第百五十二話 ”環”
かつて大名屋敷として静かに過ごし、やがて
藤島環と
ふたりで。
だがその背後には、あまりにもあっけなくこの世を去った
「いったい何を言って…それに、たまきって。私、
環がふるえる声でたずねると、城見はしみとおるような笑顔で答えた。
「いや。名乗らなかったよ。しかし君のおかあさんは、君が生まれる前から名前を”環”だと決めていた。
だからおれは、君が生まれる前から君の名前だけは知っていたんだ」
「いえ、まちがいです。私は
両親の名前は”藤島”で、
うん、と城見は柔らかくうなずいた。
「紀沙は、君を生んですぐに藤島家に特別養子縁組を頼んだ。だから
そういうふうに、したんだ。紀沙と
「北方…
環はぼんやりとつぶやいた。
なるほど、紀沙と御稲がやった
環には分からないよう巧妙にカモフラージュがしてあったはずだ。
「おれと紀沙はね」
と城見は環が時計をとろうとしないので、あいている右手でロレックスを取り上げた。
「おれと紀沙はごく若いうちに出会った。おれは結婚するつもりでいたが、紀沙は
ある日おれを捨てて名古屋に帰った。それきり、お互いにもう会わないつもりでいたんだ。ところが」
と城見はロレックスをひっくり返して、なつかしげに”紀沙・城見”のイニシャルを見た。
「
しかし彼女は
「なぜ、ですか」
環の声はさっきからふるえが止まらない。自分が城見に向かって何を言っているのか、よくわからないほどだ。
「おばはあなたを愛していました。再婚できない理由はなかったはずです」
「
城見は目線をロレックスの裏面に固定したまま、つぶやいた。
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