元女子高に通う俺の生活が、なんかギャルゲー化してきた件

鼈甲飴雨

一章 ボーン&デッド・プリンス 前編

  俺――光本篝は地方都市福岡に帰ってきた。

 昔、十歳になるまでここで暮らしていた。それからは、親の転勤もあってかこれていなかったが……。

 もう、そんな昔のことはどうでもいい。

 転勤族の親が海外に飛ぶと言い出したのは三日前。俺は断固拒否して日本に残る。別に英語が不安だとかそういう問題じゃない。

 俺には目標がある。

 楽しい学校生活を送りたい。

 海外も面白そうだとは思ったが、日本という国は住みよいし、何だかんだ飯も美味い。慣れ親しんだ文化が一番であるためだ。そんなところで変な障害を作るよりは、住み慣れた地元で楽しい生活を送りたい。

 具体的に楽しい生活とは何か。

 友達がいて、恋人がいて、良い教師に恵まれ、人生の師匠みたいなのが欲しい。金もあったら最高だ。

 友達はなんとなく、恋人は努力、良い教師は運、金はバイトで何とかする予定ではあるが……。

「これだよ!」

 知り合いの大家さんに格安で貸してもらった自室で、一人はしゃいでいるのには訳があった。

 入学案内のパンフには『私立聖・ガブリエル学園』と書いてある。地元じゃ有名な女子高だ。何でも、今年から男子も試験的に編入できるようになったという。

 そこを受けて合格した。無駄に高い学力と残した成績が役に立った。

 男子編入枠は二十五人。これは来るぜ、ハーレムがぬるりと!

 見渡せばほぼ全方位女子という素敵具合にハートがはちきれそう。最大級の胸騒ぎを感じている。

「でもまあ、そんなにうまくいくわきゃねーよな」

 普通に考えて男子だけを集めて固めるだろう。そうしないと統制がとれっこない。

 ……それでも。

 俺は期待せずにはいられなかった。

 男子二十五人だが……恐らく、二年生編入は、俺一人だけだろうから



一章ボーン&デッド・プリンス


いよいよ入学式の日がやってきた。編入の日も同じ。それまでは地元の散策で時間を潰した。

 幼馴染の家にも行ったが、もう別の表札の違う家屋が建っていた。少し物悲しかったが、まぁそれもいいだろう。新しい出会いというものにも胸躍るというもんだ。

 俺は光本篝。ガチオタクの親父とガチ運動馬鹿の母親のところで産まれたサラブレッド。家ではアニメを眺めながら筋トレをしていたような変人だ。暇と言う暇を全て趣味や勉強やトレーニングに当てていた、忙しない人間でもある。今でもただ口を開けて日がな一日待つ、という行いがフナムシより嫌いだ。フナムシファンには申し訳ないがあのゴキブリ水棲版のようなあのビジュアルが受け付けない。超キモイ。

 性格は陰気ではない。エビのしっぽなどの成分がゴキブリと大差ないことを知り、それが食べられなくなるほどには繊細でシャイボーイのはずだ。

 好きな食べ物は焼き鳥。もも肉のタレと豚バラをこよなく愛する平和主義者である。常日頃から、タレだの塩だの喧嘩しているやつは不毛だ。両方とも喰うか、両方とも諦めれば済む話。

 話が逸れた。聖・ガブリエル学園に編入したのだ。間違いない。生徒手帳代わりのIDカードも送られてきたのだから。

 荘厳な門の前に来る。

 なんか心なしかいい匂いがしてる気がする。いやしてるはずなんだ。感じろ、やればできる子じゃないか、俺は。

 なんせ聖・ガブリエル学園は理事長がモバイル会社をやっているせいかハイテクな技術が集結している。

 新入生は校門前に設置されているモニターとカードスロットで、IDカードを差し込めば、どこの教室か確認できるのだ。

 さーて、俺の教室は……っと。

『ようこそ、光本篝様。理事長室へお越しください』

 ……ええ……。

 少し離れて装置を観察するものの、みんながみんな教室に割り振られていた。俺だけだ、理事長室に呼ばれた奴は。

 何なんだろう。ハッ!? もしかして――

 八頭身の筋肉もりもりマッチョマンが四方八方から俺を襲い、精神的に去勢されるのでは!? 嫌だよ、俺の人生はラブコメがいいって決めてんだよ。勘弁してよ薔薇の世界とか。余所でやってくれ余所で。

 うだうだしてても仕方がないし、とりあえず理事長室へと歩いていく。

 ……三階建てにも関わらず、天井が高い。土足で歩いているが、こーん、こーんと靴音が高い場所で反響している。廊下には赤いカーペットのようなものが敷いてある。音を吸収する名目なんだろうけど、正直あまり意味がない。

 ……学院内部施設の場所は覚えてきている。理事長は入って右の奥の部屋。洋風な外観だが中は暗く、窓から差し込んでくる輝きが眩しい。室内は静かで、歩く音と俺の呼吸の音すらも反響し、聞こえてくる。

 やがて、黒塗りのドアが迎える。金の文字で理事長室と書いてあるそこをノックした。

「IDカードを差し込んでくださいな」

「え……あ、はい」

 そのカードを差し込むと、扉が開いていった。

 中は、まるで大正時代から時が止まったかのような、シックだが年季を感じる調度品が迎えてくれた。ソファーにガラスのテーブルは全て木枠で、滑らかな曲線を描かれてある。黒電話にシャンデリアまであり、ダークブラウンの棚には夥しい数のトロフィーが列を作っている。

 その中で異彩を放っていたのは、少女だった。

 それはあまりにも見慣れていて。それでいて、違和感が物凄かった。

 なにせ、座っていたのは俺の――引っ越してしまったと思われていた幼馴染が座っていたからだ。それは別に驚かなかったが、驚いたのは別のこと。その容姿が、六年の歳月を経ても、十三歳くらいの容姿から何の変貌も遂げていなかったことにある。

 銀髪にルビーのような瞳。忘れようもないくらい強烈な個性のある容姿を、忘れた覚えはやはりなかった。

「お久しぶりです、篝さん」

「メティ? ……メヒティルト?」

「はい、メヒティルトです。貴方と六年前に一緒に遊んでいた、アンナ・シュラウド=メヒティルトです。実はあの頃、二十一歳だったのですよ」

「……マジでか。ちっちゃいな」

 メティ、とは彼女の愛称のことだ。親しい者以外が呼ぶと何故か黒い服の大人が現れることが頻発している。

 待てよ、ということは、メティは御年二十七歳か。

 ……え? これが? マジで? 全然中学生で通用するし。なんなら小学生と言われても違和感はない。

 なんか、今頃になってテンション上がってきた。

「わー……わー! すっげえ久しぶりじゃん! 元気してた!? うわー、なんだよもう、連絡くれよ!」

「貴方が最初にスマホのキャリアを変えたでしょう?」

「ああ、クイーンモバイルに変えて、その会社が倒産して……今までの番号じゃなくなったんだよ。めんどくさかったからそこから再編成したプリンセスモバイルに変えた……って、この学校に出資してるのってそうだったろ? メティ」

「はい、私が社長を兼任しております。……久しぶりですね、篝さん。随分とカッコよくなっちゃってますね。うーん、子供時代から目を掛けていたかいがありました」

「あはは、青田買いってやつ?」

「ええ。貴方はこの学園を選んでくれると信じていましたから」

「? なんか言ってたっけか」

「わ、忘れているのですか? ほら、こう……」

 ロザリオを取り出す。

 俺も、彼女から受け取った銀のロザリオを首元から見せた。それとそれを合わせる。

 半月状のくぼみが、彼女のロザリオの半月と噛みあう。

「二人、永遠の絆を」

「……契り結ばん?」

「よくできました。ふふっ、まぁ子供の頃の約束でしたが、そういうことに抵抗はなかったでしょう? 神様に祈るとか。そして、男子は一般的に女子を好む。元女子高が共学になったら、飛びついてくると思いまして。けど、反対派の影響で一年ずれてしまいました。本来は去年からそうする予定だったんですけど……。次善策としてパンフレットをお送りしたかいがありました。でも、度胸ありますね。二年生に編入とか」

「やっぱ俺以外にいない?」

「はい。……そして、お願いがあります。この学校で、王子様になってください。貴方に期待したいのは、完全無欠の王子様なのですよ」

「ぶっははははは!」

 王子様て。王子様て! 今日日聞かん単語だ。今時女の子ですら信じてないぞマジで。

 本人は微笑みを崩していないが、青筋がピキピキとなっていた。うわ、こええ。

「そのケツの穴にフルート突っ込んで黒服に演奏させますから脱ぎなさい」

「え、嫌だ。そんなの嫌だ!?」

「しかも曲は聖者の行進です」

「なんか嫌だぁぁぁ――――っ! 具体例出てるところが何かヤダぁぁぁ!」

 黒服が「お呼びですか?」と顔を見せる。うわ、あの鏡回転式になってる。やだ、忍者屋敷っぽい、素敵。メティが首を横に振ると引っ込んでいった。

「で、王子様の件ですが」

「ぷぷぷっ!」

「本当に演奏させますよ?」

「すみません、許してください。何でもしますから」

「はい、それではよろしくお願いします。男子は恐らく女子目当てで入学してきているでしょう。見え見えです」

「そだね。俺もだからね」

 目的を正直に喋っちゃうが、問題ないだろう。子供のころから俺はそんな感じだった。

「……まぁ、私のことも忘れずにいてくれれば。ハーレムでもいいんですよ? 王子様ですもの、不思議じゃないでしょうし」

「いや物凄く不思議だと思うよ。何だよハーレムって。俺は主人公だけどラノベ主人公だからな! それっぽい!」

「普通にラノベでは居なさそうですが」

「え!? ハーレム目指してる主人公とかラノベの王道だろ!」

「まぁありましたけど。あれは極端な例でしょう。貴方はギャルゲーの主人公です」

「マジで!?」

 驚愕の事実だった。そうだったのか、俺ギャルゲーの主人公だったのか……。

「ほら、年上腹黒金持ち上品ロリババアが第一候補のヒロインですよ?」

「え、良いの!? そんな扱いでいいの!? いや客観視してよ! 第一候補から超色物じゃん! そのギャルゲージャンル何!? 特別な能力持ちとかで時間が止まっているとか!? 俺にはその能力に左右されない何かでも宿ってんの!?」

「中々ゲームをこじらせてますね」

 仕方ないだろ、女性経験は全てシュミレーションゲームだ。……つまり、ないってことさ。言わせんなよ恥ずかしい。

 踏破したギャルゲーは数知れず。シュミレーションなら歴戦の猛者。しかし現実ではレベル1のてつのやりを持ったソルジャー並みにゴミだ。主人公のてつのけんで三すくみ関係なく瞬殺されて序盤の養分になるタイプ。

 でも、強制されているのはロード的なふるまいだ。主人公だ。大体そう言うゲームは王族だったり貴族だったりするが、俺にもあれをやれと。

「まぁ、普段の貴方は紳士ですからね。特に問題ないかと」

「ねえねえメティ、いいんだよそろそろ。盛大なギャグの前振りだって分かってるから」

「大真面目です」

「いやふざけてるだろ!? 俺が王子なんてハマってないって!」

「外見だけは王子様ですよ?」

「言っちゃった! 今、外見『だけ』って暴露しちゃった!?」

「つべこべ言わず王子様になりなさい」

「いやぁぁぁぁ!? 勘弁してェェェェ!?」

 結局、入学式に連行され。

 新入生、在校生が揃う中、黒服に拘束された俺が引きずられ。

「彼が、学園の王子様です!」

 と、メティは声高に宣言してしまう。

 ……うん、そうね。自己紹介の時困らなさそうでいいんじゃないかな。もう、なんでもいいや。

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