三章 ガンマニア 後編

「意外だ、ナッキーが図書室に用があるなんて」

 ナッキーが図書室に用があるというので、放課後、一緒に図書室へ向かっていた。

「そりゃこっちのセリフだよ。かがりんは何のために図書室行くのさ」

 頬を膨らませて、若干不満そうにナッキーはいう。

「うん、決めつけて悪かった。俺は女の子に会いに。ナッキーは?」

「古文の訳の宿題、まるっと訳してある奴があるかなーって」

「……ナッキー、古文苦手なの?」

「あ、あはは。苦手はないんだけど、調べるのが面倒で……。いーじゃん!」

「そりゃ構わないけど……俺の写す?」

「え!? いいの!? マジで!?」

「いいよ別に」

「やったぜ、サンキューかがりん! どれどれ」

 差し出したノートを奪い、彼女はそれを眺めているようだった。

「……へえ、こういう意味だったんだ。ていうかいつの間に」

「昼休みとかの空き時間にやってるよ。みんなやらないの?」

「いやー、お昼は食べたら眠くなるというか……。ほら、真夜も寝てるし!」

「あいつは昼飯と体育と放課後以外は全部寝てるでしょ」

「まぁ、そうなんだけど。意外と真面目だよねー、かがりん」

「ほら、勉強できないとモテないっしょ。運動ができるばかりでもダメ、勉強ができるばかりでもダメ。それらを踏まえてモテる特訓をしているのさ」

「ははぁ……その努力に敬礼!」

「どもども」

 そして、図書室につき、ドアを開ける。

 どこか涼しい空気が流れている。いつもの場所に視線を向けると、やはり春希がそこに座ってパソコンに向かっていた。

「やっほー、春希。ゲンキー?」

「げ、元気。病気、なら、学校、こない」

「そりゃそうだ」

 病気になってまで学校に来るもの好きはあまりいない。

 と、後ろにいたナッキーがひょこっと顔を出した。

「おりょ、暮野さん! 久しぶりー!」

「ほ、星名、さん……! ひさし、ぶり」

「二人は知り合いなの?」

「うん、去年同じクラスだった! いつも変わらぬ美少女よのう……! ほら、肌とかすべすべでもっちもち! いい匂い!」

「ちょ……は、恥ずかしい……!」

「俺も混ぜて!」

「自重しなさい、かがりん」

「しょんなぁ!?」

 でも、美少女同士が絡み合うさまはとても目に良いです。いいなあ、永遠に眺めていられる。

「で、ナッキーはどうすんの?」

「ここで写すよ。しばらく待ってもらえれば」

「んじゃ俺はスマホゲーでもやってようかな」

 スマホゲーをやりながら外を見る。ソフトボール部が頑張ってるな。

 遠く、吹奏楽部の音色も聞こえる。どこかそれから隔離されたような、静かな空間に、ペンを走らせる音と打鍵音が響く。

「宿題めんどくさー。範囲の復習ならテストでどれだけ理解度を深めたか確かめてから、欠落してる部分を補習で埋めた方が効率的だと思うんだよねー」

「それはあるかもね。でも、先生としては逐一把握しておきたいものだと思うよ」

「そーかなー。めんどくない?」

「めんどいだろうねえ。本当に頭が下がる。あ、そのまま写すのやめてくれ。微妙に言葉を変えてくれると助かる」

「ほいほい」

「星名さん、宿題、自分でやらなきゃ、だめ」

「いやいや暮野さん。人生、どれだけ楽できるかだよ」

「……そう、かも?」

「春希、多種多様な人間を生み出すには、様々な考えに理解を及ぼさないと無理なんじゃないか?」

「なるほど。そう、してみる」

「え、いや。冗談ですけど……なるべくまじめにやるよ、暮野さん。なんかごめん」

「いい。楽に、生きて」

「うわぁぁぁぁ! なんだか、何だか罪悪感が凄いよかがりん! マジでどうしよう!」

「ちゃんと宿題をやればいいんじゃね?」

「この優等生共が……! テスト勉強に必死こいてるこっちの身にもなれ!」

「テストってのは普段どれだけ勉強しているか測る行いだから、一夜漬けとかで水増しなんかしても意味ないと思うけど」

「うん」

「ふぐうっ!? あ、あるんだよう、成績表とか……補習回避とか……恩恵が……」

「普通に、授業、受けてたら……赤点、とらないよ?」

「興味ない教科だと寝るじゃん!」

「「寝ないけど」」

「ああもう! なんなんだよこいつら! 仲良しかよ、結婚しろ!」

「結婚するかい、春希」

 王子モードで誘ったら首を横にぶんぶんと振られた。そんな強く振らなくてもよくない? ねえ?

 少し傷ついたので、スマホゲーに戻る。

「よーし終わったぁ! そういや銃の本あるかなー。暮野さん知ってる?」

「あっちの二番目の棚」

「え!?」

 行ってみるナッキー。手にして戻ってきたのは、武器図鑑・銃という直球なネーミングの本。

「ど、どうして知ってるの暮野さん。ま、まさか! 銃好き!?」

「資料として、読んだこと、ある」

「資料? まぁいいや。多分、暮野さんもFPS好きでしょう!」

「!? ひ、人を、撃ち殺したり、刺し殺したり、する、ゲーム……! こ、怖い……!」

「怖くないってー。ほらほら、最近スマホゲーでも出てるんだよ。こんな感じで……」

 画面を見せていく。俺でも知ってる超有名ゲーのスマホで、もちろん流血表現やナイフでの殺傷、銃でのキルなども入り、春希の顔は青くなっていた。

「ナッキー、その辺で。ガチで春希が怯えてるから」

「え? ダメなの? こんなめちゃマイルドな表現なのに?」

「FPS……怖い……!」

 悲しきかなFPS、よもや美少女に忌避されようとは。

「ナッキーよ、対戦しようじゃないか」

「お、やる? てかやってたんだ」

「あたぼーよ、俺はゲームなら何でもやるぜ」

「よっしゃこい、私のAKでフルボッコにしてやるぜ!」

「その前にロングレンジから俺のバリスタがドタマ射抜いてやるわ」

「ふ、二人とも……危ない、ゲーム。よくない」

「何言ってんのさ、暮野さん。これは男と男の戦いだよ!」

「え!? ナッキー女だよね!?」

「戦場に男も女もあるか! ハチの巣だァ!」

「どうしたのナッキー!? 人が違うよ!?」

 ともあれ、複数マッチングで味方になる時もあるのだが、今回は綺麗に味方と敵に別れた。

 俺達の思考はところどころ似通っているらしく、良く遭遇する。

 クイックスコープという技がある。普通、クロスヘアといって画面に表示されている枠の中にしか銃弾がいかないのだが、スコープを覗き込むと真ん中に弾が行くようになる。

 それを利用して、即座に覗き込み、トリガー。ナッキーは為す術もなく撃ち抜かれた。

「きいぃ! 反則! バリスタアイアンサイトなんて変態すぎ!」

「ふはははは! やり返してみな!」

「そうはいかないもん」

 裏どりでもする気か。背後からの強襲はサプレッサーとか足音を消す能力を付けてないと難しいが、反面決まった時の効果は絶大で、試合がぐっちゃぐちゃになる原因でもある。

 リスポーン、という復活の位置が曖昧になるので、混戦になりがちなのだ。

「よし!」

「はいそこー」

 ライフルが火を噴き、再びヘッドショットをナッキーに決める。

「どうしてぇ!?」

「裏どりルートは三本。味方が倒された形跡がなかったし、そこしかないでしょ」

「ふぐぐ……! 中々やるじゃん。けど、私の本領はトライ&エラー! 何度でも挑戦してやる!」

「味方の貴重なチケットを無駄にしないようにね」

「むっきいいいいいい!」

 熱くなってちょうだい。

 だが、操作で圧倒していても味方との連携が密になってきた。さすがにライフルで二人同時に捌くのはきつい。俺もキルされ、リスポーン。

 試合はこちらが優勢のまま、残り一ポイント。

「まだだ! まだ――」

 静かに、俺の銃弾がナッキーの前を走っていた味方を貫いた。

 終わり。七十五キル先取の、俺は二十七キル三デスで終了した。ナッキーは俺に固執し過ぎたせいか、十キル十二デスという結果に。

「つ、つっよ! かがりん超強いじゃん! コンシューマーでもやってる!?」

「やってるよ。俺はC〇D派かな」

「フレンド登録しよ! んでクラン入って! 歓迎歓迎!」

「いいよー、帰ったらバイトない時暇だし」

「バイト?」

「真夜のとこで早朝と夕方バイトすることになったんだ」

「へー! 今度遊びに行こうかな。ポテト盛ってね!」

「盛るぜぇ、超盛るぜぇ!」

「それ、と〇ドラ……」

 春希のささやかなツッコミはさておいて。

 銃の図鑑を見る。

「ナッキーは何が好き?」

「AKっしょ! いやM4A1も好きだけどさぁ。拳銃ならコルト・ローマンでしょ!」

「俺は創作物の影響でコルト・パイソン好き。後はブロウニングとかかな」

「拳銃かぁ。もっとおっきい武器に憧れないの?」

「SCARとかかな……DSR-1とかも好きだけど」

「おお、いいねいいね。そういやショットガンは話題に出てこないよね、こういう時」

「ありゃ一部を除いてエイム障碍者用だからな……。スラッグ弾じゃないと中距離無理だし、メイン二丁持ちならスナイパーライフルとショットガンの組み合わせで使う位かなー」

「おお、わかりみ! というかこういう話できるんじゃん! もっと銃の話しようよ銃の話!」

「ほどほどにね。俺はゲームでしかほとんど知識ないし」

「教えてしんぜよう。暮野さんも、レッツFPS!」

「嫌……!? 絶対、嫌……!?」

 春希は結局怖がっていたが。

 好きなものを話す女の子の顔って、なんだかいいよな、と思う放課後だった。

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