第10話 魔機物

 翌日の早朝、俺はユキノと以前に検査を行ってもらった医院を訪れていた。

 時間が早いため院内はしんとしている。


 老齢の女性医師が診断室を出ていくと、簡易ベッドに腰掛けるユキノが部屋の隅を見た。


「ねえ……あれ、ジントの?」

「そうだぞ。昨日はギルドから直接ここに手配を頼みに来たからな。他にもいろいろと手続きが必要だったから、先生が置かせてくれたんだ」


 そこには、俺の装備などがまとめて置かれていた。


 昨晩ギルドに帰還できたのは午後八時を回ってから。

 入手した魔石と剣の買取を済ませ、【魔機物スクロール】の購入に十分な金額が貯まったと判断した俺は直接この医院に向かったのだ。


 時間が遅く本来は日を改めるべきだったが、事情を知る医師は快く対応してくれた。すぐに購入の手続きに入ってくれ、伝手を使い朝方までに仕入れられるよう奔走してくれたのだった。


 俺も同行した方が手続きがスムーズに進むとのことだったので、家には何箇所かの場所を回る途中で寄った。


 その際に確認すると、ユキノは比較的落ち着いた様子だった。

 まずは無事に帰って来たことを喜んでくれたが、俺は事情を説明すると貯金していたほぼ全額を持ってまたすぐに家を出たのだった。


 しかし今こうしてユキノの顔を見ると、一刻も早く治療を受けられるようにして良かったと思う。魔力の暴走により激痛が走っていない時間とはいえ、明らかに以前と比べるとやつれている。


「本当に、お金は大丈夫なの? やっぱり無理したんじゃ……」


 俺が顔を見ていると、ユキノは申し訳なさそうにこっちを見上げた。


「心配するな。俺だって特に怪我はしてないだろう? たしかに多少の無理はしたかもしれないが、そのくらい普段からしてることだ」

「ならいいんだけど……だってまだ数日しか経ってないんだよ」

「モンスターと戦っていたら、運良く過去に隠された良質な剣を発見してな。それに、魔石では比べ物にならないほどの高値が付いたんだ」


 洞窟から持ち帰った剣は、この世界では一振りずつしか存在していない。

 その上ギルドで鑑定されたところ、製作者が有名だったらしくさらに付加価値が生まれたのだ。


「ヴァーダン・トッシュという人物が鍛えた物だったらしい」

「ヴァーダン・トッシュ……?」

「俺もよく知らないが、聞いた話だと少し前までいた名の知れた鍛冶師だそうだ。何しろ、大剣が四七〇万Gにもなったんだからな」


 金額を伝えると、ユキノはそれがいくらであるか考える素振りを見せた。

 体調が優れないこともあり頭がすんなりと受け入れないのだろう。


「……よ、四七〇万っ? じゃあ、あれも……」


 衝撃を受け、ユキノが次に見たのは装備が置かれている部屋の隅だった。


「二つともかなりするだろうな」


 前から俺が使っていた物の他に、二振りの美しい剣がある。

 ゲームでも裏設定があったのかもしれないが、名前さえ聞いたことがない作り手──ヴァーダン・トッシュによる長剣と細剣だ。

 一つあたりの買取額が二〇〇万前後だろうという俺の予想を大きく上回ったため、売らずに手元に残せたのだった。


 ちなみに余りの三〇万Gは、二人の貯金と俺が鎧アリを倒した三日分の稼ぎで補うことができた。

 護剣士スティルネスナイトの魔石を合わせた十万Gほどが残金になっている。


 俺たちがその銀色に輝く洗練されたデザインの剣を見つめていると、扉が開き医師が戻ってきた。


「取って来たわ。これが再構築の【魔機物スクロール】よ」


 手には巻物のような見た目をした機械を持っている。

 金属でできているため、水筒に見えなくもない。


 先駆けて到着していたこれを金庫に入れて厳重に保管していた医師は、俺たちが来たので取りに行ってくれていたのだ。


「それでは早速始めましょうか。ユキノさん、準備はいいかしら?」

「……はい。わたしは、いつでも」


 ユキノは俺とちらっと目を合わせてから、頷いた。


「再構築の魔法は体をあるべき状態にするものよ。あなたが持っている魔力に、体がしっかりと適合するように変えてくれるわ。眩暈がする場合もあるけど、落ち着いて受け入れてちょうだいね」


 医師は最後に説明をして、【魔機物スクロール】をユキノに渡す。

 入れられているのが再構築の魔法の場合は、対象者が自分で発動する必要があるとのことだった。使い方はすでに説明されている。


魔機物スクロール】は実際に目の前にすると画面で見ていたよりも大きく感じた。

 ユキノは両手で端と端を握ると、ごくりと喉を動かしてから言った。


「じゃあ……いきます」


 左右の手を逆方向に回す。

 ガチャンと音がした瞬間、【魔機物スクロール】は唸りを上げて光を放ち始めた。


 光は渦となり、ユキノを覆う。いつもは体内でしか感じられない魔力が部屋中に充満しており、体の輪郭を見失ってしまいそうだ。


 渦の隙間から見えたユキノは、同じように光り輝いていた。

 白く発光していてはっきりとは視認できないが、長い髪がふわりと浮かび上がり、着ていた服がなくなっている。

 一糸纏わぬ姿で、ありのままのボディーラインが描かれていた。


 その神秘的な美しさに目を奪われているうちに、渦は消え光が収まっていく。

 十秒もすると、最後には部屋を漂っていた魔力の残滓も感じ取れなくなった。


 気がつくとユキノの髪は重力に従い、衣服も元に戻っている。


「どうだ、ユキノ?」


 堪らず俺が訊くと、彼女は閉じていた目を開けた。


「頭が痛くない……。すごい、本当に……治ってる!」


 ぼうっと一点を見つめた後、ユキノは顔を上げて目を丸くしている。

 たしかに俺の目から見ても顔色が良くなっているように思う。再構築の魔法……人智を超えた凄まじい効果だ。


 ここ数日は見ることができなかった笑顔に、肩の力が抜ける。


「良か──」

「ジントっ!」


 俺が声をかけながら椅子にでも腰を下ろそうかとしていると、ユキノが勢いよく立ち上がって抱きついて来た。


「本当に、ありがとう! わたしのために頑張ってくれて……助けてくれてっ。正直わたしは勝手に諦めかけていたんだけど、ジントが信じろって言ってくれて……」


 いきなり飛びつかれた俺が驚くよりも先に、ユキノの声に嗚咽が混じり始めた。


「ごめんね。もっと伝えないことがあるんだけど……ダメだな、わたし。なんて言えばいいのかわからないよ……」

「大丈夫だ、ちゃんと伝わってるぞ」


 顔を押し付けてくるユキノの頭を撫でる。


 実際に走る痛みだけでなく、死が迫っていると知って精神的な辛さも相当あっただろう。きっと経験した者にしかわからない苦しさがあったはずだ。


 なるべく俺に心配させないよう、小さな痛みは我慢し気丈に振る舞っていることは知っていた。

 押し込み続け、ようやく解放されたユキノの感情を受け止める。


「……先生も、この度は本当にありがとうございました。深く感謝します」

「……ありがとう、ございました!」


 しばらくして俺が頭を下げると、ユキノも離れて限界まで体を曲げた深いお辞儀をした。


「いえいえ。私はただ、お手伝いをしたまでよ。今回はお二人がそれぞれ頑張ったから、こうやって今があるの」


 微笑ましげに俺たちを見守っていた医師は、そう言うと部屋の外に足を向ける。


「落ち着くまで、もう少しゆっくりするといいわ。お茶でも出すわね」


 そして、部屋を出ていった。

 ベッドの上に置かれたままの【魔機物スクロール】は縦に割れたような状態になっており、中にあるネジなどの細かな部品が露になっている。


 高い価値を誇っていたのは保存されていた偉大な過去の魔法そのものだ。

 この機械自体──特に使用後の割れた状態では、あくまでガラクタに過ぎない。


 部屋の隅にある新たな二つの剣を手に取り、俺は細剣をユキノに差し出した。


「これはお前が使ってくれ。こっちは、俺が」


 長剣を持ち上げて示す。

 ユキノは受け取った細剣をじっと見てから、目の周りを赤くしたまま笑った。

 俺の中に金銭的な余裕のために売るという手段がないことは、彼女が一番よく理解していたらしい。


「うん! 任せて、ジント」


 なんとかユキノは危機を脱した。

 今回の一件により、俺も学院に行くかについての返事は形になりつつあった。

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