3「断章・今野」
第五十話 きれいな皮と温かい肉の総合芸術
今野はきれいな女が好きだし、
二十代の健全な男がもつ当たり前の欲情を、当たり前だと思って生きてきた。
だから、きれいでもなく見栄えもせず、寝る気にならない女の子には興味がない。
たった今、今野の目の前で
今野の上司である
いや今野にとっては、“女”というカテゴリーに入れていいものかどうか、判断に迷うほど、色気のない女の子だった。
いつもひざ丈のスカートを身に
男の指を誘い込むようなスキはどこにもない。
ただ、空間を占めているだけのような女の子。いや、場合によってはそこにいるのかどうかも良くわからないような存在感の
それが今、藤島環は松ヶ峰邸のクラシカルな内装をほどこした食堂に立ち、柔らかい身体全体をハリネズミのようにとがらせて、シャネルスーツを着たおばさんに食ってかかっている。
たったひとりで。
まるで今野をかばうかのように、小さな身体の背後に今野を置いて。
「私はたしかに、
ぐろう、などと言う言葉を日常会話で使う人間を、今野哲史は見たことがない。
ひょっとすると、上流階級の連中は普通に使うのか?
俺はしょせん、めし屋の息子だから“ぐろう”なんて言わないのか。あ、ちょっと待て、言うどころか漢字で書くことも難しいんじゃないのか?
ええと、愚老だったか?いや具労か?なんだか“おつかれさま”みたいな単語だな…。
そんなくだらないことを今野が考えるうちに、今野と藤島環の目の前にいる白蛇みたいな中年の女は、キンキンする声で環に言い返してきた。
「よくも…よくもそんな言い方ができるわね。長年ずっと、紀沙さんがあなたを松ヶ峰家に引き取ったことを我慢してきたのに。
あんたなんてね、紀沙さんが亡くなったその夜に、ここから放り出しておくべきだったのよ。聡がだらしないものだから、あんたやあのバカにきれいな男までが大きな顔をしてこの本邸にのさばっているんだわ」
「
「ちがうでしょ!」
きんっと、ピンクのシャネルスーツを着た白蛇みたいな女は、環に遠慮もなく言いはなった。
中年女の金属音が混じる声が、サビすぎたクギのようにザクザクと環の柔らかい肌に突き刺さっていく。
「ほんとうなら、この本邸に住んでいいのは
だけどあなたはなかなか出ていかないし、あなたと聡を二人きりにしておけないから、あの若い男まで本邸に入れる
そう言うと、女は
ふんっという鼻音が、環の背後にいる今野の耳にまで届いてくる。
それを聞いてから、今野の身体じゅうに説明のつかない熱が湧き上がってきた。
このクソばばあ。
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