第百五十四話 愛する者の体温
「
それからたくさんの写真と動画。初めはデータを記録して送ってきた。後からメールで送れるようになったら、大量の動画が届くようになった。
だからおれは君が初めて立った日のことを知っているし、初めてしゃべった言葉も大嫌いだった食べ物も、ピアノの発表会の曲も知っている」
城見はここで言葉を切り、じっと目の前に立ったままの環を見あげた。
「だがどれほど膨大なデータでも、愛する者の体温までは届けてくれないね」
城見は紀沙の形見のロレックスを手に取り、もう一度環に尋ねた。
「これを手元に置いておくつもりはないかな、環」
「ありません」
環は硬い声で言った。
「おばは、あなたに持っていてほしいと思っていたはずです」
そうか、と言って城見はロレックスを左手首につけた。フェイスの大きな腕時計は城見の左手首に戻って安心したようにふたたび時を
城見は最後にもう一度コルヌイエホテルの大滝を眺めてから、環に視線を戻した。
「会ってくれて、ありがとう。うまく言えないが…初めて生きて動いている君を見たから、もうおれは、ただの不幸な父親ではなくなった気がするんだ。ありがとう」
それから城見はグレーのジャケットの内ポケットを探り、小さなケースを出した。環に向かって差し出す。
「これだけは、君が預かってくれないか」
環がだまって箱を受け取ると、城見は箱を開けるようにうながした。
環はそっとケースを開けた。中にはほのかに輝くような白い
「
環は思わず声に出した。城見龍里の映画に必ず出て来る、少女役の子供たちが身に
環の言葉を聞いて、城見はかすかに笑った。
「ああ。君も知っているのか」
「もちろんです。監督の映画には欠かせないものじゃないですか。
それに、おばのアトリエにはこのペンダントを付けた女の子たちが活躍する場面を描いた絵がたくさん残されていました」
「では、紀沙はおれのメッセージを正確に受け取っていたんだな」
環は白い玉の
「メッセージ?」
「君はおれの映画をいくつか見たのなら、”
「ええ。ええ、もちろん。”アオモリ”の時は五歳くらいの女の子で”ゴーレディ”の時は九歳か十歳…」
「十一歳」
環の言葉を引き取って、城見はきっぱりとそう言った。
「”ゴーレディ”の時は十一歳だ。あれは今から十三年前の映画で、君は十一歳。
環が思わず口を開けたまま城見を見ると、庭園のベンチに座ったままの長身の男はにこりとした。
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