第百五十五話 君は、ただの女の子じゃない

城見龍里しろみりゅうりは笑ってたまきを見た。そして記憶を確かめるように


「あれは十三年前、君が十一歳のことだ。おれは君が”藤娘ふじむすめ”をおどっている動画を、それこそ何百回も見た。舞台上での君のしぐさを真似してみたりもした。その動きが”ゴーレディ”を撮影したときにも頭に残っていたんだろう。

あの映画の子役アクションには日舞にちぶのような優雅さがあると評価された。あちこちの映画祭で好意的に取り上げられたね、”日本と香港ホンコンアクションの融合”と言われたよ」


「たしかに…十一歳の時に日舞のおさらい会で”藤娘”を踊りました。えっ、では監督の映画に出てくる”白玉環はくぎょくかんの少女”は私のこと…」


環は顔を上げて城見を見た。城見の目じりのしわが一層深くなる。

吸い込まれそうな、目元だ。


「このぎょくはね、君が生まれたときに香港で買ったものだ。ぎょくには、持ち主の身代わりになるというつたえがある。持ち主に危険がせまると、玉がかわりに割れて災難をよけてくれるそうなんだ。

だから君が生まれたときに、おれはこの玉を買った。君に渡したいと思っていたがおれから紀沙きさに連絡を取ることは禁じられていたから渡せなかったんだ。

かわりに、おれはこのぎょくけた女の子たちを映画に出した。ストーリーによっては端役はやくでしか出せなかったが、とにかく十秒でも彼女たちを画面に出しつづけた。

”白玉環の少女”は君と同じ年齢の、君に面差おもざしが似ている女の子たちだ。

紀沙がおれの映画を見てくれれば、あの子たちを通じて、おれが娘を愛していることが伝わると思ったんだ」


ほろっと、環の目から涙がこぼれた。それを城見の指がぬぐいとっていく。

環はつぶやいた。


「ずっと、私のことをおぼえていてくださったんですか」

「おぼえていたかって?当たり前だ、一瞬だって君と紀沙のことを忘れたことはない。

君はおれのたった一人のこどもだ。この世でただひとり愛した女の血を継ぐひとだ。ただの女の子じゃない、おれの、むすめなんだ」

「おばのアトリエには”白玉環”の絵ばかりがありました。あれはきっと、あなたにあてた恋文こいぶみなんです。おばは、最後まできっとあなたを愛していました」

「おれは今でも愛しているよ。紀沙と、君を」


環は白玉環の入っているケースを胸に押し当て、ぽろぽろと泣いていた。

その涙を、城見はさっき環から受け取ったばかりの紀沙の白いハンカチでやさしくぬぐっていた。


三歳の環がころんで泣いていた時に、してやりたかったように。

五歳の環が初めての幼稚園で泣きだした時に駆けつけたかったように。

七歳の、十歳の、十五歳の環にしてやりたかったすべてのことを、城見は白いリネンのハンカチにこめて二十四歳になった娘の涙をぬぐい続けていた。

それからふと日本庭園の向こう側を眺めてつぶやいた。


「環、君ひょっとしてれがいる?」

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