第6話 提案

「ジントだったら入れるよ、きっと。わたしは……不安だけど頑張ってみるし」


 ユキノが、顔色を窺うように俺を見てくる。


「どう、かな?」

「……そうだな。ユキノは前から学院に興味があったのか?」

「うん、実は少しだけ。でも、生活費を稼ぐだけで目一杯だったから、無理かなとは思っていたんだけどね。わたしの力量のなさもあって」


 俯きかけた彼女がもう一度顔を上げると、真っ直ぐと目が合った。


「だけど今日、今までにない結果を出せて、レベルもようやく上がったから。もしかしたらって、全部ジントのおかげなのに思っちゃって」


 ユキノが学院に行きたがっているような様子は、ジントの記憶にはなかった。

 全く実現しそうにない夢だったからか、話題にすることもなかったのだろう。それが今日を経て、変化したというわけか。


「なるほどな……」


 俺の声音に、ユキノは学院入学に乗り気ではなかったのだと察したらしい。

 自分のコップを両手で包むように持つと、閉口した。


 冷たい夜風に当たり、鼻先や耳が赤くなっているユキノに切り出す。


「一応確認なんだが、この辺りでということは【第三探索学院】に行きたいってことだよな?」

「そうだね。もしも試験に受かれても、引っ越さずに今の家からも通えるから。それに聞いた話だと、第三以外の校風はわたしには合わないだろうし」


 答えがわかりきった上でした質問のつもりだったが、それぞれの学院の校風まで知っているとは予想外だった。


 城塞都市【セントラル】には、三つの探索学院が存在している。

 全て中央から三番目のC層にあり、ドーナッツ型になっている階層の北部に第一が、西部に第二が、東部に第三があるという位置関係だった。


 そのうちゲームで主人公たちが通っていたのが第三学院だ。


「校風か。それぞれの学院によって理想とする生徒が違う──とも聞くからな」

「第三は比較的自由で、いろんな人がいるらしいよ。貴族か平民かとか、身分の差は関係ないんだって」

「学院生活の中で、自主的に優秀になった探索者を輩出するためだな」


 探索学院とは、優れた探索者を育成するための教育機関だ。

 卒業生は現在の俺たちのような半ば素人ではなく、フィールドの第一線に立ち、未開拓地に挑むのだ。学院を出れば、エリートとして探索者組合などからの扱いも大いに変わる。


 俺たちが学院の話をしていると、屋台の主人がどんぶりを持ってきた。


「へい、お待ち。豚骨二丁」


 目の前にラーメンが置かれると、勢いよく立ち昇る湯気とともに濃厚な豚骨スープの香りが鼻孔をくすぐった。

 寡黙そうな店主は再び調理に戻る。


 俺とユキノは筒に入ったフォークを手に取ってから、冷えた体に沁みるラーメンを食べ始めた。


「美味しいね」

「ああ」


 この世界では箸が一般的ではないため、フォークでのラーメンに手こずりながら食べ進めていく。

 しばらくすると、ふぅふぅと麺を冷ましながら不意にユキノが言った。


「──なんかジント、変わったよね」


 その言葉に、手が止まる。


「……変わった、か?」

「うん。心の深いところは前と一緒な気がするけど、やる気に燃えてるっていうか全力っていうか。何か目標でもできたの?」

「なんだ……そういうことか。たしかに目標はできたな」


 人間としての本質が変わった気はしていない。

 しかし前世の記憶が蘇り、この世界で力をつけるという明確な目標ができた。


 一瞬、何を言われるのかと身構えてしまったが、そんな変化までわかるのかと素直に感心してしまう。


「やっぱり。いいことじゃない、顔つきも明るくなって」

「顔つきが、変わったか」

「うん。最近はどこか疲れてる感じだったからね。でも、わたしは今みたいなジントの方が好きかな」


 ラーメンを食べながら、途切れ途切れに話す。


 フレイムウルフを倒した後も、ユキノは今まで何も質問をしてこなかった。

 それは、昨日までの俺との変化に気がついていないわけではなかったらしい。気になることがありつつも、何と尋ねようか悩んでいたのだろう。


 今のは言外に、これ以上の詮索は必要としないと伝えているのかもしれない。


 俺たちはラーメンを食べ終えると、会計を済ませて屋台を出た。

 家路の途中、人通りの少ない路地を歩いていると、隣にいたユキノが俺を見つめてきた。


「……でね、さっきの話だけど。わたしも頑張ろうとしてるジントを見て思ったんだ。チャンスがあるんだから、学院に入って立派な探索者を目指したいって。ちゃんと、全力で生きてみたいって」


 正直な想いを語り、街灯に光る瞳が小さく震えているような気がする。

 ユキノは白い息を吐きながら、寂しそうに微笑んだ。


「もしジントの目標も近い場所にあるんだったら、わたしは二人で学院に行って、これからも支え合えたらって思ってる。だって、わたしたちは家族だから」


 彼女の心は、もう決まっているみたいだ。

 ゲームではいなかったユキノが学院に行ったら、必ずストーリーに変化が生じてしまうだろう。


 だが、本人の意志を止めることはできない。

 そもそもこの世代の学院には危険が溢れているとはいえ、それでも今後のことを考えれば学院に行き強くなろうとすることは間違いではないのだ。


 たとえばメインストーリーから現実が逸れていったとしよう。

 それでもやがて俺たちの行動に関係なく、都市外から押し寄せてくる危険なイベントも待っている。


 ユキノが学院を目指すのなら、いっそのこと俺も行くべきなのか。

 頭を悩ましてから、現状における返答を嘘偽りなく伝える。


「……ユキノが試験の準備のために必要なことは手伝うが、俺の返事はもう少しだけ待ってくれないか? もちろん、前向きに考えておくが」


 ゲームは主人公が推薦入学を果たしたところからのスタートだった。そのため試験内容を詳しく覚えているわけではない。

 しかし、たしか簡単な筆記試験と、実技試験があると話していたキャラクターがいたはずだ。


 俺たちの資質から総合的に判断すると、最低でもレベル5程度にはなっておかないと実技試験の突破は難しいだろう。


 最終的な決断は先延ばしにしてしまったが、目標とやるべきことは定まった。

 レベルを上げ、筆記試験に向けた学習を進めていく。


 ひとまずの返事を聞いたユキノは、弾けるような笑みを浮かべていた。

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