、アウトロー。
右打者に食い込むような、このボールを。
「っつあああああ!? え、何今の!? 消えた!?」
手元でボール四つ分変化する、スラッター。要はツーシームジャイロ。
三球三振に、男子チームから笑みが消える。
「ナイボッ! それとまだ全力出してないでしょー! 篝君、トップギアよろしく!」
「……真夜がそれを望むなら、喜んで」
「よし! こーい!」
残る打者二人を三球三振で圧倒し、俺は戻っていった。
「光本君すごい! 野球やってたの!?」
「ああ、まぁうん。中学までは。高校からは水泳やってたよ」
「そうなんだ! ボール速い! 打つ方もバッチリ!?」
「どうだろ。高校からは遊びでしか触ってないしね。人の投げる球打つの久々だよ。一緒に頑張ろう!」
「うんうん、それでこそ王子の振る舞いです」
「ねえメティ、やっぱこのモードしんどいんですけど」
「まぁまぁ。ほら、真夜さんが選んで出塁しましたよ。真夜さんは四番なので、五番……あら、デッドボール。いけませんね、女性にぶつけるなんて」
あの優男は恐らくペースを乱されている。五番にデッドボール、六番に内野安打を打たれるが、七番、八番をシャットアウト。
九番に、俺が入る。
「篝くーん! ホームラン!」
「この……! 光本篝だと!? シニアでレジェンド扱いされてるやつが何でこんな女子高なんかにいるんだよ!」
「よろしくね」
ストレート。明らかに精彩を欠いている。これならば。
「しっ!」
チェンジアップが浮いている。溜めて――解き放つ。
鋭いスイングは緩いボールを高々とはじき返して、ネットを超えていった。
「……う、うそーん」
満塁ホームランを喰らい、優男は混乱しているようだった。
結局それが契機となり、この回七打点をもぎ取ると、投げては三振、打たせてはホームランと言う俺のワンマンと化したチームが、男子を下した。
女子連中は喜びあっているが、俺は待ったをかけた。
「……これは、君らの力かい? 俺は確かに、真夜もいるしそっちの味方だけど、単純な実力はどっこいだと思うけど」
「えー、でも勝ちは勝ちじゃん!」
「いや。負けてたよ、あのままだと」
真夜も頷いた。
「……君らはちゃんと野球、やりたいんだよね?」
「や、やりたいっす! オレら、推薦蹴って、自分たちのチーム作りたくてここに来たんっす! おねがいします!」
「……だからさ。週三回ずつ、グラウンドを彼らに譲ってくれないかな。無論、男子は負けたんだから、その週三の練習以外は一ヶ月、女子の雑用を手伝うこと。……それで、納得してもらえないかな?」
「練習時間減るじゃん! 週三は部活で、それ以外は自主練だけど、自主練で使えなくなっちゃう!」
「……明日、再戦してもいいんだよ。でも、俺男子の熱意に胸打たれたから、男子側につかせてもらおうかなって思うけど。それに、自主練なんてやる気があればどこだってできるしね」
俺の実力を知っているからこその脅しだ。王子様には相応しくないが、これではあまりにも男子連中が報われない。
「……分かった。ま、単純に週三しか部活なかったし。男子も、本気だしね」
「ありがとう」
「せ、先輩ぃぃぃ! あざっす! マジであざっす! 野球部はいりませんか!?」
「試合だけでいいなら名前貸すよ。後俺転校生だから、三年まで公式試合に出れないけど」
「マジっすか!? あざーっす! 今度入部届け持っていきますんで! ……女子の皆さん、この度は練習場を分けて頂き、ありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
と全員が頭を下げるのを、物珍しそうに女子は見ていた。
和解し、会話が始まる男女を余所に、俺と真夜は戻っていった。
「いやー、篝君凄い球投げるね。見たことない早さだったよ」
「とか言いつつ完璧にとってるから真夜も相当ヤバいよ……自信なくしたもん」
「ソフトの練習、言えば付き合ってくれる?」
「真夜のお願いならしゃーないなー」
「やたっ!」
「篝君、すご、かった! 球、見えなかった!」
「いや、どうなんだろう。俺も最近測ってないし……。マックス何キロだったんだろうなあ」
「にしても、見事なお裁きでしたよ。男子野球部の熱意にも寛容さを見せるなんて」
「気持ちは分かるからなあ。それに、あいつら全国で見たことある奴らがちらほらいたんだ。シニアでね。俺とは対戦なかったけど、福岡のシニアで有名な連中も来てる。だから、きっと有名になるさ。そして、あのピッチャーは間違いなくエースの器だよ。だから、大丈夫。きっと王子なんかいなくっても、男子の成績で悪い話も消えるさ」
「……まぁ王子はそのままですが」
「ちくしょおおおお!」
結局、王子役はそのままだったが。
……このままいって。男女の壁が、とれるといいな。
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