第二十四話 あの指が欲しい
「明日、行ってみようと思います。あの、私ひとりで行けますよ、サト兄さん?。住宅街のまんなかにあるお家なんです。危ないことなんて、なにもありませんから」
「どういう家なのか、全然わからないじゃないか。たまちゃん一人に行かせられない。俺が一緒にいく」
「おまえは明日、おれと一緒に終日あいさつ回りだ」
「
「サト兄さん、今はお忙しい時ですから私ひとりで行きます。大丈夫です」
だめだ、と聡は強く言った。
「女の子ひとりじゃ絶対だめだ。俺じゃなくてもだれか他のやつがいるだろう。そうだ、
聡は、選挙準備用に
聡には
聡はひとりで勝手にうなずいた。
「コンにしよう、あいつなら時間もある。今野にそう言っておくよ」
聡、サト兄さん、と音也と環が同時に言った。ふたりは思わず顔を見合わせて、環が笑った。
その様子が、また聡の
「なんだお前ら、気持ち悪いな」
音也は不機嫌そうな聡をじろりと見やり、それから柔らかい視線で環に言った。
「環ちゃん、先に話を」
環は音也を見て不思議そうな顔をしたが、すぐ聡に
「今野さんは事務所のかたです。うちの事を頼むのはいけませんよ」
と言った。聡はあきれて
「かたいこと言うなよ、たまちゃん。車で行ってちょっと家を見るだけだろ」
「けじめです。危ないことをするわけではありませんから一人で行きます」
だめだ、だめだ、と聡はやけのようにタオルを振りまわして叫んだ。
「おふくろがいたら、絶対にたまちゃんだけでは行かせないぞ。だめだ。音也、お前も言いたいことがあるならさっさと言え」
音也は何もなかったように、聡を無視して環に話しかけた。
「環ちゃん、細かいことはあす決めよう。朝飯のときにね」
音也がにこりとそう言うと、環はようやく表情をゆるめて部屋に戻っていった。
聡はやや肉厚の唇をむっととがらせたまま、リモコンでテレビのチャンネルをむやみに変えていった。
どす黒い、嫌なものが聡の
そこへしずかな音也の声が刺さりこんできた。
「聡」
「うるせえ、音也。俺はまちがっちゃいねえだろうが」
「聡、テレビを切れ。話したいことがあるんだ」
「聞きたかねえよ」
「聞け」
そういうと音也は聡の手からリモコンをとり、テレビを切った。
「明日、環ちゃんに誰かがついて行くのはいいが、今野では困る」
「あ?」
聡は顔を上げた。音也がソファのすぐ横に立って、腕を組んでいる。
音也は、考えごとをするときの癖で、長い指で強く唇をなぞっていた。大きい爪が唇に食い込んでたまらなくエロティックに見えた。
聡の視線が、くぎ付けになる。
あの指が欲しい、と思う。
あの爪が、あの指を動かしている音也の骨が欲しい。音也の肉と骨を動かしている、神経が欲しい。
楠音也のぜんぶが、ほしい。
しかし音也は聡の視線にまったく気づかないようで淡々としゃべり始めた。
「明日、誰が環ちゃんについて行ってもいいんだが、今野と二人きりではまずい」
「どういう意味だ。まさかあのヤロウ、たまちゃんに気があるのか」
まだそこまでいかないが、と音也は続けた。
「今野には、そういう気持ちがあると思う」
ふん、と聡は鼻を鳴らしてソファの上にふんぞり返った。乱暴に、良く筋肉のついた脚を高く上げて、組む。
「コンのやろう、いい
音也はちらりと聡を見下ろした。
「気になるか」
「あたりまえだ。俺の妹に手を出すヤロウはタダじゃおかねえ」
「法的にも血縁的にも、環ちゃんは妹じゃない」
音也のその言葉を聞いて、松ヶ峰聡はゆっくりと立ち上がった。
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