第百五十話 整合性がとれる唯一の答え

コルヌイエホテルの日本庭園は敷地が約一万坪もある。

江戸時代は大名家の中屋敷なかやしきとして使われ、戦前は宮家みやけの持ち物だった庭園を、コルヌイエホテルの現オーナ―・渡部誠わたべまことがていねいに補修してみごとによみがえらせたものだ。


敷地内の丘陵地の高低差を生かした庭は、中心に落差約六メートルの滝をしつらえて清涼感のあるしつらえになっている。

城見龍里しろみりゅうりたまきの後についてのんびりと庭園内を歩き、コルヌイエホテルのシンボルでもある大滝の前で立ち止まった。


「ああ、ここは絵面えづらのいい場所だね。そのままキャメラにおさまりそうだ」

「監督のおりになった映画には、日本が舞台のものは少ないですね」


環が言うと城見は笑って


「ずっと香港ホンコンで映画を撮ってきたから。日本ロケは金がかかるのでね。日本が舞台のものは、若い頃に撮ったのをリメイクしたのが一本あるかな」

「”アオモリ”ですね」


環の答えに、城見は嬉しそうに答えた。


「あれを、見てくれたのか」

「スピーディで目が離せないアクション映画でした。おばのアトリエにはあの映画の場面を絵にしたものが数枚ございました」


環がそう言うと、ふっと城見は黙り込んだ。


「君は、紀沙きさのアトリエを見たのか」

「おばのアトリエのこともごぞんじなんですね」


環はもうぼうぜんとしていた。それから無意識のように持っていたセリーヌのバッグから白いリネンに包まれたものを取り出す。

そのまま城見の前につつみごとさしだした。


「では、この時計のことも覚えていらっしゃいますか」


城見は環の手に乗せられた白い包みを見て、やがて、ぼそりとつぶやいた。


「なつかしいな。紀沙のハンカチだ」

「はい。おばは毎年、自分のイニシャルを入れたハンカチを百枚あつらえておりました。この三月に亡くなりましたので、屋敷には手つかずのハンカチがまだ何十枚も残っています。それで、ゆかりのある方にお渡ししているんです」


環があらためて手をさしだすと、城見はそっと白いリネンのハンカチに包まれた時計をとった。それからハンカチを広げて中にあるロレックスの腕時計を見つめた。


「まだ、動いているんだな」

「時計は、おばがていねいに手入れをしていました。古いものなのでずいぶんとあちこち修理をしたようで、部品ごと入れ替わっているところもあるそうです。

私たちが見つけたあとはゼンマイを巻いただけですぐに動き始めました」

「君が、みつけたの?」


ふわりと、城見の柔らかい視線が環の上に落ちた。しかし環は固い声で答える。


松ヶ峰家まつがみねけの兄と一緒に、おばのアトリエで見つけました」

「松ヶ峰の?ああ、さとしくんか」


環はもう声も出なくなった。

一体この男は、亡くなった松ヶ峰紀沙まつがみね きさについてどこまで知っているのだろうか。

思わず環の声が詰問するかのように高くなった。


「おばは、なぜあなたと連絡をとっていたのですか―――再婚、するつもりだったのでしょうか」


環は松ヶ峰紀沙のアトリエが見つかって以来、考えに考えぬいたあげく整合性せいごうせいのとれそうだと思った唯一の答えを口に出した。


「松ヶ峰聡の初選挙が終わったら、おばは、あなたと再婚するつもりだった。ちがいますか、城見監督?」

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