一章 ボーン&デッド・プリンス 中編
二年二組。俺が編入したのはそこだった。
メッチャ見られてる。すんげえ見られてる。多分、逆の状態でも普通に見てしまうよな。
女子しかいない周囲。男は俺一人。ホームルームを始める、とはいえ――担任を待つこの時間は、どうにも針のむしろだ。
「ねえねえ!」
そんな中、元気そうな女の子が声を掛けてきた。髪の色と肌の色が白い。青い活発そうな瞳がこちらをまっすぐ見つめている。ポニーテールに、背は高くないけどスタイルがいい。
「なんで男子がいるの? というか、王子様ってなーに?」
「う、うん。まぁ。ぶっちゃけると、女の子とお近づきになりたかったから来たんだよ。王子様はマジでわからん。理事長に拘束されて、そうしろって言われて……断ろうとしたら黒服が俺の自由を奪って、ニヤニヤとこちらを笑って……!」
「ふーん。そうなんだ」
どうでもよさそうだ。お前興味があって寄って来たんじゃないのかよなんなんだよ。
「名前は?」
「光本篝。君は?」
「星名輝羅梨! よろしく、かがりん!」
「よろしく、ナッキー」
「おお、フレンドリー! みんな、怖くないよこの人!」
お、おお。これがナッキー効果なのか。嫌悪さえ感じていた視線が物凄く和らいでいる。
「でも本当に王子様みたいだね! 見た目カッコいい!」
「あ、あはは……。家族からもお前は喋るなって言われてるし。でもそんなんじゃ我慢できないよ。俺はお喋りだしね。いや、ナッキーも割とお喋り?」
「あはは、まーね」
「にしたって、綺麗な髪の色だね」
全員がざわついた。お前それ聞いちゃうの、というような雰囲気だ。
「おわ、いきなりそこいくの?」
本人でさえビビっている。けど、綺麗なものを綺麗だということの何が悪いんだろうか。
「単純な感想。見慣れない色だけど、すごく綺麗だ。両親のどっちかがこういう色なの?」
「うん、お父さんがアッシュカラーで。私、色素薄いんだぁ」
「そっかぁ。くう、俺もそういう個性あるカラーになりたかったぜ」
「羨ましがられたのは初めてだよ。普通、同情だから」
「しないって。綺麗だよなー! ちょっと触っていい?」
「う、うん。どうぞ」
言われたので、彼女の髪を触ってみる。ポニーテールのしっぽの部分を持ち上げ、手で梳いてみた。
指通りのいい髪だ。綺麗だし、なんかいい匂いするし。凄いなあ、女子の髪。
「ありがとう」
「ど、どういたしまして。いや、ほんとに動じないね」
「いやいや。内心はドキドキしてるよ。触ってみるかい?」
「あ、あはは。遠慮しとく」
ですよねー。
常識的に考えて異性に体を触らせるのって相当ハードル高いぞ。逆だったら……え、おっぱいさりげなく揉めるんじゃないか? いや、最悪刑務所にシュートだが。
「でもなんか王子様って言われると凄く納得だよ。顔は綺麗だし、なんか品がよさそうだし。喋ると三枚目だけど」
「あっ、ひっでー! 中身も二枚目だろ!」
「いや、中身分かるほど一緒にいてないし」
まぁそれもそうか。
とりあえず席に座りなおし、ナッキーと向かい合う。
「いやぁ、話しかけてきてくれてありがとう、ナッキー」
「いやー、先遣隊ってことで。とりあえずセーフかなぁ」
「え? 先遣隊? セーフ?」
不穏な単語が飛び交っている。なにこれ、俺今品定めされてる段階なのか? マジで? どこのどいつがどう俺を評価してるって言うんだ。
でも、良いぜ。そういうことなら、そうしておいてやる。
「さあ、俺を見るんだッ!」
とりあえず立ち上がって体をひねり、ポーズをとってみる。
「……」
全員が無言だった。
「自分の心が二枚目だって思う?」
「いいえ全く」
ナッキーの言葉で心が折れた俺は席に座って先生を待つことにした。ナッキーもじゃーねーと席に戻る。
……引っ張られる裾。
隣の女の子がこちらを見上げていた。くせっけで髪はセミロングよりも長いくらい。胸が大きい。繰り返す、胸が大きい。そして細く、小さい。ほ、本当にいるんだな、ロリ巨乳って。
表情は変わらない。微笑みを向けてみても、特に変わった様子もなく、淡々とこちらに頭を下げてきた。
「こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは。どうしたの?」
「……ぼく、綾小路詩織」
「しおりんか。よろしく!」
「……フレンドリー」
「かもね。俺は――」
「光本、篝」
「そうそう。好きに呼んでよ」
「かがりん」
「うん、流行ってんのこれ。まぁどうぞ」
「ダダ〇ンみたい」
「おおい!? 俺をポケットなモンスター風に例えるんじゃないよ! くさ・ゴーストタイプじゃないから! ノーマルタイプだから!」
「ううん、イメージで言うと地面っぽい」
「砂利ボーイ!?」
「黄色くて、ギザギザしっぽ」
「そいつ地面タイプじゃないよ!? 出現確率がえぐいくらい低い電気ネズミじゃん!?」
「翼があります。水の都の守護神です」
「何タイプなんだよ! その守り神エスパーとドラゴンだよ!? え!? 地面タイプで体が黄色で空飛んでんの!? じめん・飛行タイプなの!? いいの!? 氷が四倍弱点だよ!? ドラゴンとかで諸々対策されてるでしょ、氷が弱点のタイプは入れないの、ダメダメ、せめて鋼にしなさい」
「……ツッコミ、面白い」
「勘弁してくれ……」
俺はものっそい疲れるけども。
「好きなの? ポケ〇ン」
大人気RPGゲームを引き合いに出される。ゲームが好きなら避けては通れない、育成コマンドバトルゲームの究極系。
「いや、嫌いじゃないというか、ゲーム紳士の嗜みと言うか」
「他に、どんなゲームする?」
「うーん……色々やり過ぎててよくわからん」
「ぼく、パ〇プロが好き」
パワ〇ロは野球ゲームだ。スマホとかでサッカーとか携帯ゲーム機でゴルフとか出たりしたが、基本はやはり野球ゲーム。
「え、珍しいね。女の子で野球ゲーム好きなんて」
「でも、時々悲しくなる。女の子と仲良くなったら、その子、悪い会社に捕まって脳みそだけの状態に――」
「それパワ〇ロじゃないから! ポケットの方だから! あれを思い出すの辛いからやめてくれません!?」
ポケットの方は野球『バラエティ』というジャンルだ。男に掘られたり彼女が化け物になったりサイボーグになったり、コミカルだが時折ビターなシナリオが人気を博している。俺もポケットの方が好きだけど、信じられないと思うが、好感度足りなかったら平気で付き合ってた彼女が屋上から身を投げるとか、そういう展開は茶飯事だ。絶対に全年齢対象ではない。
「他にはあのゲームも好き。どう〇つの森」
「あ、ああ。ほのぼのゲーか」
「借金をいかに早く返すかのタイムアタックやってる。運に左右されて面白い」
「RTAかよ! なんでスローライフゲーで生き急いでんだよ! もっと四季折々を感じながらゆっくり生きてくれよ!」
「……やっぱり面白い」
「ま、マジで勘弁して。喉乾いた、メッチャ喉乾いた」
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
差し出されたペットボトルを受け取り、素直に口を付ける。うわ、なにこれあまっ!? え、『ごくごくバニラアイスドリンク』!? 余計喉乾くわ!
後でお茶でも買おう。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
あ、飲むんだ。間接キスなんだけど。それを気にした様子はみじんもない。すげえメンタルだ。
「ねえ、部活動は決めた?」
「いや、二年の俺が入ると部が混乱するし。それに、俺には目標があるからな」
「……目標?」
「いやいや、これは言えないよ。口が裂けても言えない。もうヤバいくらい言えないから。そう、俺は謎多き男なのさ」
「……本当は?」
「めっちゃモテてえ!」
…………。
単純明快な動機が俺の口から炸裂していた。ええ、はい。どうせアホですよ。特大急の馬鹿野郎ですとも。
「モテたいの?」
「すみません、モテたいです」
「カッコいいのに」
「いや、そういう慰めはいらないよ……」
「カッコいいよ。パ〇プロの猪狩兄みたい」
「せめて進君の方でどうにかならない!? 俺あんな高飛車じゃないよね!?」
「もしくは九十九くん」
「色物じゃん! 葉っぱなんか咥えてないから! だからどんなイメージなのよ俺! 混乱するだろマジで!」
「うーん。黒髪で、見た目はとても優しそうで、真面目そうで。でも喋ってみると全然そんなことなくて、面白い人?」
「どういう評価なんだよ結局」
「二枚目半?」
「それすら疑問形なの!?」
もう何なんだよマジで。幸先が不安というか、なんというか。
「うん、地面鋼タイプ」
「また変わってるし!」
「女の子99%に男子一人で来るその度胸を讃えて鋼タイプ」
「ああ、そら鋼だわ」
ぶっちゃけメンタルくらいしか取り柄ないし。でも乙女心は繊細なのだ。
「ぼく、ギャルゲーも結構やる」
「お、いいねえ。分かってるねぇ。何が好き?」
「パワ〇ケ」
「だからそれは野球『バラエティ』だから! ほぼギャルゲーだけどあれ野球の話だから! 悪の組織やら島で強制労働とか魔物を狩る秘密結社とか色々あるけどバラエティだから! 野球『バラエティ』なの!」
「なぜそんなにバラエティを強調するの?」
「大事な部分だから」
「ギャルゲーは柑橘系が好き。ゆ〇とかネー〇ルとか」
「分かってんじゃん」
「つ〇乙とかオナ〇ー処女とか好き」
「エロゲが混じってる! 十八歳まで我慢しなさい!」
というかこの子、あれだ。
「しおりんってさ。オタク?」
「……その括られ方は雑過ぎる。ぼくは、ゲームが好きなだけ」
「漫画もラノベも好きでしょ?」
「……うん」
オタクじゃん。でも、その枠には括られたくないらしい。
「まぁ、同じゲーム好きということで、一つよろしく頼むよ、しおりん」
「……引かないの? 女の子で、こんな、男の子向けのゲームばっかり好きで……」
「フツーだって。というか、よっぽどじゃない限り他人の趣味なんか貶す奴は好きになれないね。いいじゃないか、猫も杓子も自分らしくの時代。個性だよ。話が合って俺的にはしおりんといきなり友達になれると思ったんだけど……」
「!」
「やっぱこんな三枚目じゃ友達になりたくない?」
「……と、友達、で、いいの?」
「なってくれないと生霊として枕元に立つからな」
「……ふふっ。それじゃ、なってください」
「うん、よろしく」
俺がそう微笑むと、何故か周囲がざわついた。マイナス方面ではない。むしろ、何だか……困惑しているのか? 何故困惑するんだろう。でも、なんか……女子がこちらを見る目が、なんだか先ほどと違う。敵意、ではないし。まぁいいか。
「はい、みんな。席には……ついてるね! うんうん、いい子いい子!」
何か来た。女子高生っぽいのが来た。
でも本人はスーツに身を包んでる。少しぶかぶかだ。フレッシュな印象を与えるものの、やはり童顔と相まって教師の年齢には到底見えない。
「ワタシ、園崎彩里です。二十三歳の教師になります! 新任ですが、この度は担任としてこの二年二組を盛り上げていきますので、よろしくお願いします! あ、担当は体育です!」
「はい先生、質問!」
「おお、さすが男子一人でやってきた鋼メンタル君! どうぞ!」
「俺も創作ダンスとかやるんですか?」
「あ、あはは……多分それはないかと。多分だけど、確か、男子の体育と一緒にされてると思う」
おお、なんだ。俺一人じゃない!
「いえ、彼は特別プログラムです」
理事長様よ、と全員が浮足立つ。うん、多分社会的に成功している大きな実例として尊敬されてるんだろう。果てなくコンパクトだけど。
「り、理事長!」
「どったのメティ」
俺の発言でさらにざわめきが加速した。理事長にタメ口プラス愛称呼びが混乱を招いているんだろう。
指を鳴らして、メティはそれを黙らせる。さすがだ、貫禄が違うぜ。
「今更身体能力お化けの貴方に体育など釈迦に説法でしょう」
「えー、そんなことないってー。俺野球とかサッカーとか超苦手でさぁ」
「小学校の頃はサッカーチームでフォワードのエースストライカー、中学はシニアで四番でエースの人間が何を言ってるんですか」
「すみません」
そうだよな、そういう経歴とか全部ばれてるよな、多分。
「ん、じゃあ高校生の頃水泳してたのもバレてる?」
「ええ。高校から水泳始めたのに全国二位とか相変わらずふざけた運動神経ですよね」
「うええ、人生の汚点なのにぃ」
「え、どこがですか?」
「俺死ぬほど調子こいてた頃だったから、シニアで優勝一回逃した時も、チームメイトが悪いって思ってたんだよー。でも、俺一人でやってみたら二位でさ。何か、俺が悪かったんだなあって……」
「いやむしろ水泳始めて四か月くらいで全国二位とかやっぱ人生舐めてるとしか思えないんですが。というかシニアでほぼ三年間一位を総なめしてるのにもやっぱ腹立つんですが。どういう運動能力なんですか」
「うーん、五十メートル四秒後半」
「化け物じゃないですか。私は十二秒です」
ひどくね!? それと五十メートルにしては遅すぎだろ!
「あの……り、理事長」
「はい、星名さん」
「……彼って一体……?」
俺を指さす輝羅梨。全員が気にしているようだった。
理事長は溜息を吐き、ぽんぽんと俺の背中を叩いた。
「王子様です」
「いや、意味わかんないんですけど」
「私の任命した王子様に何か文句でも?」
「い、いやー……なんでもないでーす!」
弱っ! 弱いよナッキー! もうちょっと何かないの!?
「いや、俺も意味わかんないんだけど、王子とか」
「……はぁ。では率直に。微笑んでください。というかはにかんでください」
「……」
ニコッと微笑むと、何故か黄色い悲鳴が聞こえる。それぞれが悲鳴を口にしたことをだれも疑っていない。
「ちょ、何なの今の! 輝いて見えたんだけど!? 太陽!?」
目が焼けてると思うんだけど、それ。
「な、なんて眩しい微笑み……! あれは純粋無垢な天使の笑みよ!」
その天使エロ本大好きだよ。
「なんだろう……外見の微笑みが王子様過ぎて死ぬんだけど。尊い……! 中身はともかく」
「いやひどすぎるだろそれは!」
「ええ、中身はともかく」
「メティまで!?」
「大丈夫、ぼく中身の方が好き」
「それはそれで微妙に傷つくんだけど、しおりん……」
「ヤバいよ! なんかとてもヤバいんだけど、すごくヤバいからマジでどうしよう!?」
ナッキー、ヤバいのは伝わるが逆にヤバいしか伝わってないよ。
「王子様、いけるよかがりん!」
「えー……? 俺やりたくないんですけど」
「似合うよ絶対似合う! ていうかその容姿で彼女とかいなかったの!?」
「何故か俺と会話するとみんなドン引きするんだよなあ……」
「うん、かがりんは顔と言動の乖離がえぐい」
「そう? そんなことないよ」
「なんか面白いこと言って!」
「焼き鳥に しようかすまいか ホトトギス」
「いや食べちゃダメだよ!? 面白くないし!」
うん、ごめん。
「ていうかおかしいだろハードルが! 面白いこと言ってとか普通禁止なんだぞ無茶言うな!」
「うん、ごめん。かなり無茶振りだった」
「頼むよナッキー」
「じゃあもっと王子っぽくして。声もキリっとさせてさ。イケボだよイケボ」
……舐めているな。やってやろうじゃんか。
「……輝羅梨」
「!?」
「うわ、声優みたい」
声帯模写できんだぞこっちは。完璧に模倣してやるわ。
「これから、俺に毎朝、スープを作ってくれるかい?」
「……ひゃい……」
「星名さんが墜ちた!?」「き、輝羅梨!? 気をしっかり持って! 外見だけよ!?」
「ひどいな。俺を、疑うのかい?」
「「「疑いませぇん……!」」」
「みんな!? ねえ、かがりん。みんなどうしちゃったの?」
「俺の、全てに――酔いな」
『はい……! 篝様……!』
「み、みんな目を覚まして! 理事長先生まで! それは、モテる呪文だから! きっとそう!」
「そうそう。みんな演技好き過ぎでしょ」
そう言うと、全員が一気に戻ってきた。
「王子様スゴイ! いけるよ光本君!」
「篝君! いや、篝様で! お願いだよー、やっぱ王子様いた方が張り合いあるよー! 目の保養だし!」
「でしょう? ということで、篝さん。お願いできますか?」
「……俺になんかメリットあるの?」
「うーん……学園のプリンセスを紹介します!」
「よっしゃぁあああああああああああ!」
こうして、俺は王子様をやることになった。
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