第3章
1「松ヶ峰聡の消せない、欲情の問題」
第五十五話 今夜、音也とふたりきり
肩を落としてすっかりしょぼくれた様子なのは、聡の選挙事務所のスタッフである
その隣には、やや困った様子でうつむいている聡の
環の右足の包帯を眺めつつ、聡はためいき混じりで言った。
「それで、環ちゃんは
はい、と環はふっくらした肩をすぼめながら答えた。
「ちゃんと距離をはかってから降りればよかったんですが…ごめんなさい、サト兄さん」
「フェラガモをはいたまま、
「すみません」
そう言ってますます環が小さくなると、聡はふうと息を吐き、それから今野を見た。
「お前には言いたいことが山ほどあるが、今はやめておく。もうさんざん
「…しぼられました」
「当たり前だ。今夜から、たまちゃんは俺たちといっしょに東京へいくはずだったんだ。なぜだか知らないが音也がすんなりと、たまちゃんの同行にOKを出したのにな。これですっかり計画変更だ」
あの、とここで初めて環が顔を上げ、聡に話しかけた。
「私、行けますよ」
「行けるわけがないだろ。今回は
そう言ってから、聡は事務所にしている部屋を歩き回り始めた。
「たまちゃん、俺の荷物はできている?」
「はい。一泊用の準備をしておきました。お部屋にカバンがあります」
「ありがとう。コン、お前はカバンを車に積んでおけ。名古屋駅まで俺と音也を送っていくんだ」
はあ、と言って今野が部屋を出ていく。そのとき、ちらりと環を見た今野の目つきが、聡には気に入らない。
気に入らないが、聡はあと二時間ほどで東京へ出発せねばならない。
聡は今野がいなくなったのを確認してから、環のそばにいった。右足首の白い包帯が痛々しく見える。
「ほんとうに大丈夫か?」
環はもうしわけなさそうに、うなずいた。
「ほんとうにごめんなさい、サト兄さん。あんなに音也さんとふたりでは行きたくないといっていたのに」
聡はちょっと渋い顔をした。それから手を振り
「いいんだ、そっちはたいしたことじゃない。それよりも、今夜ひとりでだいじょうぶか?心配なら名古屋駅へ行く途中で、
すると環はコロコロと笑った。
「無理です。あのお家は三階にあるんですよ、建物の外にある階段を三階まで上がるのは、ちょっと無理です」
「…そうだな」
と聡も同意した。
それからもういちど環の包帯に包まれた右足首を見て、ぽんと環の頭を叩いた。
「二階の部屋まで連れて行ってやるよ。めしはどうした」
「さっき、音也さんが差し入れをしてくれましたから」
「うん。留守番って言っても、今夜一晩だけだからな、明日の夜には戻るよ」
聡はそういって、環の身体をちいさな子供のように
「今野をかばって、裏庭の椎の木から飛びおりたって?たまちゃんも意外とやるよな」
「だって、今野さんがけがをしたらサト兄さんが困るでしょう」
「君がけがをしたって困るよ。コンも君も、俺にとっちゃ大事なんだ。そういうことは忘れないでくれ」
「サト兄さん」
と、環が聡に
「一晩、音也さんと二人きりでいられますか」
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