第十八話 お前はものの尋き方を知らない

北方御稲きたかたみしねは、わずかの間だが口を開くのをためらったようだった。

ゆったりと御稲の指に挟まれたシガリロから煙が立っていた。御稲はそれを軽くふかし


「あの男は早くに死んじまったよ。お山の大将になるには人がよすぎたんだろう。あたしにこの家と軽井沢の家を残して、死んじまった―――さとし

「はい」

たまきは、松ヶ峰まつがみねの家にいづらいんじゃないのかい」


御稲に痛いところをかれて、聡は一瞬だけ百八十センチを超す長身をこわばらせた。しかしすぐに気を取り直して


「馬鹿らしい。あそこはたまちゃんが育った家です。誰に何と言われようが、あの子はおふくろの育てた子ですから、俺の妹と同じだ。俺が守ります」

「妹同然、だけどほんとうの妹じゃない。そこがめんどうなんだ。聡、ついこのあいだ環はここへきて、いずれ松ヶ峰の家を出て働きたいと話していたよ」

「家を出る?たまちゃんが?」


聡の声は、おどろきのあまり裏返うらがえった。

たまちゃんまで、俺を捨てていく?

俺の周りには、誰もいなくなるじゃないか。残るのはただ一人、ビジネスでつながっている音也だけになる。


松ヶ峰聡が、おかしくなりそうなほどに恋をしている男が残されるだけ。

それも契約期間が終わるまでだ。

聡は急激に身の回りが寒くなった気がして、あわてて言いつのった。


「うちをでて、どうしようって言うんです?あの子はおふくろが純粋培養じゅんすいばいようしたみたいな子だ、外のことなんて何も知らない。アルバイトさえしたことがないんですよ」

「だから、これから知りたいんだろう」

「冗談じゃない、あんな子があのまま世間に出たら、あっというまにろくでもない男に引っかかって泣かされますよ。冗談じゃない」

「あのなあ、聡」


そう言って、御稲みしねはひょいと片方の眉毛を持ち上げた。

そんなふうにすると六十を過ぎてもシャープな御稲の目元は一気にしわが伸び、十歳も若く見える。

きっと松ヶ峰紀沙まつがみね きさと一緒に学校に行っている時はこんな顔をしていたのだろう、と聡はいつも思う。


「お前、今日は何か用があってここへ来たんじゃないのか」


はっと聡は、環から言われてきたことを思いだした。


「そうだ―――かぎ


ふわり、と御稲のシガリロが香る。聡が見ると、葉巻が短くなり始めている。

御稲が人と会うとき、シガリロ一本が面会時間と決まっている。聡の持ち時間は尽きようとしていた。

聡はやや早口で続けた。


「おふくろの部屋から、鍵が出てきたんです。たまちゃんが見たこともない、どこかの家の鍵だそうで…御稲先生、知っているんでしょう」


聡がストレートにそう尋ねると、御稲はもう露骨にイヤそうな顔をした。


「お前は、もののかたを知らないね、聡」

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