二章 腹ペコ系女子 前編

二章腹ペコ系女子


「うあー、お腹空いたよぅ……」

 一時間目が終わって、菓子パンを頬張っている俺の後ろで、そんな言葉が聞こえた。

「真夜……。あんた早弁したばっかじゃない。しかも二段のお重」

「空くものは空くんだよぅ……。輝羅梨~、なんか食べ物~!」

「だぁぁぁ! そう毎日貴重なご飯あげられないってば!」

「うう、ひもじ過ぎて死にそう……」

 朝に二段のお重食ってるやつが何を言うんだ。金持ちだろ君は。

 とはいえ、後ろでうーうー言われるのも少し鬱陶しいかもしれない。

「はい」

「え?」

「あげるよ。どうぞ」

 鞄ほどのサイズがあるフランスパン使用のロングベーコンレタスチーズサンド。今日はこれを半分お昼に食べて、もう半分は晩飯にでもしようと思ってたんだけど。

 ついでに、パックのカフェオレも置いた。

「君は、王子君!」

「光本篝。篝でいいよ。君は?」

「更科真夜です! わぁぁぁ、美味しそうなパンだぁ! どこで買ったの!?」

「もここベーカリーってとこ。新作パンだって」

「おおお! もここにこんな新作が! あの、お金は……」

「良いから食べな」

「はい! あぐっ、はぐっ!」

 高速で味わいながらカフェオレでそれらを嚥下していく更科さん。気持ちのいい食べっぷりだ。そして手品のようにあのバカでかいフランスパンが消えていく。

 一分を経たずして、それが彼女の胃袋に消えていった。怖っ。

「ぷっはー! 美味しかった!」

「そ、そっか。よかったね」

「うん! いい人だね、篝君! さすが王子様!」

「……ていうか、毎日そんなに食べてるの?」

「? うん」

 ほっそ。腰ほっそ。どこに入ってんだマジで。

 あ、でも胸デカい。

「あ、やっぱ王子君も気になる? これ」

 う、うおおおお!?

 も、持ち上げおったこいつ! デカい胸が更に強調される。

 ナッキーに更科さんがシバかれていた。

「痛いー! 何するのさ!」

「いやいい加減に覚えなさいって! 男の子いるんだから無防備じゃダメでしょってこれ何回言えばわかんのあんたは!」

「えー? 王子君も気にしてないでしょ?」

「きき、キニシテナイヨ……?」

「正直に言いなさい、かがりん」

「ごっつあんです」

 ごめん更科さん、ナッキー。無理だよ、誤魔化すなんて。俺の中の男がダメだと叫んでいる。

「ほら見なさい! あんたのこと性的に見る人が多数派なんだって!」

「えー、分かんない……。あ、お腹いっぱいになったら眠くなってきた……じゃあ体育になったら起こして、輝羅梨ー」

「え、あ、無闇に寝るなってば!」

 うわ、机にうつぶせたら胸が潰れてる。すげえ光景だ。

「……ナッキーの友達、面白いね」

「あ、あはは。ごめん、こいつ女の子の自覚マジでないの。運動能力が馬鹿みたいにあるけど、それ以外がパープリンと言うか、なんというか……くう、この可愛い外見で無防備だなんて絶対男が放っておかないよ……! でも嫁とか彼女にするとエンゲル係数が成人男性四人分くらいプラスされるから……かがりんも彼女にしたいなら覚悟することだ!」

「ナッキーを彼女にしたい時はどうすればいいの?」

「へ!? わ、私!? 私なんか、彼女にしてもつまんないよ! いっつもFPSばっかしてるし、銃の本とかしか読んだことないし! 将来は猟師か警察官になりたいなーくらいしか考えてないし! か、可愛くないし!」

「いや、ナッキーは可愛いと思うよ」

「……そ、その……わ、私も寝る!」

「えええ!?」

 強引に自分の席に戻ってうつ伏せになってしまった。何なんだキミたち、集団睡眠か……?

「朝から元気……」

「眠そうだな、しおりん」

「昨日、FPSをやってたから」

「FPS!? ホント、詩織ちゃん!? 何々、B〇、C〇D!? それともエー〇ックス!?」

「あれ!? ナッキー寝てたんじゃないの!?」

 今日も今日とて、学校は平和だった。



「というわけで、FPSの話題で盛り上がったぞ」

「えふぴーえす……何をするの?」

「画面に出てる敵を銃で撃ち殺したりナイフで刺し殺したりする痛快ゲームです」

「こ、怖い……」

 そんなに怖がらなくても……。いや俺の言い方もあれだったけども。

 放課後、春希と一緒に過ごす時間。

 これで三度目だが、なんだか飽きる気配がない。というか、ずっと一緒にいたかのような気安ささえある。

「いや、FPSはさておき。今日は春希を誘いに来たんだけど」

「誘い、に?」

「これ」

 親戚の大家さんが押し付けてきた喫茶店のチラシだ。

 プラス――

「ドリンク、二杯無料……」

 チラシの下の部分に優待券があるのだ。

「パフェの割引もあるし、どうかなって。たまには外で作業すんのもいいと思ってさ」

「……行く」

「オッケー。そんじゃ行くかぁ!」

 とりあえず図書室を出ていく。なりたての図書委員がこちらを見送る。

 靴を履き替え、喫茶店へ。

「春希はカフェとかよく行く?」

「……あまり、行かない。たまに、友達に、誘われる……」

「え!? 春希友達いるの!?」

「し、失礼……なにも、いえないけど……」

「そりゃ悪かった。でもいいんだぜ! これからは! 俺が! 俺こそがっ! 友達だっ!」

「こ、声、大きい……!」

「るひゃっほう! 俺達はフレンドだ! さあ、一緒に喜ぼうぜカムヒア!」

「は、恥ずかしい……!」

「ええ、俺も恥ずかしいです」

「い、いままでのは、なんだったの……?」

 目を白黒させているが、こんなことで動揺してちゃダメですよ春希ちゃん。

 彼女の歩幅に合わせて、少し歩みを緩める。

「……」

「ん? どうしたよ、春希。はっ!? まさか、手を繋ぎたいだって!?」

「ち、ちが……!?」

「冗談」

「……ひょっとして、意地悪?」

「おお、さすが春希! 正解! 正解者にはイチゴパフェをプレゼントー!」

「え? え?」

「イチゴパフェはお嫌いで?」

「す、好き……」

「よーし、さっさと喫茶店に行こうぜ春希」

「……篝君、やっぱり、変」

「え、嫌だった?」

「……嫌じゃ、ない」

 何故か照れくさそうにそう言う春希と、並んで歩く。

 こうでもしないと奢らせてくれそうにないし。意外に律儀なんだよな、春希って。この間は執筆に付き合ってくれるから、といってジュースまでもらってしまったし。全部俺の下心なのになあ。

「? どうしたの?」

「春希は可愛いなーと」

「お世辞、いらない」

 怒られてしまった。

 あまり表情が変わらないが、無機質というわけじゃない。どういう風な行動をするか、わからないのだろう。純朴、ともとれる。

 挙句に会話のテンポが遅い。言い方を変えれば独特なのだ。だから、普通のウェイ系女子の会話になじめないのは大体わかる。

 それでも外見はとても清楚で可愛いし、髪なんかつやつやでなんかもうすげえいい匂いがするという俺の感想はさておき。目を惹く容姿だ。

 で、話してみると素直でいい子……な、だけに。割と心配だ。

「春希って男の子との付き合いないの?」

「……お父さん?」

「疑問形!? しかも男の子のカテゴライズじゃないからそれ!」

「で、でも、男の人で、親しいの、お父さん、くらいしか……」

「そ、そっか。悪かった。そういえば、好きな食べ物なに?」

「……チーカマ」

「…………お、おう」

「みんな、同じ反応する。チーカマ、美味しい」

「いやマズいとは言わないけども! もっとこう、プレミア感が欲しいというか……!」

「プレミア。……。ハーゲ〇ダッツのバニラ」

「ささやかだなぁプレミア感! いやすげえ嬉しいよ!? タダでもらえたらそりゃ嬉しい筆頭だけどさ! もうちょっと高い物!」

「……か、回転寿司!」

「もういいです。君には失望しました」

「そ、そんな……」

 この人めちゃくちゃ稼いでそうだが、庶民派すぎるだろ。あの作品の中で三作がヒットしててアニメにもなったのに。

「もうちょっと高いもの食べてくれ。稼いでるんだから」

「みんな、同じこと、言う。身にあった生活、しろって。それが箔になるから、って。でも、そんなの、ただの浪費」

「そうだなぁ……確かにそうかもしれん」

「それに、お金たまってくの、嬉しい」

 この人、どう〇つの森やらせたら延々金を貯めてそうだな……。

「お店で食べるの、久しぶり」

「いつもは自炊?」

「チーカマ!」

「自炊しなさい。頼むから」

「チーカマは万能」

「野菜とれてねーじゃん。しっかり食べなさい」

「……」

「なんぞ」

「篝君、ワタシの、親……?」

「この野郎。もっちもちにしてくれるわ」

「ひょあ!?」

 柔らかなほっぺをもちもちとやる。すげえすべすべな肌だ。何かドキドキするが、悪戯する側がしてどうするんだよ。

 で、当の本人は……なんだかとても嬉しそう。

「どしたの」

「こんなふうに、ふざけ合えるのって……嬉、しい……」

「そ、そうか。よかった」

 何だこの純朴天然記念物は!

 俺が全力で保護してやる!

 と思ったが、そう行動するとオカン扱いされそうなのでやめておいた。俺は親になりたいわけじゃないのだ。

 まずはお友達からホップステップ。

 俺達は、歩幅を合わせて、その場所へ向かった。

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