二章 腹ペコ系女子 後編

「お、ここか」

「うん……」

 ドアを開けると、ドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませー! って、篝君! やっほー!」

 エプロンドレス姿の更科さんがいた。長い髪を結い上げている。

「更科さん! ここでバイトしてるの?」

「いや、実家。手伝わされてるけどお金貰ってるからバイト扱いなのかなー。って、おお! 可愛い子連れてる! さすが王子様だぁ!」

「ちょっと息抜きに来たんだ。案内してくれるかい?」

「あ、その言葉遣い、いいよ。アタシ、王子様の良さとかよくわかんないしさ」

「あ、助かるー! いやーもうマジで日常生活不便だよ。通りすがりの全女子に微笑まなきゃならんし、サボってるのがバレると黒服出てくるもんよ」

 超怖い。

「あはは、大変だね、王子様も。で、篝君何にする? ここコーヒー系とジュースが美味しいよ! おすすめはブレンドとバナナジュース!」

「あ、じゃあこのチラシ」

「ほいほい、ドリンク二杯無料!」

「俺はブレンド」

「わ、ワタシ、バナナジュース」

「それからイチゴパフェ。他にお勧めある?」

「ポテト!」

「じゃあポテトも。あ、ポテトならドリンクコーラに変えてもらっていい?」

「ありがとうございます! ご注文繰り返しまーす、コーラ、バナナジュース、イチゴパフェ、ポテトでお間違いないでしょうか!」

「大丈夫だ、問題ない」

「あ、それ……! PVがとても有名なあれ……」

「? まぁ問題ないならオッケー! ちょっと待っててー!」

 こりゃ、お客さんには敬語を使え、という奥で男性のお叱りを受けているようだ。フランクな接客は日本では嫌われがちだからな。無難にしておきたいのもわかる。

 春希はタブレットを開いていた。作業をするらしい。

 俺も本を取り出す。

「どう? 分かりそう? 一般男子の内面」

「何となく。今度は、篝君がモデル」

「み・せ・て?」

「……嫌」

「そりゃ残念だ。発売を待つぜ先生」

「……ポテト、好きなの?」

「ん、まぁ。好きだけど」

「ポテト、ちょっと、しなっとしたのが、美味しい」

「えええ? サクサクホクホクが一番だぞ春希」

「しなっ、ねとっ、の方が好き」

「変わってるなあ、春希」

「そっちこそ、変」

 やたら庶民派だなあ。

「ハンバーガーチェーンどこいくの? ロ〇テ? マ〇ク? モ〇? バガ〇ン?」

「〇ック。いっつも、てりやき」

「ハンッ! チキンフィレオの足元にも及ばんわ」

「む、てりやき、美味しい!」

「残念、てりやきとチキンフィレオは圧倒的な差があるから追いつけない」

「そんなこと、ない。てりやきの方が、美味しい!」

「まぁ、それはチキンフィレオが絶対美味いのでおいといて」

「てりやきの方が美味しい……!」

「ジュースは何頼むの?」

「て、てりやきの方が美味しい!」

 え!? それそんなに重要なの!? どうでもよくない!?

「まぁ春希がそこまで言うなら、分かったよ。てりやきはフィレオに一歩及ばないが美味いのも確かだと」

「上。フィレオより、上!」

「ちょ、あんたどんだけてりやき好きなんだよ!」

「おまっとー! コーラにバナジューでーす! 後ポテト」

「おい聞いてくれよ更科さん。マ〇クで一番美味いのはチキンフィレオだよな!?」

「てりやき!」

「いやいや、ビッグ〇ックでしょ」

 第三勢力が突撃してきた。マジで? どっちかに加勢しろよ。

「でもてりやきもフィレオも食べてないから食べたい……じゅるり……」

「はい更科さん、目を閉じて」

「? うん」

「口開けて」

「うん? わかった。あー……」

 ポテトを五本くらい突っ込む。

「!」

「バイト頑張って。応援してる」

「……篝君、さすが王子様だよ! この腹ペコ女子にさりげなくそんなことするなんて、惚れちゃうよ!」

「安っ。君ポテト五本で釣られんのかよ!」

「もう今日からアタシと篝君は親友だよ! マイベストフレンドだよ! くう、篝君の気持ちは無駄にしないからね! ちゃんとバイトする!」

 いつもちゃんとしろ、ともっともらしい言葉が奥から飛んでくる。すげえ、聞こえてんのか。こっちは姿も見えないのに。

 他のお客さんに呼ばれて、更科さんはどこかに行ってしまった。

「さて、摘まもうぜ春希」

「……しなっとしてない。まぁ、美味しいけど」

「そうだろ。いっぱい食べて大きくなれ」

「……ワタシ、チビだから」

「小柄ではあるけど、チビと言うほどでもない気がするぞ」

「お父さん、百八十センチある。会ったら、まだ成長期こないのかって言われる」

「うわあ……その人、春希をちゃんと女の子だって思ってんの?」

「……ちょっと、自信ない」

 またぶっ飛んだ家庭だな。

「……周囲のキャラ、どうしよう。ヒロインに、魅力ないと、ラブコメが成立しない」

「そらまぁそうだけど。今までプロット練ってたの?」

「うん」

「お疲れ様。ヒロインは、そうだなあ。思いっきり反対にするのが王道じゃない?」

「……暗くて、口数、少なくて……大して、可愛くなくて……。……。ワタシ?」

「いや君可愛いから。かなり可愛いから。顔面偏差値七十超えてるから」

「そ、そんなに……?」

「自覚してくれ」

「……よくわからない」

 まぁ今はそれでいいか。

「でも、方向性は、それでいい、と思う。……うーん。どうしよう」

「……そういや、春希はなんで作家になったんだ?」

「趣味、で、ネットに投稿して、その一環、で、賞に送ったら……大賞、とっちゃった」

「小学何年?」

「五年生」

 モンスターかよ。語彙力が名前のない怪物レベルだぞ。

「春希って頭良かったんだなー。すげえ」

「国語以外は、普通。篝君、も、体育スゴイ。見てた。体力測定」

「ああ、見てたの?」

「長距離走、とても速かった」

「あー、うん。まぁね」

 男女の体力差云々はさておき、俺が異常なのは知っている。

 にしたって、男子と遭遇しねえなあ。

「……篝君は男の子が好きなの?」

「は!? 何だよ突然」

「何だか、そんな感じがする」

「変なキャラ付けしないで、春希。男が好きなら男子校行ってるじゃん? わざわざ元女子高にまでやってこないって」

「それも、そう」

「春希はどっちが好き?」

「……怖くないなら、どっちも」

「怖いって?」

「…………顔とか、口調とか……」

「俺は?」

「変な人」

「え!? 失礼じゃね!?」

「変だよ。はい、パフェー。普通じゃないかなー」

「更科さんまで!」

「真夜でいいよ真夜で! そういや、篝君と……そっちは?」

「暮野、春希」

「ねえねえ、暮野さん、篝君。近所だったりする? 早朝のカフェでバイトしない? うち早朝結構多くてさー」

「……ごめん、なさい。朝、弱い」

「俺は別にいいよ。朝何時?」

「五時。六時ぐらいから人めっちゃ来るの。コーヒーブレイクしてる人多いかな。朝はスピード重視のメニューだから少ないし、覚えるのも早いよ!」

「? 真夜は何でやらないんだ?」

「あ、あはは。ソフトボール部とかの朝練に呼ばれてるんだ。だから、アタシの他に出れる人探してたんだよー!」

「そう言うことなら了解。部活がんばって」

「まぁ、練習は週三だから、それ以外で!」

「へー、なんかアメリカみたいな練習法してんのな」

「あ、分かる? 意外に効果的なんだよね! やっぱ筋肉も休息がなくちゃ育たないし」

「んだなぁ」

「……更科、さん。スポーツ、得意……?」

「まあね! 篝君も得意なんでしょ? あれから輝羅梨から聞いた!」

「ほどほどにね」

「今度遊びにおいでよ! あ、お客さん呼んでる! ごゆっくりー!」

 すぐさま、あわただしく注文を取りに向かう彼女の揺れる胸を眺めつつ。

 俺はコーラを口にした。

 レモンが添えられ、その果汁が入ったコーラは、いつもより爽やかな香り。

「……男の人、やっぱり、おっぱい、すき?」

「嫌いな奴は男じゃねえ」

「……」

 春希は自分の胸に手を当てた。

「いや、春希もそこそこある方だと思うよ。真夜がデカいだけ」

「そう、かな」

「うん」

「……興奮、する?」

「いや、直に触るくらいしないともう興奮しないというか……」

 春希とか肌綺麗そうだから見たら物凄く捗りそうだが、下衆な妄想はこれくらいにしておこう。

「パフェ、アイス溶けちゃうよ」

「うん。食べる。……ありがとう、篝君」

「奢られろ。ビックリするくらい奢られろ」

「そ、そんなに奢られたら悪い……」

「もらえるもんはもらっとくべき」

「それは、悪戯にものを増やすので、よくない」

「でも春希も何だかんだ断れないだろ」

「え、エスパー……?」

「見てりゃ分かるよ」

 何だかんだ話しながら。

 今日は談笑に花を咲かせた。

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