第十六話 うつりの悪い鏡
レッスン場のはしにいる
バレエダンサーらしく長い首をまっすぐに立て、銀髪を小さくまとめた頭を動かさず、たたきつけるように手を叩いている。そのリズムは信じられないくらい正確だ。
亡くなった
『御稲の手拍子はメトロノームと同じだ』
とよく言っていた。
バレエ教室の生徒に向かって手をたたきながら、御稲は聡に視線もくれずに
「上で待ってな、聡。バーレッスンがすんだら行く」
聡はだまってうなずいた。そしていったん外へ出て、建物のわきの細い階段を上がる。この建物は三階建てで、一階と二階がバレエのレッスン場、三階が御稲の自宅になっている。
聡は
キッチンに手みやげ代わりの
”泡波”はもともと作られている数が少なく、ほぼ島内で飲みつくされてしまう貴重な酒だ。かすかに塩分を含んだ水を使っているせいか、より香りと甘味が強いように聡は感じる。
多少くせのある味かもしれないが、北方御稲は蒸留酒に目がないので上手く飲んでしまうだろう。
「酒好きのバレリーナなんか、聞いたことねえよ」
聡が小声でぼやいたのと、音もたてずに北方御稲が自宅に舞い戻ってきたのとがほぼ同じタイミングだった。
振り返らなくても、聡にはそこにいるのが御稲だと分かる。彼女が部屋に入ってきた瞬間、空気が薄い金属の層を重ねたかのように、軽やかに振動するからだ。
「お前、いそがしいんだろう聡」
という北方に、聡は答えた。
「ええ、そりゃ忙しいですよ。
「準備は、すすんでいるのかい」
聡は御稲に広い肩をすくめてみせた。
「進んでる、と思いますよ。うちの秘書は手ぎわが良いんだ」
「ふうん…なるほどね、あの男ならね」
御稲はそうつぶやき、じろりと聡の全身を眺めてから、とても六十二才とは思えないような身動きで隣の部屋に消えた。
次に戻ってきたときには、手に細い茶色の煙草とシガーカッターが握られていた。
そしてふんわりと蝶のようにベランダに出ると、そこに置かれた鋳鉄製の椅子に座り、煙草の先を小さなギロチンみたいなカッターで切り落とした。
北方御稲のしなやかな指が、細い茶色の煙草に銀の吸い口をつけた。御稲は煙草を無造作にくわえて火をつける。
煙草に火が付くまでに、時間がかかった。御稲の吸っているのが、紙巻きたばこではなく細い葉巻である”シガリロ”だからだ。
ふわ、と御稲の口から煙が立ちのぼる。
「葬式からあと、
「何とかやっていますよ。ああ見えて、気丈な子だから」
聡も御稲に続いて、ベランダに出た。
北方家の三階のベランダからは眼下にこんもり茂った木々と、そのあいだに隠れるように小さな池が見える。
風のない春の午後、小さな池のおもてがうつりの悪い鏡のようにぎらりと光っていた。
聡の前で、もういちど
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