第24話 ダンジョンボス

「へへ、連れてきたぞ。これでいいんだろ……?」


 ニックの声が響くと同時に、少し離れた場所に炎が浮かび上がった。壁に備え付けられている松明だ。

 その灯りは奥に等間隔で現れていき、ここが楕円形の巨大な空間であることが明らかになった。


「は? お、おい、親父。どこだ、早く出てきてくれ!」


 洞窟といった印象だが、床と壁は綺麗に磨き上げられており平らだ。空気はひんやりと冷たく、ほんの少しだけ湿度が高いため肌にまとわりつく。

 ニックはそんな光景を目にし、はっきりと狼狽えている。


「ジント、ここ……」

「貴方、何をしたのですかっ?」


 ユキノは用心深く辺りを見渡しながら口を開いたが、それを上回る声量でアイシャがニックを問いただした。


「なんだよ……うるせえな! お前は黙っとけ」

「早く言いなさい! 私たちに、一体何をしたのですか!?」


 アイシャが剣を抜こうとする。そのことに音で気づき、ニックは舌打ちをしてから彼女を見た。


「待て、違うんだよ! いや、違うくはねえが……俺が聞いてたのとは……」

「私たちにもわかるように言いなさい!」

「なんで、どこなんだ……ここは……」


 語気を強めてアイシャが答えを引き出そうとする。

 しかしニックは、瞳を震わせながら半ばパニック状態になっていった。


 この様子だと、アイシャが力尽くで話をさせようと実力行使に移りかねない。俺は一度ユキノと目を合わせてから、二人の間に入った。


「おそらく転移の【魔機物スクロール】を使われたんだろう。言葉から察するに父親の待つ場所へ行く予定だったようだが、どういうことだ?」

「転移の、【魔機物スクロール】!?」


 全員に状況を共有できるよう、改めてニックに尋ねる。


 目を見開くユキノの横を離れ、俺が近づくと彼はゆっくりと顔を上げ、何度か口を開けては閉じるを繰り返した。

 アイシャとユキノにも視線をやり、俯いてから話し出す。


「……ああ、そうだ。親父に、そこのアイシャ・グレイスを転移を使って連れてこいって言われたんだよ! ジェオルドの奴と待ってるからってな」

「叔父がッ?」


 俺はやはりと思ったが、アイシャは驚きとともにポカンと口を開けた。


「俺はこの野郎のせいで不合格になっちまって、マジで親父に殺されかねなかったんだよ。全部、駄目になっちまって。だからせめて、役に立てってな! ほら、さっきの学院でなら人混みの中から余裕で近づいて、【魔機物スクロール】を使えただろ!? だがな、ここは……」


 言葉尻が小さくなり、声にならず消えていく。

 アイシャはこの件に叔父が関わっていると知り、呆然としている。ユキノが俺の隣に来ると、ニックに声をかけた。


「やっぱり、ここはあなたも聞かされていない場所なのね」

「──お、俺を何も悪くねえからな! あのままだと、どうなったか……。許されるにはやるしかなかったんだよ!」


 ナーダは、ニックの父親がアイシャの叔父と親密だと言っていた。

 その上でゲームではアイシャの叔父が部下に使わせたものを、ニックが使ったのだ。


 これはアイシャに起きるはずのイベントが早まり、ニックに【魔機物スクロール】を使用する仕事が与えられたと考えるべきだろう。


「申し訳ありません。私の問題に、お二人を巻き込んでしまって……」


 俺たちがアイシャの方を向くと、彼女は深く頭を下げていた。

 責任を感じているようだ。共に歩いていたためニックがアイシャのみを狙うことができず、俺とユキノも転移されることになったからだろう。


「謝る必要なんてないわよ。わたしもジントも、それにアイシャだって被害者じゃない」

「そうだ、気に病まないでくれ。君が一人でここへ飛ばされるよりも、俺たちがいて良かったと考えよう」


 言葉を聞き、アイシャは目を潤ませる。


「ユキノ、ジント。貴方たちは……。ありがとうございます!」


 俺が一瞥すると、ニックは決まりが悪そうに目を逸らした。

 俺は視線をすぐ近くにある壁──と見間違えるほど大きな両開きの石扉に移す。


「この扉……ここはダンジョンのようだな。それも、ボスがいる間の内側だ」


 近づいて押してみるが、扉は鍵がかかっているかのようにびくともしない。この扉は、外からしか開けられないのだ。

 自然を装って俺が状況の説明を進めると、ユキノも扉を押してから現在いる空間の奥を見た。


「たしか、中に人がいたら外からも開けられないのよね……。つまりこの部屋のどこかにいるボスを倒さない限り、わたしたちは帰れない」


 松明の灯りに照らされた空間に、モンスターの姿はない。

 ここのボスは一定の距離まで奥に進むと現れるのだ。


「私は来たことがないのですが、この雰囲気は『骸廃坑道むくろはいこうどう』でしょうか?」

「だろうな、俺とユキノも来たことはないが」


 アイシャは周辺の様子から、どのダンジョンか推測できるだけの知識を持っていたらしい。彼女の予想は当たっている。


 ここは火と水の森の先、【剣庫の洞窟】があった岩山の地下深くにあるダンジョンだ。

 骸廃坑道という名前からもわかる通り、人型の骸骨である『スケルトン』をはじめとする、アンデッド系のモンスターが数多く出現する。


 探索者として活動していないアイシャは、来たことがなくて当然の場所だ。


 しかし、俺たちがまだ来たことがなかったのは実力が十分とは言えなかったからだ。安全を優先するのならば、さらにレベルを上げ技術を磨く必要があると考えていた。


 アイシャは俺とユキノが訪れたことがないとは思っていなかったのか。

 俺の言葉に、重い空気が流れる。


「……とにかく生きて帰られるように、まずはこの部屋を出ましょう」


 ユキノが、すかさず明るい声で言った。


 顔を見れば彼女も恐怖を感じていることはわかる。それでも、気がつけば随分と強い心を持つようになっていたようだ。

 俺と目が合うと、ユキノは固唾を呑みながら頷いた。


「そうだな、考えたところで他に道はない」

「お、俺は戦えねえからな! 武器もねえし……」


 ニックが逃げるように石扉に寄って、ぴたりと背中を付ける。

 俺たち三人はそれぞれ鋭い視線を送るが、彼にはかける言葉もない。


「武器を持っている俺とユキノとアイシャで何とかするぞ」

「はい。今は生き残ることだけを考えましょう。でなければ、せっかく合格した学院にも帰られませんからね。彼のことは、また後で」


 俺が剣を抜くと、アイシャも続く。

 最後にユキノの剣身が燃え盛る松明の炎を反射させたのを見て、俺たちは作戦会議に入った。


 この世界ではダンジョンのボスも再湧出リポップするため、ギルドには情報がある。それを知っていたということにし、俺は出現するモンスターの情報を二人に教えた。


「それじゃあ行くか」


 ユキノたちに声をかけ、石扉の前から奥へ進んでいく。


「ジント、気をつけてね」

「ああ、任せろ。そっちは二人で頼む。信頼しているからな」


 ユキノと言葉を交わし、中央から少し手前まで移動する。あと数歩前に出ればボスが現れるだろうという場所で立ち止まり、俺はゆっくりと深呼吸をした。


 ダンジョン内に出現する他のモンスター同様、ここのボスはアンデッド系だ。

 そのため、召喚術のようなものを使い何度か骨でできた味方を喚び出す。


 レベルが高ければ一人ででも対処は可能だ。

 しかし現状の俺たちではやはり厳しいため、担当を分けユキノとアイシャにそれらを倒してもらうことにした。

 ユキノに、レベルが上がっていないアイシャのサポートをしてもらう形だ。


 そして行動パターンを熟知している俺は、最も危険なボスの相手をする。

 単独で他を気にせず全てをぶつけられる方が勝利の可能性は高い。当然リスクは高いため、この役目は他の二人にやらせるわけにはいかなかった。


 ユキノたちを後ろに残し、俺は一歩、二歩と前に進む。


 ビビアンカがナーダを連れ、無事に扉の外まで来てくれれば良いが。

 そうすればモンスターがひしめく危険な道中を、せめてもの安心とともに命を落とすことなく地上へ戻れるはずだ。


 そんなことを考えながらボスが現れるだろうと考えていた地点までやって来た──が、どこからも敵は出現しない。


 なぜだ、まだ先に進まないといけないのか?

 ゲームでは、この辺りで正面に頭上からボスが落ちて来ていた。

 予想外の出来事に、眉間に力が入る。


 現実では、ゲームと異なる点があることは初めてフレイムウルフと戦った際に学んでいる。変わっていることがあったとしても動転してはならない。


 だが、命懸けの強敵相手に知識というアドバンテージを活かせなければ、勝てる見込みは著しく低下するだろう。


 さらに数歩進み、まだ姿を見せないボスに警戒が跳ね上がる。

 頭上に目を走らせ探すが、松明の灯りが届かない天井付近は暗闇によって見通すことができない。


 ──まさか!?


 予定よりも十歩ほど行ったところで不意に嫌な予感を覚え、俺は振り向いた。

 どこから来ても良いように警戒していたが、それは自分たちだけの話だった。


 ボスが奥側から来るのではないとしたら。

 ユキノとアイシャの後ろ、ニックの頭上に広がる闇の中から腐肉と剥き出しの骨で形作られた蝙蝠こうもりが現れたのを目にし、俺は叫んだ。


「ニック、走ってこっちに来い──ッ」


 ユキノたちも仰天した様子で振り返り、ニックを見ている。

 当の彼は突然呼びかけた俺を睨み、口を開けようとして──落下して来た蝙蝠に押し潰された。


 無意識に助けに向かおうと、気づいた時には走り始めていた。

 少し遅れ、俺と横に並んだあたりでユキノとアイシャも駆け出す。


 だが、その瞬間、蝙蝠が脳を揺らすほどの大きく鋭い金切り声を上げた。

 大気だけでなく地面までもが震え、平衡感覚を失いそうになる。


 地面に伏すニックが見えたからか、それともこれ以上は走れなかったからか。俺たちは同時に足を止めた。


 何かを考えている暇はない。

 横に立つユキノとアイシャの恐怖が伝わる。努めて俺は全ての感情を抑え込み、剣を構えた。


「戦うぞ、二人とも」


 その呼びかけに意味があったのかはわからないが、ユキノたちもすぐに切り替えたように剣を握りしめた。

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