一章 ボーン&デッド・プリンス 後編
そして放課後に、特別講座を受講させられることに。
「あの、俺も後輩男子連中と仲良くしたいんだけど」
「合格できたらいいですよ。まず、王子様は常に?」
「微笑みを浮かべている?」
「個別に声を掛けられたら」
「はにかんで笑う」
「読書とか勉強、スポーツをしている時は?」
「真面目な表情」
「いいでしょう。基礎は押さえていますね。女の子が困っていたら?」
「少し遠くから優しく、ゆっくり歩み寄る」
「告白をされました。拒否する時は?」
「申し訳なさそうに振る舞う」
「ぶっぶー。それじゃあ相手にまだ付き合う余地を残していると誤認されます。笑顔で断ってください。そして、これからもお姫様の一人でいてくれるかい? という行動があると余計にポイント高いです」
……いやいや。待てよこいつ。
「ねえさっきからそれメティの趣味じゃないの!?」
「バレましたか」
「バレるわ! 顔がメッチャ嬉しそうじゃん!」
「ほら、王子様王子様」
「……君の微笑みが見られて、光栄だよ」
「ああ、いい……! 凄くいいですよ、篝さん! もっと褒めて!」
「君はまるで、一輪の白百合のように可憐でいてたおやかだ……。もっと、その美しい瞳を見つめていたくなる」
「うんうん! うんうん! これですよ、これ! まさしく王子様です!」
「ねえやっぱり嫌なんだけど!? これ学園の内外で徹底すんの!? 寒すぎて鳥肌立つんですがあの……!」
「貴方の普段の三流ギャグの方がよほど寒いので安心してください」
「ねえ笑顔で毒吐くのやめてよォ!? 俺傷ついちゃうでしょ!?」
まぁギャグの方は寒さ狙いでやってるから。場を弛緩させるのが目的だし。俺が本気を出したらそりゃ会場は鳴りやまないスタンディングオベーション……無理ですごめんなさい助けてください誰か楽しいギャグ教えて。
「もっとチャラい方がいいですよ。それこそ、漫画の中のような――」
「可愛く囀る口だね。そんなに動かさなくても聞こえてるよ、僕だけのプリンセス」
「はいい、良いと思いますぅ」
「え!? これでいいの!? マジで!?」
「ほら、また素が出てますよ」
慣れるまで掛かりそうだなこりゃ。
「……この学園のプリンセスは、少々攻略難易度が高いのですよ。そして、彼女は願望がある」
「願望?」
「自分を外の世界に連れていってくれる、王子様です」
そんなもん信じてるやつは……。
……いるよな。
みんな、心のどこかで、やっぱりそう言う魔法を信じてる。
だから、そういう少女漫画とかは未だに生まれ続けているし、映画だって、小説だって。王子様がだいたいいたりする。
逆転すると、男子諸君はみんなお姫様って好きだろ? そういうことだ。
いやでも実際お姫様本人のシナリオってかなりびみょいことが多いんだよなぁ。身分の差がどうこうとか、やっぱり重くて暗い話題になるし、挙句に婚約者とか出てくるようになるしで、どうにも楽しめなかった。
にしても、プリンセスってどういうことだ?
この学園にお姫様がいるなんて話、ナッキーやしおりんに聞いた試しがないんだが。
「ん、いいでしょう。さあ、図書室にいきなさい」
「? なんなの?」
「くれぐれも、王子モードでお願いしますよ」
……?
図書室には誰もいなかった。
ありゃ。まぁいいや。どんな本があるか、ちょっくら見てみよう。
……ほう、ラノベのコーナー充実してるなあ。
懐かしくなって手に取る。内容は思い出せるが、もう一度読みたくなった。
席に座って、黙々とそれを読む。昔のファンタジーだ。呪文がカッコよくてよく真似していたのを思い出す。懐かしいなぁ。
「……」
ちょんちょんと服を引っ張られる。
「? ……!」
小柄な女の子だった。黒髪ロングだが、つやつやだ。どこかの令嬢のような佇まいで、表情らしい表情は浮かべていない。じーっとこちらを見ている。
「こんにちは、お嬢さん。どうしたの?」
「……誰?」
「あ、ああ。俺は二年二組の光本篝。二年に編入してきた男子生徒。君は?」
「……暮野、春希。二年」
「そっか、よろしく、暮野さん」
「う、うん……。その本、好き、なの?」
「これには思い入れがあって! うーん、この作者凄いよなあ! まるで登場人物が息づいているかのような臨場感があって……いや、ごめん。好きだったから語りたいと思って」
「ありがとう」
微笑んでいる。可愛いなあ。
にしてもありがとう? なんだそりゃ。いや、待て。こんな嬉しそうにしてるんだから、何かあるはずだ。
何故お礼を言うのか。可能性としては、この子が好きなシリーズだったからか、それか――彼女の親類縁者が書いたものか。もしくは、この子が書いたか。
「これ、暮野さんが書いたの?」
「うん。小学生の頃に」
「え!? マジで!?」
どんなチートなんだよ! 小学生女子がラノベ書くってどうなの!? こんな硬派な作風なのに!
「……信じて、くれるの?」
「え、嘘なの?」
ふるふると首を横に振る暮野さん。よかった、ならいいじゃん。
「いやー、ぶっちゃけ凄いよ! 才能ありありじゃん! うわー、嬉野風味玉先生だったんだー、うおお、明日色紙持ってくるんでサインいいですか!? うおおお!」
「……なんか、最初と、口調が違う」
「どちらがお好みで?」
「……今がいい」
「はい了解。よろしく、暮野さん!」
「……わ、ワタシ。名前、その……春希……」
「おお、いきなり名前呼びオーケーな感じ?」
「う、うん」
「了解、春希。俺のことも、篝って呼んで!」
「……篝君、いい人。名前、馬鹿にしなかったし。小説書いてたのも、信じてくれた……」
「名前? ……ああ、もしかして。男っぽいから?」
こくり、と頷く春希。まぁ、仕方ないわな。俺も何も知らなければ、男じゃなかったのかと少し驚いていただろう。
「篝、君は……ワタシの本、どれくらい知ってる?」
「ええっと、この硬派ファンタジー『ベルジュライド』と、魔術物の『光魔イリス』シリーズ、それから江戸っぽい日本舞台の推理物『六輔』シリーズ、最近終わってしまった無双物『アッパーカッツ』とか」
「すごい……! 本当に、知ってるんだ……!」
目をキラキラさせている。
「まぁオタクですからね! で、先生のつぶやきも追ってるよ! ズミッターで! 今は学園ラブコメものに挑戦してるんだよね!? いやー、でも意外だったなあ。先生むっちゃ硬派な作風なのに、あえて現代ラブコメ。いやぁ、さすが!」
「……詰まってる、の」
「書けてないんですか?」
「……なんだか、恋とかを理解してないって……。初々しいくて、馬鹿馬鹿しい、みたいな……恋物語を、書きたいんだけど……担当さんに、爆笑されて……」
「あはは。経験を伴うか、それ相応の資料とか読みこんで自分の蓄えにしないと出てこないって聞くからね、そういうの」
「キスは、レモン味!」
「いやレモン味の飴でも舐めてない限りは……」
「そ、そんな……」
そんなにショックを受けなくても……。
「……読むの、はず、かしい。キスシーン、みんな、読みたいの……?」
「エッチなシーンは読みたいです、先生!」
「……やっぱり、そう、なの?」
「うん、そだよ。春希は何が書きたいの?」
「学園、恋愛……コメディ。ラブコメ」
「多分、メッチャ堅い三人称で書いてるでしょ?」
「!? え、エスパー……?」
「いや、だって。春希の文で一人称視点なんて見たことないし」
「う、うう……。年頃、の……男子の気持ち、分からない……」
「じゃあ協力するよ! 俺が一般的なサンプルかどうかはかなり疑問だけども!」
「い、いいの……?」
「もちろんだよ! 俺は可愛い女の子と喋れる、春希は男の子のサンプルが手に入る。うん、どちらも得するいい話だ!」
だというのに、何故だか春希はキョトンとしている。
「……ワタシ、可愛いの?」
「え!? 可愛くないの!? あなたが!? 俺の目腐ってんの!? そうなの!?」
「わ、分からない……」
「いいですか、君は世間一般で見たらかなり美少女です。半端ないです。マジヤバくね、マジパネーションです」
「あ、知ってる。ドラゴンの女の子に、軽い男の人達……」
「意外にオタク知識ありますね」
「わ、ワタシ、オタク……?」
いや聞かれても。知らんがなしか言いようがない。
「春希って好きなアニメとかある?」
「〇語とか……カッコいい……!」
「刀〇かぁ。あれよかったよねぇ。主人公の演技は最初棒読みだなーと思ってたんだけど、あれはどんどん感情を宿していく彼に沿った演技で、非常に丁寧だった。格闘主体カッコいよね!」
「うん……! ほ、他には、翠〇のガルガ〇ティアとか……!」
「ああ、兵士の少年の葛藤が人間臭くて良かったねー。ヒロインも可愛かった。後、ロボットがマジでイケメン」
「うん。カッコいい! あ、あれも好き。仮面〇イダー〇王」
「春希は電〇派かぁ。戦闘曲カッコいいよね、歌入りのやつ。俺はク〇ガだなあ」
「ク〇ガ、主題歌、カッコいい……! 超変身……!」
「わかりみが深い」
まさか話が合うとは。凄いなあ、俺あの嬉野風味玉先生と話ができてる。なんかラッキーだなあ。
ひょっとして、メティのやつ。俺がファンだと知って彼女に巡り合わせたのか!?
今度お礼持っていこう。何がいいかなー。手作りのカレーなんてどうだろう。いや、やめとこう。カレーの妖精呼ばわりされること請け合いだ。
美味い洋菓子店がいいかな。変わってなければあのお店で。
「ワタシ、いつもここで、原稿か本を読んでる……」
「家には戻らないの?」
「……一人暮らし。家、誰もいない。寂しい……」
「学校も一人じゃん」
「……いつもは、何人か勉強してる。でも、夜遅くだと、怖い……」
確かに、遅くなると学校ってなんであんなに怖くなるんだろうなあ。
「ねえ、迷惑じゃなければ毎日遊びに来ていい?」
「……いいよ。その方が、ワタシも嬉しい」
「ありがとう! いやぁ、去年の秋と冬にしこたま助っ人のバイトしてたら金が溢れちゃってさ。バイトしようと思ってたけどそれすら不要で暇してたんだ」
「助っ人?」
「試合の数合わせというか、強制的に引っ張られていたというか、出場させられてお金を握らされていたというか……」
サッカー、野球とかならまだよかったが、ハンドボール、バスケ、剣道、柔道、空手などを経て、ラグビーやバレーなど、マイナーなところではフェンシングなどもやっていた。
特にフェンシングなんか訳も分からないし。教本暗記して対処したが、中々……。俺自身は負けが着かなかったが、そんなにチームが強くなかったので地区大会で終わっている。珍しいところでは吹奏楽部、合唱部にも引っ張られた。吹奏楽部はサックスを、合唱部ではテノールパートをやっていた。
無作為に出場したせいか、俺の部活の在籍数がとんでもないことになっていたが、一応水泳部所属にはなっていたようだ。
ということを話していくと、とても目が輝いている春希。
「何でもできる……すごい……!」
「まぁ、体を使うことは大体……」
パソコンも人並みだし、ゲームだって並。勉強はできるが、あれはただ単に暗記した奴を吐き出す作業だし。本来、自分で考えなきゃいけないIQクイズとかは苦手だ。
「じゃあ、今ここで、ジャンプしてみて」
「うん」
ひょいっと跳んでみる。
「!? い、今、ただの、垂直飛びで……一メートルくらい、跳んでない?」
「そらまぁ、俺ダンクシュートも余裕だし」
身長百七十八センチだからなあ。百八十超えてたらバスケしてたんだけど。もうちっと伸びねーかな。
走り幅跳びも砂場を余裕で超えるジャンプ力がある。完全に無駄なスペックだった。
「そういや、春希は何組なの?」
「一組」
「俺二組! 隣だな! 忘れ物した時は借りに行くぜ」
「た、体操服とか、水着は、貸せない……」
「きょ、教科書とかだよ」
用途は何だよ。ある意味では欲しいけども。
「今日は春希、何するの?」
「……原稿。その……一緒に、いて、くれる?」
「おうよ! 俺暇だからな! ゲームしてるけど、気にしないでくれ」
「うん、わかった」
俺は携帯電話のアプリで遊び始める。
それを見て、2in1のキーボード付きタブレットを開く春希。
俺と、図書室にいた静かなプリンセスとの日常が。
この日、幕を開けた。
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