第百五話 「後がどうなろうと、そいつを、ぶち殺してやる」

「あの…」


たまきが何か答えようとする前に、今野こんのは高級そうな腕時計をベッドに投げつけ、同時に環の小さくて柔らかい身体を自分の身体の下におさえ込んだ。

藤島環ふじしまたまきの身長は、百六十センチちょっとだろう。

今野は百七十五センチあるから、やすやすと押し倒せる。そして目の前に環の柔らかそうな耳たぶがふるえているのが見えたとき、今野は思いっきり環の耳の後ろに歯を立てた。


「…いたっ」


環が小さく悲鳴を上げた。

その悲鳴が、またゾクゾクするほどに今野を駆り立ててゆく。


「不用心すぎるぜ、環ちゃん。男のものを置いたまま、別の男を部屋に入れちゃあダメなんだ」

「ちがう…今野さん、聞いて」

「ああ、聞くよ。君のかわいい声なら、聞く」


そう言うと、今野は環のふっくらした胸に爪を喰い込ませ、なぶりはじめた。

環は今野の乱暴な愛撫にじっと耐えている。その様子がまた、今野をどんどんおかしくしていった。


今野哲史こんのてつしは、環を目の前にするとコントロールがかなくなる。

ただセックスのことだけではなく、そもそも雇い主である松ヶ峰聡まつがみね さとし剛腕秘書ごうわんひしょ楠音也くすのきおとやから


『何があっても、環ちゃんだけには手を出すな』


厳命げんめいされていたにもかかわらず、今野はたったの一晩もこらえられず、今朝の六時にいきなり松ヶ峰邸を強襲した。

そこには、楠に対するてつけの気持ちもあった。


「簡単に、アニキたちの言うなりになれるかよ」


低く今野がつぶやくと、環がびくりと体を震わせた。


「あにきたち?…サト兄さんと、音也さん…?」


環がそう言った瞬間、今野の細すぎる自制の糸は簡単に引きちぎれた。

藤島環が、自分以外の男の名前を呼ぶことに腹が立つ。

環のまわりに自分が逆立さかだちしてもかなわない男が二人もいることに、腹が立つ。


松ヶ峰聡と、楠音也。

どちらも環とは血縁関係はなく、したがって、どちらが環をさらっていってもおかしくはない。

二人に対してまったく勝ち目のない自分に対する歯がゆさが、今野の全身を揉みしだくように駆けめぐっている。


だが、たったいま藤島環のそばにいるのは、今野だ。

今野だけが環の柔らかい身体を押しひしぎ、優しい部分を乱暴に食い荒らすことができる。

物理的な距離が近いからだ。

だがそれ以外に、今野があのふたりに勝てる要素があるだろうか。


今野はもう我慢できずに環のスカートの中に手を差し入れた。

環が、身体をよじる。


「こんのさん…っ」

「あの時計の持ち主を言えよ、そいつ、ぶち殺してやる」

「そんなこと、できません!」


環が悲鳴のようにそう言うと、またしても今野の怒りが燃え広がった。


「できるさ、やれるぜ。環ちゃん、君は君に惚れている男のバカさ加減かげんを甘く見ている。後がどうなろうと、そいつを、ぶち殺してやる」

「できません!」


環は珍しく声をあらげてそう言うと、ぐいっと今野の身体を押しのけた。

想像以上に強い力で押されて、今野はベッドの上にひっくり返った。


「…くそ。そんな男をかばうなよ、環ちゃん」

「ちがいます」


環は急いでベッドの上に起き上がると、あおむけに転がったままの今野の上にかがみこんだ。それから愛らしい小鳥のエナガのようにほんのりとほほ笑むと、そっと、今野にキスをした。


「この時計は、紀沙きさおばさまのものなんです」

「…きさ、おくさん?」


環の下で目を丸くして、今野はその言葉を繰り返した。


「紀沙奥さんの時計?」

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