第百六十三話 あたしが、一生あなたの身体しか知らなくて済むように

藤島環ふじしまたまきはいつでもあたたかい、と今野は思った。

環はごくふつうの、それどころかえないように見える女の子だが、やわらかい身体の奥底にがっしりとした芯をかくしている。

今野哲史こんのてつしが勢いにまかせてこぼす愚痴も不安も、環の手にかかれば夏の早朝の温気うんきのようにたちまち運び去られてゆく。


このひとなしでは、生きていきたくない。

今野の若すぎる頭は年齢に似合わず冷静になり、自分の愛情を単純な事実として割り出した。

環はきっと今野の長い一生を息切いきぎれもせずにともに走り、今野にとっての強固な足場になってくれるだろう。

巣を作り、みずからも男とともに天空に飛び上がってゆける可憐な鳥だ。

いずれ、環は小さな巣に今野とよく似たひな鳥をもたらしてくれるだろう。

その前に今野が踏み越えてゆかねばならない壁は、山ほどあるが。

今野は熱に浮かされたようにつぶやいた。


「いつか、俺のためだけの指輪をつけて、それだけをつけて俺のベッドで待っていてくれよ。新婚初夜ってやつだ」

「…初夜って…もうおわってないですか?」


環が不安そうに言うのがまた可愛くて、今野は笑った。


「終わってない。俺が君をちゃんと嫁にした日が、初夜でしょ」

「ほんと?それでいいの?」

「俺がいいんだから、それでいいの。…たまきちゃん、一緒に動いてくれ。今日は俺だけが先にいっちまいそうで、こわい」


今野は環の柔らかいあごを指でおさえて唇に舌を割り入れた。

深いキスと今野を狂わせる環のたどたどしい動きが続く。


「あ…今野さんっ」


環の耳たぶが今野の口元でふるえはじめた。

今野は自分ももうダメになりそうだと思いつつ、環を内部からも犯すべく言葉をそそぎこんだ。


「環、今日のきみ、すごいいやらしいぜ。このままナカでいけそうだな」

「な…なか?」

「女の子はさ、”外”だけでもいけるけど、本気で感じるときはナカと外、両方でいけるんだ。男には分からないくらいいらしい」


おれが、と今野は惚れた女を確実に仕留しとめるための計算しつくした声でささやいた。


「俺が、君をナカでいかせた初めての男になってやるよ」


今野の言葉に、環はぎゅっとしがみついてきた。それから必死で目をあけて、今野を見てくる。


「初めてのひと、だけじゃ、いや」

「環ちゃん?」

「最後のひとにも、なってくれる?あたしが、一生あなたの身体しか知らなくて済むように、してくれる?」


ああ、と答えた自分の声を今野はもう聞いていない。どうしようもないほどの熱量が今野の身体にたまり、荒れくるい、出口を求めて狂奔きょうほんしている。

出口は、環の中にしかない。


今野の愛情と欲情を何も言わずに受け止めてくれるたったひとりの人。

今野のために何のためらいもなく三メートルの高さのしいからとびおりてくれた人。

今野哲史が初めて本気で好きになったひとだ。

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