2「松ヶ峰聡に残された、鍵と結婚問題」
第十五話 白日のもとの影のように
その日、
聡は形の良い唇をとがらせて
「四月なのに、もう暑いな」
とつぶやいた。それから
今日の聡は一人だ。秘書である
聡の選挙事務所用の土地と建物を押さえてしまうためだ。
何もかもが、聡を
その大半は有能な政治秘書・楠音也の手によって、わずかの無駄もなく運営されていた。
聡の身体と感情はすべて置き去りにして。
聡はため息をつきながら、参道を上がってゆく。
参道と言ってもまっすぐなアスファルトの車道と歩道の、ゆるく長い坂が続くだけだ。道の両脇には小さな店がぎっしりと並んで
聡は途中の店に入り、ちいさな
こんなものが、これから聡が会おうとしている女性・
参道を上がりきったあたりで聡は道を回り込み、今度は
ガラス越しに女性たちのレオタード姿がぼんやり
北方御稲のバレエスタジオだ。
この若い女性ばかりがいるバレエスタジオには、聡は子供のころから母に連れられてよく来た。スタジオには看板も何もないが、聡はこのスタジオの入り口に立つと、いつも建物の中から吹きつける華やかさにおじけづく。
なぜなら北方御稲のスタジオには、昔からどこまでもバレエに対して真剣な人たちが集まっているからだ。
めざすものや求めるものが、
聡のようにしじゅうユラユラと
とはいえ、今日の聡は
環に言われたことを
環の無言の視線は、あれはあれで聡にはけっこうこたえるものなのだ。
聡は大きく息を吸い込み、金属の手すりをつかむと少しだけ、すりガラスのスタジオドアを開いた。
ドアを開けた途端、北方御稲のキレのいい
「ロン・ド・ジャンブ・ア・テール、アン・ドゥオール、アン・ドゥダン、フォンデュ、フラッペ。だめだめ、身体の軸がずれている。最初から!プリエ、バットマン・タンジュ、ジュテ……」
聡がドアを開けたことで
ただ黙って鏡の横のバーに手を添え、
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