第8話 剣庫の洞窟

 火と水の森を抜けた先に、巨大な岩山がある。

 岩間を進むと坑道へと繋がり、最奥にボスが待つダンジョンが広がっていた。


 岩山の外縁部には、地上からは確認することができない小さな洞窟が存在した。ゲームにおいて、一度目の大型アップデートで追加されたスポットだ。


 洞窟にいる番人を倒すことで、プレイヤーたちは序盤から中盤にかけて役に立つ剣を入手することができた。

 この剣は低レベル帯が手に入れられた従来の物よりも性能が高く、新規プレイヤーの成長を促進する目的があったのだと俺は考えている。


 導入当時、俺はすでに一級品の剣を所有していた。

 だが新たな要素を全て体験していたため、ここも挑戦しクリアしたものだ。

 推奨レベルを大きく上回っていたので緊張感は少しもなかったが。


「……ここだな」


 ゲームと同じように岩肌の窪みを足場にし、登っていくと洞窟に辿り着いた。

 後ろを見下ろすと、ここまで歩いてきた森が数キロメートルに渡って続いている。


 周囲への警戒に重きを置き、移動中の戦闘を避けられたのは僥倖だった。

 著しく体力を消耗した場合は途中で引き返すことも視野に入れていたのだ。時間はかかってしまったが、滞ることなく一度で来れたのは最良の結果と言えるだろう。


 洞窟入り口の横には、平らに削られた壁に文字が刻まれていた。


「【剣庫の洞窟】──力ある者に、求める剣を授けよう。但し、命が惜しくばこの先入るべからず」


 文字の上に手を滑らせ、読み上げる。

 記憶にある文言と違いがないことを確認してから俺は洞窟の中へと入った。


 壁や天井は楕円を描き不揃いだが、地面は整えられている。

 薄暗い道を少し進むと、開けた空間に出た。バスケットボールのコート一面分ほどの広さだ。


 天井がなくなり、上に目を向けると切り取られたような空があった。光が大きな筋となって差し込んでいる。


 不思議と風がなく、物音はしない。

 静謐な空間の奥には、中央に美しくも荘厳な騎士の姿をした石像があった。

 ほんの僅かに光を浴びながら、影の中で高潔さとともに佇んでいる。


 あれが護剣士スティルネスナイト──この剣庫の洞窟の守護者である、レベル15相当の敵だ。分類上はモンスターとなっている。


 プレイヤーが使う主人公でさえ、単独で撃破するには最低でもレベル10である必要があるとされていた。

 もちろんプレイスキルには不足がないと前提した上でだ。


 それが主人公よりも元の才能の時点で劣っている俺が、たったレベル5で挑むのだから、どれだけ厳しい戦いになるかは想像に難くはない。


 正直なところもう少しレベルを上げて挑戦したかったが、俺は先日レベルアップしたばかりだ。

 レベル5からは一段と次のレベルまでに必要な経験値が多くなることもあり、分相応なモンスターを倒して回る時間的な余裕はないと判断したのだった。


 剣を抜いた俺が空間の中央付近まで進むと、石像の目元にあたる兜の部分が光を放った。そして低い音を鳴らしながら、騎士は命が宿ったように動き出した。


 次第に動作が滑らかになっていく。

 最終的にスティルネスナイトは、手に持っていた二メートル前後の大剣を構え前に出てきたのだった。


『お前は剣を望むか』


 俺から距離を置いて静止すると、そう問いかける声が聞こえてきた。

 人間のものと判別ができないほどリアルな、落ち着いた男性の声だ。決して大きく張られているわけではないが、よく通っており聞き取りやすい。


『我と手合わせし、勝利した暁には希望した物を授けよう。だが、挑戦すると言うのならば二度と引けぬぞ』

「ああ、わかった。それでも挑ませてもらおう」


 ゲームでされたものと同じ問いに答える。


『……そうか。我を造ったある御方が鍛えた、この世に類を見ぬ三振りの至宝だ。大剣、長剣、細剣……ではどれを選ぶ。装備から察するに、長剣か?』

「なっ」


 しかし続いた言葉に俺は耳を疑った。今、俺の装備を見て──


『どうかしたのか。やはり辞すると言うのなら、ここから去るがいい。十数年待った初の挑戦者だが一向に構わん』

「……いや、去りはしない。このまま挑戦しよう。だが……」

『だが、どうした。何を選ぶか答えよ』


 ゲームでは、決まった問いの後にこちらがどの武器にするか選択するだけだったのだ。それが今はゲームではなかったセリフまで発していた。


 現実となったこの世界では、命令に従いただ守護しているわけではないのか。

 何にせよこの番人には知性があるようだ。


 それにこの場所が作られてから、俺が最初の来訪者となったらしい。

 受けた衝撃を飲み込み、俺は一瞬の閃きで答えた。


「──三つあるというのなら、全てを選ぼう」


 三種類の剣から一つを選び、入手後は石像が反応しなくなったゲームとは違う。選択するのではなく会話が可能なら、一度試さないわけにはいかなかった。


 現実では誰かに持っていかれてしまった剣は、補充されることはない。

 ならば三つ残っているうちに、一度で全てもらっておきたいものだ。


 元々は倒すことで手に入る剣と魔石を売り、ユキノの魔機物を買おうと考えていたのだが、それで五〇〇万Gに届くかはまだわからないのだ。

 買取金額のゲーム時代との差は、およそ一・五倍。物によって変動がある。


 不足分を他の手段でどうにかできるとしても、残った二つの剣はどちらにせよ今後有用に使えることだろう。


『はっ、変わった男だ。良いだろう。御方からは我が授ける相手の選定を一任されている』


 騎士は俺が持ちかけた選択を許可すると、突然威圧感を膨れ上がらせた。


『だが、全てを渡すとなると身の心配をすることはない。我は命を賭して全身全霊で剣を振るうが……問題はないか』

「なるほど、そうか。別に何も問題はないぞ。どちらにしろ俺が勝たない限り──殺すつもりなんだろ?」


 そもそもこの石像は、破壊されたとしても復元される。

 残りの剣がない場合は廃棄になるのかもしれないが、身の心配をしたところで戦いが易しくなることはないはずだ。


 俺だけが命を賭けていた戦いが、両者のものになったにすぎない。


『やはりお前は、どこか普通ではないようだな。見たところ弱者に違いはないようだが……。では始めよう』


 騎士の言葉に合わせて、互いに剣先を相手に向ける。

 大剣から繰り出される一撃は重く、まともに受ければそれで今の俺は尽き果てるかもしれない。圧倒的不利な状況であることは、どうしようもない事実だ。


 しかし、ユキノが待っている。

 彼女を死なせないために、俺は勝って、生きて帰るのだ。


 張り詰めた空気に動きがあった。

 そう感じた瞬間、大きく後ろに剣を振りかぶった騎士の姿が消え──気がつくと、目と鼻の先まで接近されていた。


『残念だ。強くなったお前と戦いたかった』


 よく通る声で言われた、石像の騎士の言葉が俺の耳に届いた。

 ワンテンポ置き、大剣が空を切る音を残して振り抜かれる。


「……まったく同感だ。俺もここへは、もう少し強くなってから来たかった」

『なんだと──』


 だが、その行動を先読みしていた俺は、大剣を斜め前への前転で躱し反撃に踏み込んでいた。

 護剣士スティルネスナイトは驚愕した様子だったが、さすがの反射速度を見せ防御に剣を間に合わせる。


 互いの剣がぶつかり合い、鋭い音が鳴り響く。

 力で押し負け、弾かれた俺は後方に飛ばされた。


 上手く反撃に出たとはいえ、攻撃は通らず危険な状況に変わりはない。

 しかし体勢を立て直し、そこで俺は安堵する。


 攻撃時の予備動作はゲームと同じだ。他の技もあるが、これなら勝機を見出せるかもしれない。


 なぜなら、アップデート後にいち早くこの場所へ挑戦し、全プレイヤーの中で唯一プレイスキルのみで対応できる攻略法を見つけ出した人物がいたからだ。


 そしてそれは──まさに、他でもない俺のことだった。

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