第4話 連携技

 昼の休憩までに二人で計十三体の鎧アリを撃破した。

 自分に適していない重さの剣を使っているユキノに不安はあったが、センスが良かったのでそれも杞憂に終わった。


「ねえジント、もう四日分以上の成果だよ!」


 森近くの丘の斜面に腰を下ろすと、ユキノが俺の腰に下げていた袋を開ける。

 中には魔石の他に、湾曲した黒い小さな板が入っていた。


「ドロップアイテムが三個か。全部で六〇〇〇Gくらいか?」

「いや、魔石が全部で六五〇〇Gくらいになって、鎧アリの甲殻が……三つでたしか二〇〇〇Gかな。だから八五〇〇G前後ね」


 ドロップアイテムとは、モンスターを倒した際に一定の確率で手に入る物のことだ。今回はゲームと同じ二十五パーセントほどで、甲殻が魔石と共に残った。


 八五〇〇Gか、と俺はユキノの言葉を聞いて意外に思う。

 ゲーム内で鎧アリを倒した時よりも実入りが良い。


 この世界ではモンスターから産出される物の需要が高いということだろうか。

 といっても二人で四日分の収入にしては、少額に違いないが。


「この調子で頑張れたら少しずつは貯金できるかな? そうしたらジントが言ってくれたわたしの剣だけでじゃなくて、二人の防具とかも買ったりして。ゆっくりだけど、成長していけたらいいね」


 ユキノは生活が向上した未来を見るように、目を輝かせている。

 

「まあ……まだしばらくは、お昼はこれで我慢だけど」


 そう言って袋から取り出したのは、手のひらサイズの物体だった。

 アルミホイルに巻かれたブロック型のそれを「はい」と渡される。


「ありがとう。その分、夜の食事はグレードアップしてもいいんじゃないか?」

「たしかにそうね。いつも同じ物ばかりだったから、夜くらいは美味しい物を食べたいかも」


 アルミホイルを開くと、ショートブレッドが三本入っていた。

 序盤でさえ回復に効果があるのか怪しいラインだった、携帯食バーと呼ばれていた最安値の食料だ。食べてみるが想像以上に固く、味がない。


「ジントは何がいい? 今日の夜」

「俺か、そうだな──」


 夕食に思いを馳せながら、俺たちは口内の水分を奪う携帯食を平らげた。


 休憩を終え、午後の討伐を始める。

 安全のため昼食中に周囲を見渡していたところ、遠くに鎧アリが現れたのが見えた。地面から浮かび上がった光が怪物と化していたのだ。


 この世界でも、ゲーム同様にモンスターは湧出ポップするらしい。

 ゲーム内ではかつて世界にかけられた呪いが、モンスターが産まれてくる原因という設定だった。しかし世界が現実のものとなり、設定は歴史に変わったのかもしれない。


「ユキノ、まずはあいつを倒しに行こう」


 コンボをマスターすれば戦闘時間は最短で済む。

 時間がかかるのは、敵の発見と移動だった。


 そのため少し距離はあるが、休憩中に見つけたアリの下へ行こうと提案する。


「うん。今日の目標は、まずは……」


 しかし歩き出そうというところで、ユキノの声が途切れた。


「……どうかしたか?」

「…………ジ、ジント。あそこ……」


 彼女がその細い指を震わせながらさした方向に目を向ける。


 すると俺の後方──森に沿って先に行った場所に、燃えるように赤い毛を逆立てる狼の姿があった。

 口元に火の粉をちらつかせながら、こちらを凝視している。


 あのモンスターがなぜ草原にいるのか、頭が混乱する。


 出現するエリアは森の中だったはずだ。

 いずれ戦おうとは思っていたが、今日はまだその時ではない。


 そう考えると同時に、すぐに現実でなら湧出ポップしたエリアの近くに移動することがありえるのではないかと閃き、心が静まっていく。


「フレイムウルフ、だよね……?」


 ユキノが掠れた声でモンスターの名前を口にする。

 その時、狼が俺たちを目指して走り出した。深い絶望に染まった表情をしているユキノに腕を掴まれる。


「ど、どうしようっ。早く、逃げないと!」

「……いや、俺たちの足の速さだと追い付かれる。ユキノ、ここは二人で協力して戦おう」

「でも、わたしたちの実力じゃ……。ほとんどの探索者が、一年は力をつけてから戦う相手なんだよっ?」


 一年もかけてとは、一体どういうことだ。

 フレイムウルフといえば鎧アリの次にあたる敵のはずなのだが──


「……なるほど、そういうことか」


 違和感の正体に気づき、言葉が口を出る。

 つい見逃してしまっていたが、最大のゲームと現実の違いはこれだったのだ。


 現実での命は当たり前に一つで、死んでしまえば全てが終わる。

 そのため冒せる危険も、興味本位で踏み入れられる挑戦も自ずと小さくなる。

 さらに現実では食事や睡眠が必要とする時間も多いため、モンスターと戦える時間も少なくなるのだ。


 鎧アリから得られる額が大きかったのも、この世界の探索者のレベルがそこまで高くなく、良い魔石などの供給量が少ないためかもしれない。


 つまり、俺の知識は他の人物では得難いレベルに至っている可能性があった。

 有効活用しない手はないだろう。


「ユキノ、落ち着いて聞いてくれ。おそらく気になることや聞きたいことが山ほど出るかもしれないが、今は俺を信じて力を貸してくれないか? 指示は出す」


 ちらりと狼との距離を確認すると、まだ余裕はあるがそろそろ危険な位置に迫っていた。これ以上接近されては、分が悪い勝負になるかもしれない。


 ユキノがぎゅっと力強く瞼を閉じる。

 信じてしばらく待っていると、彼女は掴んでいた俺の腕を離した。


「わかった……信じるよ。逃げられないなら戦わないとね」

「そうだな。大丈夫だ、勝てる見込みはある。とにかくついてきてくれ!」


 不安から一転、ユキノの覚悟した目を見てから俺は駆け出した。

 最も近い場所から、森の中へ入っていく。念のため遠目からも確かめてはいたが、視界内にモンスターはいない。


 迷いのない足取りに、初めての相手に対しあるという作戦。

 ユキノに不審に思われることは織り込み済みの行動だ。


 記憶にあるマップを思い浮かべながら、俺はユキノを連れて走り続けた。そのさらに後ろに見えるフレイムウルフが、じわりじわりと距離を詰めてくる。

 この『火と水の森』という名前の火の部分は、フレイムウルフのことを指している。


 そして、それは要するに──水を担うものも存在しているということだ。


 いきなり視界が開けたと思うと、森の中に湖が現れた。

 俺たちが出たのは、湖に面した崖の上。遠くには水飛沫を上げる滝なども見える。


「ユキノは右手から崖の下に行って、俺が合図したらヤツに【アクアバッシュ】を当て続けるんだ」

「わかった! でも、ジントは……っ?」

「俺はヤツを引きつけて湖に落ちる!」


 えっ、と顔だけを振り向かせるユキノが坂を全速力で下っていく。


 残された俺は来た道を見つめ、森を滑るように迫ってくる狼に剣を向けた。

 果たしてうまくいくのか、自分にもわからない。

 何しろゲーム内ではソロで活動していた俺は、しっかりと実力をつけた上でフレイムウルフと正面対決したことしかないのだ。


 だが、今のレベルでそれができるかというと答えは否だ。

 ジントとしての能力は、まだプレイ開始直後の主人公にも満たない。


「そのまま、かかってこい……」


 行うのは、動画サイトで見たことがある、初期状態のキャラ二人で協力しフレイムウルフを倒す方法だ。


 崖から飛び降りるだけでは、相手が足を止めてしまうかもしれない。

 可能な限り敵の視野が狭くなるよう、俺は剣を振って応戦の姿勢を見せた。


 フレイムウルフが跳躍し、喉笛に噛みつこうと灼熱の牙をあらわにする。


 タイミングが早く空振った剣に──俺は記憶にある動画通り、そこで【アクセル】を発動させ、風を巻き起こした。体が反転して後ろを向く。


 そのまま崖の向こうへと引っ張られる俺を追うように、続くフレイムウルフ。

 気がついた時にはもう地面はなく、両者揃って湖に向かって落下していた。


「──ユキノッ、今だ!」


 水面に触れる直前、待機していたユキノを視界の端に捉えた俺は叫んだ。

 落下の衝撃の向こうで、キャンッ、とフレイムウルフの間抜けな声が聞こえた気がした。


 速やかに泳ぎ、ユキノがいる湖畔へと急ぐ。


 彼女は指示通り、剣先からバケツ一杯ほどの水を勢いよく飛ばす初級術【アクアバッシュ】を連発していた。


 水が弱点のフレイムウルフを湖に落とし、さらに水を浴びせ続け攻撃する。これが実力が劣っている状態でも、このモンスターを倒せる連携技だった。


 息が上がってしまっていたが、休むことなく俺も加わって攻撃を重ねると、すぐに水中で光の粒子が弾けたのが見えた。


「ハァ、ハァ……。ユキノ、やったな。完璧な連携だ」

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