第百十八話 この子を、たすけてやれ御稲
聡が生まれた直後から知っている、亡き母の親友。
おのれにも他人にも厳しいバレエダンサーの冷たい視線が、聡に浴びせられていた。
ふいに御稲が口を切る。
「お前が、わびる事じゃない」
「いやしかし。
つまり俺がしっかりしていれば―――」
「そういう事じゃない、と言っているんだ。聡」
聡は視線を落としたまま、次に来るはずの御稲の
聡がふがいないから、聡が
その責任は、最終的に聡にあるはずだ。
聡だけに。
しかし次の御稲の言葉は、単なる叱責よりも聡の下腹に、ずしりと響いた。
「あれは、あたしとあの子の
「先生と、音也のあいだ…?いったい、どういう意味です?
あいつはなぜ簡単に、俺のまわりの人間の内部へ入りこめるんだ。俺の中には一歩も入ってこようとしないくせに―――」
さとし、と御稲はもう一度いった。
「聡。いいか、あたしがあの子の頼みを聞いてやろうと思ったのは、お前のためだけじゃない。あの子が、死んだ
「何をワケのわからないことを言って―――え、しろう?自由党の、
聡は混乱したまま、御稲の顔を見た。
きれいになめしたような皮膚の上に、かっきりと秀麗な御稲の
このひとはこのひとで恐ろしいほどに美しい、と聡は思った。
そのシャープな御稲の顔が、聡を見ている。
ほんの少しだけ、
「先月かな。あの子があたしに、お前の対立候補をひっこめるよう、
初めは、そんなことをしてやるつもりはなかったよ。どんな相手が立候補しようが、お前は勝てると思っていたしね。それなのに」
と、御稲は骨っぽい指で持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。
磁器のカップと磁器の皿がぶつかって、かちん、と高い音を立てた。
「あの子が話しているあいだじゅう、あたしの耳にはなぜかずっと史郎の声が聞こえていた。
”この子を、たすけてやれ御稲。お前が助けられなかった俺の代わりに、この子を助けてやれ”って」
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