第9話 長期戦

『見切ったか……。詫びよう、お前を弱者と断定したことを』


 一瞬見せた動揺を掻き消すように、騎士が語りかけてくる。

 戦闘中は喋らなかったゲームとは違い、現実では流暢に話すものだ。対峙しているのが石像だということを忘れさせる。


『確かに力はないが、なかなかの切れ物のようだ。だが、そのような攻撃では我には効かぬぞ。その先に勝利はなく、ただあるのは敗北のみ』

「…………」


 頑強な石の体に、それほど大きなダメージを与えられないことは十分に承知している。今は押し切れるだけの火力を持っていない。


 俺の沈黙を受け取った騎士は、今度は大剣を地面に叩きつけた。


 地面付近に発生した魔力の斬撃波が勢いよく飛んでくる。

 それを跳躍することで回避した俺は、右方向へと駆け、相手を中心に円を描くように走った。

 再度叩きつけられた大剣によって、斬撃波が迫ってくる。


 予知していた展開──正確には敵の攻撃を誘導した結果、ゲームと同じ行動に出てきたことを確認し、瞬時に円の中心を目指す。

 二度目のジャンプをしながら、敵に急接近した俺は剣を振った。


 次の攻撃が来るまでのクールタイムは、ほんの一秒ほどだ。

 この短時間で【剣魔術】を発動できる余裕はないため、単純な斬りつけのみで距離を取るしかない。剣は石の体に弾かれたが、この世界にHPの概念がある以上わずかにではあるがダメージは入ったはずだ。


 そのまま駆け抜け、間合いをとる。

 騎士はじっとこちらを見てきた。明らかな警戒と困惑が伝わってくる。


『何故──』


 俺と相手では一撃の重さが全く異なるが、それでも俺が先制攻撃を決めたという事実に変わりはない。


 自らの技は躱され、自分がダメージを負ったことに騎士は衝撃を受けている。

 今度はもう、先ほどまでのように多くを語ることはできないようだ。


 俺は精妙に距離を調整し、手首を回して剣を軽く動かした。

 隙を見せると、最初と同じように大剣を振りかぶった騎士が目視できないほどの速さで切迫してくる。一拍置いて繰り出される横薙ぎを前転で避ける。


 今回は頭上で剣を回転させるように、連続で攻撃があった。

 これに対応するには間を空けるのではなく、詰める必要がある。一気に敵に接近し、大剣と反対側へ通過する。


 すれ違いざまに、この世界に来て最も使い慣れた風系の初級術【アクセル】を応用して攻めに転じる。

 俺は相手の脇腹部分に、生じた風によって加速した剣先を打ちつけた。


 そしてまた、距離を取る。

 集中していたせいで呼吸のリズムが崩れてしまったが、幸いにも再三、技を当てられず警戒を高める相手は追ってこなかった。


 スティルネスナイトが普通攻撃の他に持っている技は、これまでに躱した三つ。剣を振りかぶり一瞬で接近してくる技に、地面を叩き衝撃波を発生させる技、そして大きく剣を回転させる全方位への技だ。


 アップデート直後、新規プレイヤーはこの三つの攻撃に苦戦していた。

 勝利するにはソロであればレベル15以上、パーティであっても全員が最低でもレベル10は必要とされていたほどだ。


 攻撃を避けても、追撃によってダメージを受けることは必至だった。

 さらに相手が攻めてくるタイミングが読みづらいことも、苦戦の一因となっていたらしい。


 そのためプレイヤーは基本的に火力で押し切り、剣を手に入れていた。

 一度クリアしてしまえば、ここは利用できなくなるためそれで良かったのだ。


 しかし当時の俺は剣が欲しくてここに来たわけではない。純粋な新要素への興味からだった。

 俺は持っていた十分すぎるほどのHPを使い、何度も攻撃を受けながら石像の騎士が繰り出す技を分析した。


 そうして最終的に意図して相手の攻撃を誘う間合いと、追撃を念頭に置いた回避法を見つけ出したのだ。


 ダメージを受けなければ少しずつ相手を倒していけば良い。

 回避さえ完璧にできるのなら、たとえレベル1でも長時間かければ倒すことができる。


 だが、この攻略法は攻撃を躱し続けるためにタイミングや角度を調整した上で、何よりも反射神経が重要となる。

 そのため使いこなせるプレイヤーはほとんどいないようだった。


 ゲームでは失敗してもやり直せば良いだけだったが、今は命がかかっている。

 命綱なしの状態で、高所で綱渡りをするくらい危険なことだ。一度のミスも許されない。


 疲労していけば、思考が鈍り判断力が落ちていくだろう。

 初めから長期戦を覚悟してはいたが、安全のためにもさらに間合いを取って息を整える時間を作るべきか。


 相手を誘導する。

 回避、攻撃、回避、攻撃──と集中力を最高潮で維持して戦い続ける。


 なるべく体力を温存させながら戦いを進めていたが、それでも長時間動き続けていると息が上がってきた。回転し続ける脳は熱せられ、肺に痛みが走る。


 気づくと空から入る光は赤くなっており、夕暮れが近いことがわかった。


 戦い始めてから、一体どれだけ時間が経ったのか。

 ただひたすら小さなダメージを積み重ねてきた。敵はあと少しで倒れるはずだが、まだ大剣で猛威を振るってくる。


 石像のモンスターのためか疲れを感じさせず、最初から動きが落ちていない。

 体が重くなってきた俺は、次第に対応が遅れ始め、自分の限界が近いことを感じていた。


 思わず膝を突きそうになるが踏みとどまる。

 相手の追撃のタイミングで攻撃を決め、地を蹴る。


 直感的に、そう何度もこれまでのパターンを繰り返せるほど体力は残っていないと分かった。同時に──次で勝敗が決するとも。


 ようやく敵と同じところまで来れたのだ。すでに、互いに一撃必殺の範囲内。


「……ふぅ」


 全速力で相手から離れる最中、俺は息を吐いてから一気に吸った。

 前に出ていた右足で急停止し、進行方向を一八〇度転回する。


 驚倒する気配が伝わるとともに、スティルネスナイトは頭上から回転させた大剣を真っ直ぐ突き出してきた。


 これが最後になると気づいたのは俺だけではなかったのかもしれない。

 それとも単に動転しているだけなのか。技ではなく、シンプルかつ素早い通常攻撃がグンッと伸びてくる。


 しかし──それは想定していたことだった。


 全ての音が遠のくほどの集中のなか、俺は走りながら体を低くして剣を躱す。

 そして地面の上を勢いのままに滑り、騎士の下へと近づいた。


 剣を力強く握り、低い姿勢から右下から左上に振り上げるように逆袈裟斬りで相手を仕留める。


 硬い石に弾かれることはなく、剣は最後まで振り抜かれた。

 石像が分断される。


『…………我の負けだ。約束通り、剣は全てお前に授けよう』


 どこか清々しいようなスティルネスナイトの声が聞こえる。


 俺が一歩下がり剣を鞘に収めると、騎士はHPの全損──モンスターの死を意味する光の粒子となって散っていった。


 その場には拳大の魔石が残され、音を立てながら奥の壁がスライドしていく。

 現れた狭い空間には、それぞれサイズが異なる三振りの剣が壁にかけられていた。


「なんとか、無事に勝てたな……」


 体力を使い果たしてしまったが、少しでも早く帰らなければならない。

 小休止を取ったら、回収を終えすぐにここを出よう。


 まだまだ自分が弱いことを痛感しつつも、俺はひとまず死線を越え勝利を掴んだことに息をつき、ゆっくりと膝を突いた。

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