第百九話 落ちちまえ

藤島環ふじしまたまき一重ひとえまぶたの可愛らしい目が、今野こんのの言葉に驚いて、くっきりと見ひらかれた。


御稲みしね先生の、恋人?その亡くなられた鹿島かしま幹事長の弟さんが、ですか?」

「もう、三十年以上前の話だけれどもね。かなりだったみたいだぜ。その証拠に、鹿島史郎かしましろうさんが亡くなったあと、北方きたかた先生は今住んでいる覚王山かくおうざんの土地と軽井沢の別荘をもらっている。

一種の手切てぎれ金だな。それだけのものを渡さずにいられないほど、鹿島家にとっては北方先生の存在が大きかったんだろう」

「そんな……」


環は両目にうっすらと涙を浮かべた。今野は環に軽くのしかかったまま、大きな手でゆっくりとその目じりをぬぐってやる。

それから、手にしたアンティークらしいロレックスの腕時計を環にしめして


「この時計もさ、けっこう高いんだ。状態の良いアンティークものだと数千万円クラスになるし、最低でも四百万くらいする。鹿島家からの形見分かたみわけのひとつだとしても、おかしくないよ」

「かたみ」


環は呆然と今野の言葉を繰り返している。よほどショックだったのだろう。

今野は、ベッドの上の環をあらためてしっかりと抱きしめた。


「気になるなら、北方先生に聞いてみるといい。一人で不安なら、俺が一緒について行くから」


今野の腕の中で小さくなっていた環は、ふと顔を上げて今野を見た。


「いっしょに? ほんとうに?」


ああ、と言って今野はにやりとした。


「俺は君のナイトだから。連れていきなよ、けっこう役に立つぜ?」


今野のふざけた物言ものいいに、環がふわっと笑った。

それだけでもう、今野は嬉しくてたまらない。もう一度ディープなキスをしようとして顔を寄せる。


「もう一度、君のが見たい……最後までしなくてもいいから。俺の指だけ、たのしんでくれよ」


今野はゆっくりと手を伸ばして環の身体にふれた。

ほんの数時間前に今野の熱によってロストヴァージンしたばかりの環は、ふんわりした身体をびくりとふるわせた。

そのふるえが、恐怖や嫌悪から来たものではないことくらい、今野にもわかる。

若い男の欲情が、ひそかに舌なめずりをする。


「……してえ。たまきちゃん」


今野が指先に意識をらして、ゆっくりと環の身体を撫で上げたとき、ブン!とデニムのポケットでスマホが鳴った。

鳴ったが、今野はそしらぬふりで環を撫で続けた。

じんわりと、環の中から快楽がにじみ始める。

快楽の中で今野の指がなめらかに動くようになり、スピードをゆるめたまま、縦横に環の肌の上をすべった。


「や……あ……っ。今野さん、でんわが」

「いいよ。どうせあれは、メッセージの着信だから」

「でも、お仕事かも……あっ……んんっ」

「仕事なんかより、こっちのほうが大事だよ」


今野はそう言って、いっそう繊細に指を動かし続けた。

目の前の環の顔が甘くもだえ始めるのと、身体の奥からためらいがちな潤いが満ちてくるのが、たまらないほどに悩ましい。

男を狂わせる、少女の媚態だ。


「これ、すき? 環ちゃん」

「そういうことは……言いたくありません……っ」

「言ってよ。言ってくれたほうが、男は興奮するんだよ。言わなきゃ、ここでおしまいにするよ」


すっと今野は指を引いた。


突然、愛撫をとめられて、たまきの吐息が宙に浮く。


「は……」


今野こんのはそっと環の耳にささやきこんだ。


「欲しいだろ、俺の指が。わかるんだぜ環ちゃん、きみがおれを欲しがっているのは、分かるんだ」


ひた、と今野はもう一度、環の中心に指をあてた。

男の指でそそられ、欲情をあらわにされかけた少女の熱が、今野をなぎ倒すほどにつやめかしい。


「ほら。落ちちまえ。君はもう、俺のものなんだ」

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