第百十話 食い裂きたくなるほどに、魅惑的
すると、今野の身体の下で柔らかく身もだえていた
「今野さんは、今野さん自身のものでしょう。私は私のもの。だから――私にしたことの責任を、今野さんが
さあ、メッセージをチェックしてください。お仕事が最優先です」
今野は絶句した。
“私は私のもの”。
環の言うことは正論で、だからこそ今野は何ひとつ言い返せない。しかし“今野のもの”になりきらない藤島環は、なんと
地方財閥である富裕な
この子は、見た目どおりのおとなしい女の子じゃない。
なんだか打ちのめされたような気分で今野はつぶやいた。
「ちぇ……いいじゃん」
「今はだめ。お仕事が終わればいいです。コーヒーを入れましょう」
そういって、環はぽっちゃりした身体に似合わない身動きで軽々と巨大なベッドから降りた。
「そんな顔、なさらないでください。なんだか私が悪いことを言ったみたいです」
「悪いことじゃないよ。ただね、男を困らせるセリフだったな」
「あなたは、ただの女の子の言葉で困るような人じゃないでしょう」
今野は本当に困った顔をしながら、コーヒーを持つ環に近づいた。
環が差し出すコーヒーカップを受け取ってからすぐに机に置き、ぎゅっと環を抱きしめた。
「ただの女の子の言葉では困らない。“俺の好きな女の子”のセリフだから、痛いんだよ」
「いたい?」
環が困惑したようにつぶやく。
ほんとうに俺の言っていることがわからないんだろうな、と今野は
俺がこの子を好きなほど、この子は俺を好きじゃないんだろう。
環ちゃんみたいな女の子から見たら、俺なんてハムスター程度の男なんだ。
ペットにはいいが、本気で“自分の男”にするレベルの男ではないんだ。
今野は仕方なく笑って、デニムからスマホを引き抜き画面をひらいた。
そして、絶句する。
「……え、なにコレ」
「今野さん?」
環が隣で首をかしげたので、今野はあわてて言いつくろう。
「あ、そうだコーヒー、濃すぎるんだよね。ミルクを持ってこようか、一階のサンルームにあるかな?」
「ええ」
環の不思議そうな顔を背後において、今野は急いで部屋を出た。
松ヶ峰邸の一階へ降りる巨大ならせん階段を飛ぶようにおり、玄関わきにある聡の事務所へ飛び込む。
ひとりになったところで、今野はあらためてスマホのメッセージを見直した。
何度見ても、同じことが書いてあり、おなじ書類が添付されている。
『添付ドキュメント:松ヶ峰聡のスケジュール。秘書代理・今野哲史、期間・二週間』。
メッセージの差出人は、聡の秘書・
その音也が、二週間もいなくなる?
選挙まで、あと四カ月ほどしかないのに。
ごくっと、今野はつばをのんだ。
スマホ画面上にある『秘書代理・今野哲史』の文字が、いっそまがまがしく見える。
「どこまでが計算なんだよ、あのアニキは」
今野のスマホを持つ手がこまかく震えていた。今野は数回、ゆっくりと深呼吸をしてから、東京にいるはずの聡に電話をかけ始めた。
呼び出し音が鳴る。
機械的な音の隙間で、今野哲史は祈るように思った。
おれに、力を貸してくれよ、環ちゃん。
何かが起ろうとしている。
こののんびりした松ヶ峰聡事務所に。
いつでも今野の数歩先を行っているはずの、聡と音也の二人に。
自分がいやおうなく巨大な流れに飲み込まれそうな気がして、今野は思わず足の指を丸めて力を入れた。
俺に力を、環ちゃん。
やがて電話がつながる。今野は息を吸って話し始めた。
「聡さん、俺です、今野です。あの、音也さんからわけわかんないメッセージが入ってて――」
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