第百七話 若い男の不埒な指先

藤島環ふじしまたまきは、やわらかい太もものあいだにはさまっている今野こんのの大きな手をくすぐったがりつつも、目を見ひらいて尋ね返した。


「ジェームス・ボンドの時計…映画のことですか」

「そう。初代ボンドはスコットランド出身の俳優、ショーン・コネリーだった。

映画の中でボンドが使っている腕時計については、画面でけっこうはっきりと映っている場面が多い。それでボンドファンや映画マニアのあいだじゃあ、このロレックスのサブマリーナ、Ref.6538だってほぼ特定できているんだ。

腕時計のでかいリューズとかデイトのないところとか、特徴的な要素が多いから」

「私では、あまり難しいことはわかりませんが…つまりこの時計は珍しいものなんでしょうか?持ち主はわかるでしょうか」


環が勢い込んで聞いてくるのが今野にはかわいくて、またしても若い男の不埒ふらちな指先はゆっくりと環の脚の奥に向かって進んでゆく。


「持ち主まではわからないだろうなあ…人気があって高価な時計だけど、数が出ているからね。Ref.6538だというだけじゃ、持ち主は特定できないよ。

あれっ、この時計は裏にイニシャルが刻印してあるじゃないか」


今野は時計を裏返し、


「K・Sって…K…紀沙奥きさおくさんのイニシャル?」

「そう思ったのですが、苗字みょうじがSではイニシャルが合いません。松ヶ峰まつがみねならMですし、紀沙きさおばさまの旧姓は”古橋ふるはし”です」

「ほかにKって言うと誰がいる?か…き…く…いねえか」


ふう、と今野の目の前で環はため息をついた。大きく息を吐いたはずみに、環のふっくらした胸が柔らかく揺れた。

環は全体的にぽっちゃりと肉づきの良い身体で、胸のサイズもかなりある。ほんの数時間前に初めて今野が見たところによれば、おそらく目視でEカップ。

ひょっとしたらFでも行けるかもしれない。


この胸に食いつきてえ、と今野は思う。

しかし環は今野の欲情にまったく気づかず


「ずっと、誰の名前だろうって考えていたんです。心当こころあたりがなくて。それでね、私は思ったんですけど」

「ん?」

「これ、普通のイニシャルと違ってKが苗字みょうじなんじゃないでしょうか」

「Kが苗字のひと?誰がいるよ」


今野が言うと、環はにっこりした。


「まず、今野さん」

「…俺のじゃねえよ」

「分かっています。候補として、ですよ。だって今野さんじゃあ、下の名前が違うでしょう」

「ちがうよ。っていうか、環ちゃんは俺の名前をきちんと知っているの?」

「知っていますよ、当然です」

「何で知ってるの?あれ、意外と俺に興味があった?」


今野が思い切って指を環の脚の奥に進めると、環は頬を赤らめてますます足をきつく閉じた。


「そうじゃなくて…その、サト兄さんの事務所のかたの名前くらいは、全部ぞんじております。なにも今野さんの名前だけじゃありません」

「そんなもん、覚えておくのは苗字だけでいいじゃん。なあ、ホントは前から俺が気になっていたんだろ」

「違いますって…それにKが苗字のひとって、本当に多いんですよ。音也おとやさんだってそうでしょう」


今野はムッとした声で答えた。


「…くすのき、か」

「ね?でも音也さんは、名前がOだからだめです」

「俺は?」

「今野さんは”哲史てつし”さんでTだから、違います」


環にそう言われて、今野は思わず環を抱き寄せた。ふんわりした胸に顔を突っこむ。


「”哲史てつしさん”。うわ、それイイわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る