第四十一話 すべての秘密は露見する

弁護士事務所のテーブルに向かってうつむく藤島環ふじしまたまきの声は、わずかにふるえて、ため息が混じっていた。


「なんだか混乱しているんです。紀沙きさおばさまが亡くなられてから、私の知らなかった事ばかりが出てきて…。あんなに長いあいだおばさまと一緒にいたのに、私は何も知らなかったんです」


ふとさとしの耳に、亡母の親友である北方御稲きたかたみしねの言葉がよみがえった。


”あれはあれで、秘密の多い女だった”


御稲の言うとおり、松ヶ峰紀沙まつがみね きさには一人息子にも娘のように育てた藤島環にも、言い残しておかないことがたくさんあったのだ。

その秘密を突き止めるだけの余裕は、今の聡にはない。


だが、いずれすべての秘密は露見ろけんするだろうと聡は考えている。永遠に守りきれる秘密はないからだ。

聡の不穏な考えとは別に、三木みきは弁護士らしいおだやかな声で環に言った。


「おそらくね、紀沙さんは環ちゃんの将来を心配しておられたんだと思うよ。

財団の資金は七億あって、他の理事は報酬を受け取らないと決まっているんだから、単純計算で七十年後までは環ちゃんの給料は確保されている。

おまけに名東区めいとうくの家―――ああ、財団法人の事務所になっているところだよ―――に住めば家賃はいらないし、水道光熱費も事務所の経費で落とせる。

つまりね、環ちゃんは紀沙さんのコレクションを管理している限り、ひとりでも問題なく生きていけるんだ」


環はだまって三木の話を聞き、ほうと長い息を吐いた。

三木の言葉で、環は松ヶ峰紀沙の意図いとを理解したらしい。

利口りこうな子だな、と聡はあらためて妹分いもうとぶんにやさしい視線をあてた。それから


「その名東区の家、俺はまだ見たことがないんだ。今から行くか、たまちゃん?三十分もあればつくだろ。あっ、鍵がないか」

「鍵は持っています。ひょっとしたら、三木先生にお預けすることになるかと思っていましたので」


うん、と言って聡は身軽に立ち上がった。


「じゃあ、三木先生。後の手続きはたまちゃんとやってください。とにかく、たまちゃんの良いようにしてもらいたいんで」

「了解ですよ」


三木も簡単に答えて、聡と環に手を振って見せた。そのまま聡たちは事務所を出た。

しかし事務所を出たとたんに、聡は薄ぐらいビルの廊下でパタパタとせわしそうにスーツを叩いてみせた。


「やべ。スマホを事務所に置いてきた」


そして環に向かい


「たまちゃん、先に外に出て待っていてくれ」


というと、足早あしばやに三木事務所のほうへ戻った。環は素直に階段を下りてゆく。

それを確かめてから、聡は事務所の扉をノックした。

スマホを置いてきた、なんて嘘だ。聡には、三木に確認したいことがあるのだ。


聡は事務所のドアをもう一度、いいかげんにノックしてからそっと開いた。そして奥にいるらしい三木に呼びかけようとして、三木の声がするのに気がついた。

電話で、三木が誰かと話しているらしい。

盗み聞きはいけないと思いつつ、聡はひそかに足音を忍ばせて奥の部屋に近づいた。ついさっきまで、聡たちがいた部屋だ。


聡が静かに耳をすませる。三木ののんびりした声が聞こえてきた。


「三木です、どうも。ええ、たった今、環ちゃんと話したところです。そうですね…喜ぶというよりは、迷惑めいわくがっているという感じでしたよ。七億は多すぎるとね」


電話口で相手が何かを言ったらしく、はは、と三木が笑う声が聞こえた。そして再び三木の声で


「ええ、は言わずにすみました。僕なりの解釈を環ちゃんに話したら、それで納得したようです。きっと環ちゃんからあなたへ連絡がいくでしょう」

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