第三十七話 コルヌイエホテル
かしまの件…?
「おかげさまで、なんとか話が
聡はわけがわからず、眼をきょろきょろさせた。
一瞬だけ、横井の人のいい表情が
「ほお、どういう風の吹きまわしかな……あの人にそういう
音也は黙って横井に頭を下げた。横井もそれ以上何もいわず、第一秘書の
定食屋の引き戸が閉まった瞬間、聡は隣に座る華麗な秘書を見た。
「”かしまの件”って、何のことだ?」
聡は箸をおいて音也に聞いた。音也は笑って割りばしを割り、
「ただの世間話だ」
と、そばを食べ始めた。
するとまた入口があく。店を出たばかりの佐久が顔を突っ込み、
「松ヶ峰、明日の午後に事務所に来い」
「はあ」
「オヤジがな、さ
聡が何か言う前に音也がすばやく立ち上がり、ぴったり四十五度に長身をかがめた。
「ありがとうございます。なにがあっても同行させていただきます」
佐久は、音也の流麗なようすをみて安心したように続けた。
「まったく、運のいいやつだ。選挙前に幹事長と会えるなんて、ひろった宝くじがあたるようなもんだぞ?」
と言ってから、入口をそっとしめた。あとから、バタバタと走っていく音がする。
「東京?」
あっけにとられて聡がつぶやく。
音也は乱れてもいない安っぽいスーツの襟をととのえて、背筋を伸ばした。
「明日くわしく聞こう。パーティの時間によっては、その日は東京泊まりだな。コルヌイエホテルを取っておくか?」
「そうだな、泊まるならコルヌイエだな」
そうつぶやきながら、ついさっき聞いた言葉の何かが聡の中でひっかかっていた。
東京…幹事長の今村先生…パーティ…コルヌイエホテル。
いや、違う。もっと不安な言葉だ。
ついさっき聡が聞いたばかりの言葉。なんだったか…。
かたんと隣の音也が箸をおく音がする。そして音也が立ち上がろうと身体を深くかがめた瞬間に、スーツの胸ポケットから銀色の金属片が落ちた。
小汚い定食屋のテーブルに、聡と音也の視線が集まる。
金属片は
使う時は刃を外へ押してすべらせ、丸く開いた窓に細い葉巻を入れて先をカットする。葉巻用のシガーカッターだ。
聡にとっては、子どものころから見慣れた
それに気づいた瞬間、松ヶ峰聡のつかみかけていた気がかりな言葉が、空中に消えてしまった。
「なぜ、お前がそれを持っている?」
音也の端麗な顔もさすがに血の気を失っていた。それでも、いつもと同じバリトンで答える。
「あずかっているんだよ」
「御稲先生のシガーカッターをか?あの人は一日に二本はシガリロを吸う人だぜ。カッターなしじゃ困るだろ」
さあね、と音也はあっさりと答えて、何の気もないようにテーブルからシガーカッターをさらいとった。
「禁煙でもするんじゃないか。行くぜ聡、弁護士の三木先生と約束があるんだろう。送っていく」
★★★
二十分後、
古ぼけたビルの前には、すでに聡の妹ぶん・
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