第5話 避けたい関わり

 精神的に随分と疲労したため、俺たちはそのまま基地に戻った。

 ランドマークである大きな機械仕掛けの時計が目に入る。


 ──午後三時過ぎ。


 少し早いが、転移門を通ってセントラルに帰還する。


 この時代では転移という大それた魔法はすでに失われており、門で使われているのは過去の遺物に過ぎない。

 その効果を維持し、恒常的に発動させるために門上部には回転する歯車がいくつかあった。あの動力が、転移門を今もなお動かしているのだそうだ。


 ガタガタと歯車が回る門をくぐると、ランタンの灯りに照らされた建物内に出た。西部劇を思わせる木目調の景色だ。


「無事に戻ってきたな」

「今日は本当にいろいろあったね……」


 今朝も訪れた場所に帰ってきたせいか、肩の力が抜ける。


 この場所は探索者組合、通称ギルドの支部のうちの一つ。

 魔石やアイテムの買取などを行ってくれ、探索者たちはセントラルにある最寄りの支部を利用している。


 ちなみに全ての支部に転移門はあり、ギルドからは望めばどのフィールドにも行くことができる。

 ただし、帰ってこられるのは出発した支部へのみという仕組みになっていた。


「そうだ。まだ人も少ないみたいだし、せっかくだからレベルの確認でもしない?」

「レベルか……」

「今日はあれだけ倒したんだから、絶対にレベルアップしてるよ」


 ユキノに、隅にある試着室のようなスペースに連れていかれる。

 腰から胸くらいの高さにあるスイングドアを開け中に入ると、鉄製の台が置かれていた。


 ゲームとは違い、この世界に細かなステータスは存在しない。

 だが、大まかな強さの指標としてレベルの概念はある。レベルアップすることで、現実的なトレーニングの他にもそれぞれに合った形で、各種ステータス値が自動で上がっていくのだ。


 この台は、そのレベルを測定する際に使用する特殊な道具らしい。

 俺の記憶にあるのはそこまでだった。どのように使用し、強さが数値化されるのかについては思い出せずにいる。


「じゃあ、わたしから」


 ユキノが台の上に手を置く。

 興味深く見ていると、彼女の手の甲に水色の光で数字が浮かび上がった。


「やっぱりっ。ほら、レベル3に上がってる!」


 俺の方にも掲げて見せてくれるが、光の『3』はすぐに薄くなり消えていく。


 どうやら台に触れると手の甲にレベルが表示され、離すと消える構造になっているようだ。理屈はわからないが、シンプルでわかりやすい。


「ジントはどう?」

「俺は……一緒だな、レベル3だ」


 同じように俺も台に手を乗せると、数字が現れた。


「やったね、二人ともレベルアップできてるじゃない! きっと今日で一気に経験値が溜まったんだよ。三ヶ月くらい? また前回と同じくらいで上がったんだから」


 ユキノの反応を見る限り、俺も今日でレベルが上がったみたいだ。

 喜ばしいことだが、三ヶ月を二回──半年やってまだレベル3かとも思わずにはいられない。


 確かにレベルは上にいくにつれて、次までに必要な経験値の量が増えていく。

 それでもゲームでは、俺は発売から一年でレベル94だったのだ。トッププレイヤーの中には三桁に到達する者もいた。


 半年かけ、ようやくレベル3。

 これは昨日までの俺たちが、いかに能力が低かったか窺える結果だ。

 いくら強くなると思ったところで、道は険しく、まだまだ先は長い。


「……引き続き頑張らないとな」

「あ、え? ……あ、あはは。そうだよね。なんか、わたしばっかり浮かれちゃって、ごめん」


 決意を固めていると、ユキノが申し訳なさそうに笑った。


「ジントがいろいろ考えてくれてるんだから、わたしも気を抜かずに努力しないと……!」

「いや、勘違いさせてすまなかったな。考え事をしていただけだ。普通に喜んでもいいんだぞ」


 両手をぐっと握って意欲に燃えるユキノの頭を撫でる。

 自然と出てしまったその動作に、過去からの自分──ジントと彼女の距離感を改めて感じる。同い年だが、妹のように思っていたのかもしれない。


「あとは素材を売って、今日の晩は昼の休憩中に出た物でも食べに行こう」

「ジント……。うん、そうだね」


 スイングドアの外に出て、ギルド内にある買取所へ向かう。

 朝来た時よりも人がまばらな受付の前を横切っていると、机や椅子がいくつか置かれた角の休憩スペースから声が聞こえてきた。


「──なあ聞いたぜ。ニック、おめぇ推薦入学が決まったんだろ!?」

「ああ。正確にはまだここでやる、教員との顔合わせが残ってはいるがな」

「すげぇ……この街から学院生様どころか、推薦入学者が出るなんてよ!」


 ふと会話が気になり、足を止めて視線を向ける。

 そして、俺はそこにいた人物の顔を見て衝撃を受けた。


 だらしなく椅子に座り、机に足を乗せている金髪の少年。

 ニックと呼ばれた吊り目が印象的な彼が、【ラスティ・マジック】において学院で登場する準主要級のキャラクターだったからだ。


 ジントのような完全なモブではない。メインストーリーの序盤でライバルのような立ち位置にある同級生で、最初の越えるべき壁である。


 たしか有力者の息子で、コネで推薦入学をしたという設定だったが……まさか元から探索者活動をしていたとは。


「どうしたの、ジント?」

「あ、ああ。なんでもない」


 いきなり立ち止まり不思議に思われたのか、ユキノに声をかけられる。


 いつかはストーリーに関わるキャラクターを見るときがあるとは思っていた。

 しかし、ここまでの衝撃があるとは想像もしなかった。一気にゲームをしていた時の感覚に戻り、現実感が薄くなる。


 大声で話し注目を集め、学院入学を自慢げにしているニックからぼんやりと視線を外し、俺はユキノと一緒に買取所に行った。


 職員とのやり取りをユキノに任せ、隣で待っていると、


「すごいじゃないですか、今日はこんなに!」


 対応をしてくれた女性が嬉しそうに声を上げた。


「あはは、ありがとうございます」


 今日の戦果を褒めてくれた職員に、ユキノが照れながら会釈している。


 収入は二人で、一万五〇〇G。フレイムウルフの魔石は鎧アリ四体分になった。

 昨日までと比較すると、今日だけで普段の五日分以上を稼いだということになる。


「ん? あいつら、たしか期待できなさそうな新人だったよな?」

「おい、あれ。駆け出しなのにもうフレイムウルフを倒したみたいだぞ……」


 職員の声が聞こえ、現在ギルドにいる探索者のうち、決して少なくない割合が俺たちに注目を向けてくる。

 中には買取所の近くまで来て、ざわざわと言葉を交わす者の姿もあった。先ほどまでニックと話していた人物だ。


 気になって残されたニックの方を見る。

 すると、こちらを睨む彼と目が合った。自分の注目を奪われたような形になり、腹を立たせてしまったのだろう。


「ユキノ、そろそろ帰ろう」


 登場人物たちと深く関わり、万が一メインストーリーに何らかの影響を与えてしまっては困る。小さな変化が、世界の今後を大きく変えかねない。

 そのため俺は、ユキノに声をかけて速やかにギルドを後にした。


 だが、その夜。

 夕食は普段から前を通るだけで食べられなかったラーメンにしようと決まり、近所にある屋台に行った際──ユキノが、こんな提案をしてきたのだった。


「ねえ。帰りのギルドでジントも見てたから、興味があるのかなぁって思ったんだけど……わたしたちも学院の試験、受けてみない?」


 コップに入った水を飲んでいた俺は、咳き込みそうになった。


 メインストーリーの舞台へ行かないか、という登場人物たちと関わるどころではない誘いに、反射的にユキノの顔を見る。

 そんな俺の目に映ったのは、真剣な表情を浮かべる彼女の横顔だった。

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