第3話 常識だった攻略法
夜が明けて朝方。
俺とユキノは、モンスターを倒しに草原に来ていた。
ゲームでも初心者が最初に行くことになっていた『はじまりの草原』と呼ばれるフィールドだ。青空の下には、丘が点在し起伏のある大地が広がっている。
高地にある【セントラル】からは、
ゲームと同じ設定ではあったが、実際に経験してみると不思議な感覚だった。
基地内には想像していたよりも多く、装備を身につけた人々の姿がある。
俺たちと同じ、都市外でのモンスター討伐などで収入を得ている探索者と呼ばれる同業者たちだ。
「よーし。それじゃあジント、いつもの場所に行きましょうか」
気合を入れるユキノに促され、基地を出て普段から主な狩場としているポイントに移動する。昨日までの記憶が曖昧なため、俺は自然な流れで彼女に先導してもらうことにした。
「……実際に見ると、一段と綺麗だな」
モンスターがいる危険地帯とはいえ、人の手が入っていない雄大な自然だ。
現実となったその光景に思わず見惚れ、言葉にするとユキノが振り向いた。
「ん、何か言った?」
「い、いや、何でもない。気にしないでくれ。……それよりもその剣、扱いにくかったりはしないのか?」
とっさに話題を変える。
ユキノは身につけている装備を見下ろして、首を捻った。
「どうだろう。わたしにはやっぱり少し重いかな」
「そうだよな……。俺がちょうどいいくらいだから、ユキノにはもっと軽い剣が合うと思ったんだ」
「あーでもほら、他の剣が高かったの忘れちゃったの? 最近は慣れてきたし、わたしなら大丈夫だよ。頑張れば解決する話だから」
俺たちの装備に差はなく、左腕を守る革の籠手と鈍重な鉄の片手剣のみ。
資金がないためこれだけしか買えなかったことは、記憶の片隅に残っていた。
しかし、腰に携えた剣のずっしりとした重さに頭を抱えたくなる。
ここは重さや疲れが存在する現実だ。
モンスターを倒すことで経験値が溜まり強くなっていくことはあるみたいだが、ゲームとは違ってステータスポイントを振り自在に成長していくことなどはできない。
線の細い少女に、最初からこんな剣を振らせるとは。
流石に考えが甘いとしか言えないだろう。
「別に遠慮しなくてもいいんだぞ。武器は命を預ける物なんだ。自分に合ったスタイルを選ばないとな」
昨日までの俺にも気づいて欲しかったものだ。
「……うん、わかった。ありがとう。まあ今は本当に、全然お金が貯まりそうにはないんだけどね。いつかは欲しいけど、まずは生きてくために頑張らないと」
「……だな。俺も全力を尽くすよ」
現実の厳しさに二人で顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
購入する以外にも剣を手に入れる方法には心当たりがあるが、この件はひとまず保留にしておこう。
まずは自分がどこまで出来るのか、試さないことには何も始まらない。間合いや技のコンボに関する知識が役に立てばいいが。
ゲームと異なる点は大量にあるはずだ。
現実だと、コントローラーでキャラを操作するようにはいかないだろう。
これまでジントとして体に染み込ませてきた動きを目覚めさすように、歩きながら剣を抜き軽く振ってみる。
すると拙いが、何となく身のこなし方を思い出してきたような気がした。
そんなことをしながら進み、しばらくすると目的地に到着した。
近辺にはもう俺たちしかおらず、他の探索者たちの姿はない。
「あそこは……『火と水の森』か」
今いる小高い丘の上からは、深い森が見える。
ゲーム内でも初心者の頃によく足を運んだ、『はじまりの草原』に隣接するエリアの一つだ。この位置関係だと、マップは記憶にあるものと違いはないらしい。
俺が森の名前の由来を回顧していると、隣で「あっ」と声が上がった。
「いたいた。単独で行動してるし、狙い目ね」
ユキノが指す方向にいたのは、草原を歩く巨大なアリだった。
全長は一メートルほどで、陽光を反射して黒く輝く外骨格はかなりの強度を誇る。【ラスティ・マジック】において最初の敵とされている『鎧アリ』だ。
これまでジントとユキノは、あのアリだけを一日に三体ほど相手にし、日々の収入を得てきていた。つまり、それだけ能力が低い探索者というわけだ。
戦い方が確立されておらず、最弱のモンスターを倒すのにも時間がかかる。
活動範囲はこの草原内のみで、まだ森にも入れない段階だった。
「ユキノ、今回は初めだけ俺に任せてくれないか? 考えがあるんだ」
「え、考え……? わたしは構わないけど、怪我しないでよ」
「ああ。もしも危険だと判断したらサポートに入ってくれ。いつもみたいに二人で協力して倒そう」
アリに接近しながら伝える。
すでに、昨日までと同じくらいでなら剣を扱えるという実感があった。
最後に改めて何度か振ると、それが思い違いではなかったと自覚する。剣が手に馴染み、鋭く空を切る感覚は新鮮だ。
後ろにユキノを残し、俺が一定の距離まで近づくとアリは反応した。
『ジジ……ッ』
耳障りな音を発し、こちらを見つめてくる。
非現実的な大きさに狼狽えそうになったが、すぐにジントとしての慣れが心を落ち着かせた。冷静さを欠くことなく、体の前で剣を中段に構える。
ゲームでは三人称視点だった。
この場を後ろ斜め上から見下ろせば、おそらくはゲーム内でも鎧アリに感知されていた距離に入ったはずだ。
敵の動きが記憶にあるものと同じことにいくらか安心を覚える。
俺が一歩だけ踏み出すと、アリはジャッと短く叫び突進をはじめた。
「ふぅ……」
息を吐いて、集中する。
この世界ではゲームのように動きがパターン化されているとは思えないが、攻撃に入る予備動作などは生物として同じみたいだ。
ぎりぎりの距離まで十分に引きつけると、敵は俺の目の前で大顎を開いた。
後方からユキノが息を呑む気配がする。
アリはほとんど飛びかかってくる勢いのまま、鋭い牙で噛みつこうとしてきた。が、俺はそれをサイドステップで躱す。
そしてそのまま、すれ違いざまに敵の腹部に向かって全力で剣を振り下ろした。
硬い手応えに弾かれるが、ダメージは入っただろう。
頭には、自分が操作していたキャラクターの姿を思い浮かべている。
自分を俯瞰的に見て操作するように、ゲームの主人公の動きをイメージして再現する。
攻撃を外し少し離れた場所で振り向こうとするアリに、俺は時間を与えず距離を詰めた。
二手目を間に合わせようと地面を力強く蹴ると、体内を不思議な力が駆け巡り、剣に引っ張られてグンと加速する。
急速に距離が縮まり、風に乗ったまま剣を斜めに振り抜く。
「……ふッ!」
普通の攻撃でも良かったのだが、元々誰にでも扱える最も基本的な【剣魔術】の一つを無意識に発動してしまったようだ。
今の加速は──風系の初級術【アクセル】か。
感動を覚えつつ、続けてダメージを負った敵の様子を確認する。
ワンテンポ遅れて、鎧アリは力尽き、そして音を立てて倒れた。
ゲームと同じように淡い光の粒子となって弾ける。
「……よし、なんとか上手くいったな」
動きが単純で攻撃のタイミングがわかりやすいことも、ダブルコンボによる連続ダメージで倒し切れることもゲームと同じだった。
残りの生命力を表す
鎧アリが消えるまでいた場所に、小さな黒石が落ちているのを見つけて拾う。
「これが魔石か」
ゲームではモンスターを倒すと直接通貨である
ジントの知識には、それ以上の詳しいことはなかった。
「す、すごいじゃない! どうしちゃったの、ジントっ?」
そんな不思議な石を見ていると、興奮気味にユキノが駆け寄ってきた。
それも無理はないだろう。今までは二人がかりで数十分かけ、体力を消耗しながら一日三体ほどしか倒せなかったモンスターを、たったの二発で倒したのだ。
「一見危険に見えても、しっかりと避けて一気にたたみかけたらいけるんじゃないかと思いついたんだ。成功するか、もちろん不安もあったけどな」
「そんなこと考えてたんだ……。動きも変わってたし、本当にすごいよ!」
先程の戦い方は、ゲーム内では常識だった鎧アリの攻略法だ。
引きつけてから攻撃を躱し、コンボを決める。これが攻略法とされていたのは、この敵が経験値目当ての相手ではなく、モンスター戦の操作練習に設けられたような存在だったからだ。
この世界でもきっと、攻略法を見出した者はいると思う。
俺たちが情報を得られず、最底辺の探索者生活を続けていただけで。
草原にいるアリたちには、この世界でも練習の相手になってもらおう。
「このやり方でやれば、ユキノも同じようにできるはずだぞ」
「わたしもっ? ……さっきのができたら、絶対に今までと変わるね!」
「ああ、今日からはもう違う」
ハイテンションのあまり飛び跳ねるユキノにさっそく方法を教え、俺たちは次の鎧アリを探し始めた。
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