第七話:推察

 二人はメインホールを出て少し離れたところにある一室に入った。談話室の一つと思われるその部屋は、やはりアンネリザが今まで見たどの談話室よりも素晴らしかった。

 入るなり、お茶を淹れよう、と言ってレンフロが準備を始める。

 自分から言い出したのならともかく、招かれた側である以上レンフロのことを止める理由もないため、その所作を見つめていた。そして、見つめられる位置で椅子に腰掛けながら、アンネリザは今までになく真剣に、これまでのことを考えていた。

(もしかして、陛下は私の事がお好きなのでは?)

 場違いにも呼ばれた舞踏会。陛下自ら真っ先に話しかけてくれた現実。二人きりで談話室へ退避している現状。それらを総合的に鑑みて客観的に判断すると、そうした結論が導かれた。

(え、なにそれ、困る…どうしよう)

 今回なんとか踊れて、アケチ家の、姉達が築き上げた社交界の華々しい評判を落とさずに済んだわけだが。王家に入れば今までとは比べることもできないほどに社交の場に出ていくことになる。

(無理よ。無理! 私は今まで田舎の貧乏令嬢であることに誇りを持って、存分にその地位を謳歌し、更に謳歌し尽くすつもりの将来設計を画いていたのに。王家って、王家って何? いや、王家は解るのよ。私だって貴族なんだから。でもそこに私が入るって、何? ありえないでしょう。ありえないわよ。お父様が卒倒するわ。それにコレトーも多分寝込むわね。ミナ姉様は、泣くかも知れないわ、気丈な方だからこそ不安で。アリ姉様は多分笑うわね…面白がるわ、うん。きっと。テーナ姉様は、心配してしまうわ、少なくとも妊娠中には絶対に耳に入らないようにしないといけないわね。キャス姉様は言っても信じないかもだけど、たぶん笑って祝福してくれるんだろうな。そして、レナ姉様は泣いて祝福してくれる。うん。問題は私が全く望んでないし、祝福じゃなくて破談に持ち込んで欲しいと望んでいることね…)

 彼女が妄想の中で次々に周囲の人々を寝付かせたり混乱させたりしていると、目の前に爽やかな香りの薄い琥珀色のお茶が置かれた。

「スエン産の黄金茶だ」

「ありがとうございます」

「いや」

 テーブルを挟んで向かい合う形で座り、互いにお茶を飲む。

(美味しいわ。さすがスエン州特産品。家の領内のお茶とは香りが違うし、舌当たりも違うわ。甘味の出し方はともかく、この舌当たりは陛下の淹れ方もあるのかしら? コレトーの淹れたお茶がこの世で一番美味しいと思って生きてきたけど。帰る前にアリ姉様の所に行ってスエン産の黄金茶をお持ちかどうか聞いてみましょう。コレトーが入れてくれたらきっと更に美味しいに違いないわ)

 さっきまでの絶望感も忘れ、目の前のお茶に夢中になっている。そんな彼女の様子を見て、レンフロの顔に笑みが浮かぶ。

「今日は、助かった。貴方が舞踏会に来てくれて、良かった」

「なんのことでしょう?」

(まぁ、招待されたら来ますとも。貴族ですから)

「私は、舞踏会というか、社交の場が本当に苦手で」

(あぁ、陛下のご性格だと合わないわよね、きっと)

 解り易い話ほど回りくどく例えてみたり、真実を語りたいのに嘘を織り交ぜてみたり、誇張と脚色が当然になって止まる事を知らない会話の応酬など。それを全て冷静に分析判断しなくてはならない王という立場で参加するには、レンフロは生真面目が過ぎた。

「だが、主催である以上誰か一人でも話すなりしないことには場を終わらせることもできないからな。変に含みの有る姫君方と話をするより、貴方のように端から王后の座に興味の無い方と話をできるのは良い」

 初めて苦笑ではなく、微笑んだ顔を見たな。と思いながら、アンネリザの口の中で急速にお茶の味が解らなくなった。

(あぁ…もう、もうっ! 勘違いが恥ずかしいし、本心がバレバレなのも恥ずかしい! あぁ、何か自分の存在が全面的に恥ずかしい! 我ながら神経の図太さは自覚があったけれど、これは格が違う。もう恥ずかしい。自分をここまで恥じたのは初めてかもしれない)

「………申し訳ございません」

 思わず顔を両手で覆って頭を下げる。

 ついさっきまで陛下は自分を好きなのでは、という妄想をしていた事実が恥ずかしかった。そもそも隠す気も特にない本心だったが、見合いを成功させる気がなかったことが察せられていたことも恥ずかしかった。そういう小生意気な小娘が自分に失礼な態度を取っても、鷹揚さを崩さないレンフロの寛容さを前にしている事が、ただもうひたすらに恥ずかしかった。

「いや、謝りたいのは私の方だが。すっかり巻き込んでしまった。もし、私にできることがあれば言ってくれ」

 レンフロはそう言って、その表情を苦笑に変える。

 王后の座に興味がない以上アンネリザはこの舞踏会が終わればアケチ領へ帰るだろう。しかし、少なくともこの舞踏会の場では、彼女だけが国王と話し、踊り、共に下がったことになる。しばらくは様々な噂を呼ぶだろう。

 そうした迷惑をかけてしまうことをレンフロは謝罪していた。そのことはアンネリザにも察せられた。

 そして、かつて無いほどに恥じ入っていたアンネリザは、自分の中だけで一周回ってしまっていた。もうこの際恥という恥を全てかいてしまおうという気になったのだ。

「では、あの、不躾なのですが、お願いしてもよろしいでしょうか」

 レンフロは、この場から誰の目にも触れずに退出するとか、ひっそりと王都を旅立てるようするとか、そうした手配が必要であればしようと思い声をかけていた。もちろんできないことはできないと言うが、できる限りのことはするつもりだ。

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