五章 妹

  五章 妹


「いやー、篝君相手だと全力出せるや!」

「あのなぁ……。俺も消耗するんだぞ? 真夜、俺も人間だからな?」

「いーじゃん。変化球教えて!」

「はいはい……」

 今日は体育教師がおやすみで、運動は各自で行っている。ガチ目の筋トレしてる子もいれば、木陰で談笑に興じている女の子もいる。

 四月後半。輝く太陽の下で、俺はソフトボールのデカい球を手に、真夜とキャッチボールをしていた。

 真夜はソフト部。二番手で投手もやるらしく、ウィンドミルから投げ放たれるボールはかなり早く、伸びが凄い。

 俺も数回のフリーの時間でウィンドミルはものになった。後は、握りと抜く感覚は同じか。

 確か……ストレートの握りから、指を広げ、人差し指を縫い目に掛けてから――

「しっ!」

 ウィンドミルから、一度浮き上がって沈んでいくスローカーブ。

「わー! すっごい! どうやったの、ねえねえ!?」

「ほら、こういう握りで、リリースする時に強く切る感覚かな」

「ほうほう……」

「緩いほど打ちにくいから。真夜のまっすぐにカーブで緩急取れたら無敵だよ」

「よーし、わかった! 練習しよう! ほら、座って座って!」

「へいへい」

 今日も体育の時間は、平和に過ぎていった。



 放課後。今日は春希は編集さんと打ち合わせらしい。なので、普通に下校だ。

 ん、校門のところにランドセルを背負っている女の子。どう見ても小学生だが、何なんだろうか。

 髪の毛がアッシュカラー。最近は染める子も増えているが、ナチュラルだな。

「こんにちは。どうしたんだい?」

「!」

 彼女はランドセルについていた防犯ブザーに手を掛けたが、俺を見てその手を止めた。

「……」

 見つめられる。そして目がキラキラしていく。なんだこれ。どういう状況なのこれ。

「……早乙女君?」

「誰なんだ、早乙女って……」

「えっと……」

 ランドセルを開けて、一冊の本を取り出してくる。

――『再会した幼馴染は王子様だった』という漫画のタイトル。ヒロインもどこかで見たような小柄な体形で。

開いてみると、俺を二次元にしたかのような男がキラキラトーン全開で紳士に描かれていた。

「凄く似てます。誉め言葉です」

「あ、あはは。ありがとう。俺は光本篝。君は?」

「星名そよぎです」

「星名? もしかして、輝羅梨の妹さんかな?」

「姉をご存知のようで。いつも姉がお世話になっています」

「いえいえ、こちらこそ……。輝羅梨なら先に帰ったはずだけど」

「そうなのですか……」

「携帯電話、持ってる?」

「家に置いてきてしまいました」

「番号は分かるかな?」

「はい」

「じゃあ、どうぞ。貸すよ」

「あ、ありがとうございます。光本さんは紳士なのですね」

「可愛い女の子に優しくしない男はいないよ、プリンセス」

「……素敵……!」

 王子モードの俺は満足なようだ。エンターテイナーとしては特に問題がない。

「あ、もしもし。お姉ちゃん? そよぎです。ええ、光本さんと言う王子様が携帯電話を貸してくれて……え? 三枚目? いえ、驚くほど紳士で、カッコいいです。……演技? なるほど、普段はとぼけた三枚目というわけですね。にしても、いまどこです? 一緒に帰る約束では? ……え? 新作ゲームで頭がいっぱいで先に帰った? 冷凍庫のアイス、当然わたしに譲ってくれますよね? ……ええ、それで手を打ちましょう。では」

 通話を切って、俺にスマホを返してくれる。

「ありがとうございます、光本さん」

「いいよ。ナッキーのやつ、こんな可愛い妹さんよりも新作ゲームとは」

「姉は三度の飯よりFPSが大好きですから。恐らくゴールデンウィークは何処へも行かず引きこもるでしょうし」

「うわぁ……」

 人のことは言えないが、俺はランニングしたり筋トレしたりしてるし。

「では、これで失礼します」

「待った。送っていくよ」

「ですが……」

「送らせてくれないか? 君みたいな可憐な女の子を一人で帰すと、心配で胃に穴が開きそうだ。俺の満足のために、お願いできないかな」

「……じゃあ、お願いします。携帯のお礼もありますし、家でお茶くらいご馳走させてください」

 しっかりしてるな、最近の小学生は。

「三枚目なのは輝羅梨から聞いてるかな……」

「王子様をやらせれてるのは聞きました。わたしの前ではずっと王子様でいてください」

「いいよ、プリンセス」

「後、家に帰ったら写真良いですか?」

「そりゃ構わないけど、何に使うの?」

「待ち受けにしたいです」

「……貴女の望むままに、お姫様」

「……。結婚してください」

「彼女のステップ飛ばしてるな……」

「間違えた。抱いてください」

「ごめん、君に手を出したら間違いなく警察のお世話になるから」

「大丈夫です。悪事とは発覚しなければなかったことになります」

「典型的な犯罪者の思考だね……」

「ダメでしょうか」

「もっと自分を大事にしなさい。いつか素敵な王子様が」

「今、ここに」

「早ッ。未来掴んじゃったのかキミ」

「女の子は魔法が使えるんです。恋という魔法」

「……」

「…………」

「…………」

「な、何か、突っ込んでください。恥ずかしいです」

「照れる君も愛らしいよ」

「……意地悪ですね」

 微苦笑されてしまったが、その顔は幼いくせにどこか大人びていて。

 ああ、やっぱり。こんな小さな子でも女の子は魔性なんだな、とどこか感じる道のりだった。



「ただいま戻りました。さ、上がってください」

「いや、本当に俺はこれでいいから。送らせてくれてありがとう」

「そうはいきません。番号も交換してないです。写真もまだじゃないですか」

 本気だったのか。

 渋々上がる。クラスメイトの女子の家に上がり込むってハードル高くない? え、俺だけ? 俺がチキンでヘタレなだけ?

「ねー! 誰かー、タオル持ってきてー」

「ここにいてください。いいものが拝めますよ」

「いいもの?」

「ちょっと、いるんじゃん! そよぎ、なんで持ってきてく……れ、ない……の……?」

 やってきたナッキーはほぼ裸だった。下着は身に着けている。うっすら上気した白い肌がやけに艶めかしい。やっぱナッキースタイルいいな。

 ぽかん、としていたが、見る間に真っ赤になっている彼女。

「お、おお、おまわりさーん!?」

「酷いぜナッキー!? 友達を売るなよぅ!?」

「いや、えええ!? 何でいるのかがりん!?」

「いやな。マドモワゼルをエスコートしたんだが、お茶でも飲んでいってくれと言う小学生にしては小粋な返しに感服した俺は、つい頷いちゃって」

 と言い訳しているうちに、身を隠し、顔だけ出している形。

「そよぎも何で言わないの!」

「いえ、エスコートのお礼はエロいものの方が嬉しいと思いまして。わたしでは捕まると仰ったので、王子様に素敵映像をプレゼントをば、と」

「ありがとう、プリンセスそよぎ。百万回脳内に保存した」

「そよぎ、あんたゲンコツだからね」

「妹虐待です。あんまりです。というか、約束をすっぽかしてシャワー浴びてるお姉ちゃんが悪いです」

「うぐっ!? ま、まぁ、それはそれ、これはこれ」

「大人はみんなずるいです」

「そ、それと、かがりんも! 忘れること!」

「無理。今晩使います」

「王子モード!」

「君のことを考えて、夜も眠れないよ……」

「そうじゃない! 忘れてってば!」

「どれも、君との大切な思い出だよ」

「肌色強いやつはいらないから! 消し去って、ホラ早く!」

「新作買ってたって、あれだよね。C〇Dのやつ。今夜プレイヤースキル上げるためのボット狩りに付き合ってあげるから」

「よし、それで手を打とう」

「相変わらずFPSに関しては脳がおかしいですね、お姉ちゃん」

「そよぎはアイスは撤回でいいよね」

「……それはそれ、これはこれ」

「大人になったじゃん」

 戻ってきた。

 いつの間にか、だぼだぼの白いTシャツを纏って帰ってきた。荒々しい筆跡でトリガーハッピーと書かれたシャツだ。どこに売ってるんだか。

「お姉ちゃん、王子様がいるのにそのくそダサいTシャツどうにかならないんですか?」

「そよぎ、何を見たのか知らないけど、この人は運動と勉強に特化した三枚目天才馬鹿なんだから、真に受けない方がいいよ」

「ナッキー、俺のこと嫌いなのか……?」

「いや、友達としては……好き、だけどさ。こ、こっちみんな!」

「あ、紅茶淹れますね」

「あ、ああ。お構いなく。というか、俺はそろそろ……」

「ダメです。連絡先の交換と待ち受け画像がまだじゃないですか」

「うぐっ……」

「……。かがりん、この子無駄に理想と警戒心高いのに、どうやって口説き落としたの?」

「何か、王子モードで接してたら懐いてきた。最初、防犯ブザーに手が伸びててビビったけど」

「きっと彼は早乙女君の生まれ変わりです……! 本物の王子様です……!」

「あー、好きだよねえ、あの少女漫画。日刊マンガだっけ?」

「はい。凄いスピードで更新されてるんですが……まるで何人かが同時に書いているような速度と飽きない展開、挙句にヒーローが理想の王子様過ぎて……。光本さんは本当に王子様です……!」

 キラキラとした眼差しを受けるが、痛い。

 自分が王子なんかじゃないと自覚しているだけに、その純粋なまなざしが痛い……。

 ここは素直になってしまおう。

「俺は、王子なんかじゃないよ。どこにでもいる、ただの男子高校生さ」

「うん、お調子者でスケベでおバカなんだよ、そよぎ。いい加減幻想を捨てなさい」

「……」

 しゅんとした顔……は、無理! 耐えきれない! こんな表情子供がしていいわけじゃない! 

そうだよ、人生の先達として! みっともない姿は見せられない!

「けれど、俺を王子としてみようとしてくれる君の前でなら――俺は、永遠に王子であり続けよう。そんな顔をしないで、俺のシンデレラ。まだ魔法は解けてないから――」

「うっわ、くっせー! そんなセリフよく決め顔で言えるよね。ほら、そよぎ。あんたもわかったでしょ?」

「お、王子様……!」

「だ、ダメだぁ!? そうだった、向けられてる側は半端ないんだったこれ!」

 くさいのは百も承知だ。俺なんか寒すぎてゾクゾクするというのに。

「かがりん、マジで帰ってきて! 面白おかしいかがりんが本物だよ!」

「いいえ、お姉ちゃん。ここは王子様で! 比類なき王子様で!」

「いや、いいけど。写真とお茶は?」

 この後、きっちりお茶をご馳走になり。

 俺の撮影会にはなぜかナッキーも参加して、撮られまくった。

 でも、斜め四十五度に首をひねりながら微笑みつつ壁ドンの写真を撮ってる最中、何やってんだろう俺と死にたくなったのはここだけの話。



「ほうほう、小学生に手を出したと」

「メティ俺の話聞いてた⁉」

「はい。これでしょう?」

 あ、例の漫画だ。

「これ、俺に似てるって言われたんだよ」

「鋭いですね。これ、私の漫画なんです」

「は!?」

「私の原案を黒服が清書してる、が正しいでしょうか。私の理想の王子様は篝さんですもの。似せるのは当然です」

「肖像権は!?」

 とあるギャルゲーの関係上、初めてではないが珍しいツッコミを入れる。

「いいじゃないですか、減るもんじゃないし」

「俺の精神が摩耗してるんですが……。王子モードのせいで学外、小学生にまで笑みをふりまかなきゃいけなくなった俺の身にもなってくれよメティ」

「頑張ってくださいな」

「うおおおお! そんなのいやだぁぁぁぁっ!」

「でも、年下でも女の子に好かれるのは?」

「めっちゃ嬉しいっす! 最高です!」

「ほら、役得だと思ってる」

「いや、それはそれ!」

「そんな都合のいい逃げ口上している男には、タヌキ女を紹介しましょう」

「メティじゃないの、それ。……いひゃいいひゃいくちひっぱらないで」

「生徒会会長、青葉幸光」

「……ほへえ。カッコいい名前だなあ」

「あら、驚かないんですね。男性的な名前」

「春希でなれてる」

「そういえばそうでしたね。……会うのを楽しみにしててくださいな。貴方とは、真逆の人間ですよ」

「真逆?」

 どんな人間なんだろう。

 うわさでしか聞いていない、小柄な美少女、生徒会会長。俺はお目に掛かったこともないし、話半分で期待しておこう。

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