第二十七話 いつか。 この恋にけじめをつけてやる。
そのやわらかな背中のラインが、聡の中の何かを乱暴に断ち切った。
聡は何も言わずに、いきなり音也のあごをつかみ上げた。
上からねめつけるように華麗な音也の美貌を見おろし、一言一句を音也の顔にたたきつけた。
「音也。たまちゃんを犠牲にしなけりゃ勝てない選挙なら、やめる。くそくらえだ」
音也も聡に顔をつかまれたまま、ひんやりとした二重まぶたの目から凶悪な視線を放って言い返した。
「何が気に入らない?
「環の問題じゃねえ。何度も言わせるな、あの子は俺の妹だ。たとえ血がつながっていなくても、おふくろが大事に育てた子だ。おふくろの死んだ今となっては俺に残された唯一の家族だ。
ほかの誰に何を言われてもかまわないが、お前にだけはそんなことを言われたくない。分かるか、音也」
ふっと、音也の肩が落ちた気がした。
聡がその表情を読み取る前に、音也はすばやく聡から離れた。テーブルからビール缶をひろって背中を向ける。
広い肩から、ウエストに向かってなだれ落ちるように細くなってゆく背中。
ずくん、と松ヶ峰聡の身体に火がつく。
聡の手を誘っているようなしなやかな背中。手を伸ばせば、あの皮の薄そうな背中にふれられるのだろうか。
触れて、体温を確かめて、キスして―――しかし聡の甘い迷走は、音也の短い言葉でざっくりと割り砕かれた。
「今日のところは、ここまでだ。だが環ちゃんのことは決定事項だぜ、聡。おれは、あの子以外の女はみとめない」
「音也。こんなふざけた話は二度と聞かねえぞ」
聡が乱暴にそう言っても、音也はもう何も答えずに内階段から一階のキッチンへ下りていった。
聡の欲しがっている返事の代わりに、音也の軽い足音だけが夜の中に響く。
聡は足音が消えるまでじっとしていたが、やがて、首をさすりながらソファに座りこんだ。
「ちぇっ」
と舌打ちして、聡はリビングスペースに置いてあるソファにだらしなくねそべった。形のいい頭の後ろで腕を組み、耳を澄ます。
音也が降りたはずのキッチンからは、ひそとも音がしない。広すぎる家はこんな時不便で、たとえ音也が裏口から出て行ってしまっても聡には分からない。
あいつがいなくなったら、俺はおしまいだ。
不安げに首をさすりながら、聡は足もとのリモコンを蹴とばした。
そのとき、キッチンへ下りる階段からかすかな煙草の匂いがした。
「あいつ、下にいるな」
キッチンでは音也が煙草を吸っているのだろう。音也のことだ、明かりもつけずに煙草を吸っているのに決まっている。
音也の口元で、煙草の
「くそ。いつかぶち殺してやる」
そう言いながら、音也のほっそりした首筋に手をかける瞬間を思い描いて、聡は身体をふるわせた。
聡だけの男にするために音也を殺す。
その瞬間、聡の身体は何の恥じらいもなく絶頂に達する気がする。
いつか。
この恋にけじめをつけてやる。
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