第五話:になりたかった

(あら、気のせいかしら、知っている顔がこっちに近付いて来てって…知ってる顔も何もないわ、どこまでぼけっとしてるの私)

 外界を認識する意識を取り戻した結果、ざわつく周りに気付き。その原因を理解する。

「先日ぶりだ、アケチの姫」

 今日も今日とて麗しい尊顔を乗せたレンフロが歩み寄っていたのだ。

「ご機嫌麗しく陛下」

 内心の慌てぶりを必死に押し殺しつつ令嬢らしい礼をとる。

「少し話せるか」

「光栄です」

(えー…か、帰ろうとしてたのがバレたとかじゃないわよね。陛下は先祖返りで精霊の力がお強いとは聞いているけど。心の中まで読まれてるとかなったら私、処刑されかねないわ…)

 複数の視線が自分に刺さるのを感じながら、アンネリザはレンフロと会話を始めた。見合い候補の女性達だけではなく。そのお付の人、更には王城の側からも視線が刺さっている気がしていた。

(何この拷問。やっぱりアリ姉様にドレスを借りるべきだったわ…)

 彼女の装いは、品格は保てているが、地味、の一言に尽きる。年齢も考慮して貴金属での宝飾品の類もしていないため、メインフロアに出れば他の女性方に確実に埋もれるだろう。それは、本来であれば彼女にとって望むことだったのだが。国王直々に声をかけられることなど想定外である。

 母親譲りの金髪はまだ未婚なことを表す意味で軽く編み下ろしている。周囲の努力もあって、彼女の髪は美しかったが、令嬢がこれだけ集まっていれば髪の美しさなど最低条件にすぎない。

 瞳と同じ色のドレスを、と母が選んでくれた淡い青のそれは、彼女にとっては故郷の空を思わせる色だが。その愛着は地味という現実にプラス効果はもたらさない。

 それ以外に褒めるところがないのだろうな、と彼女が思っている、よく人から褒められる白い肌は、実は父親譲りであるが、装いの都合上顔くらいしか出せていない。

 王都の社交の場に出てくることはないとは言え、社交の場そのものに出たことがないわけではない。王都の社交界が魔窟だという話を上の姉達からも散々に聞かされている。地味な形で壁の花となってそそくさとこの場を去っていれば、上の姉達が築き上げた父親への評価は何も変わることがなかっただろう。しかしながら、舞踏会らしい礼装の国王の隣に立つのならば話は別だ。釣り合いが取れていない。

 人から品定めをされるような視線を向けられることなど慣れたもの、というよりただの日常なのだろう。レンフロは気にしたところもなくアンネリザと会話を続ける。内容は、先日の見合いの際にも話したような当たり障りのない話である。

(この内容をわざわざ舞踏会の場で話しかけられている理由は何かしら。私のような人間もこの会場に呼んでいるっていう印象付け? あぁ、もう、なんでも構わないけどどうにかしてこの会話終わらせられないかしら)

 元々うんざりしていた精神状況で、思いがけぬ緊張を強いられ、正直に言えば耐えられなくなったアンネリザは、会話が一段落したところで、さりげなく他の女性を誘って踊りに出るよう水を向けてみる。

「陛下は、フロアにはお出でにならないのですか?」

「私はあまり得手ではない…相手に恥をかかせてしまうだろう」

 返ってきた言葉と浮かぶ微苦笑に、意外だ、という思いで眉が跳ね上がってしまう。あまり表情を出さないようにしようと必死に顔を微笑状態で固めていたのだが。元々無表情とは無縁のアンネリザである。

「まぁ、それでも陛下と踊りたいという女性はいくらでもいらっしゃるでしょうに」

 自分と同じようにダンスの苦手な貴族、それも王族が居たのだ、とアンネリザの顔に隠しきれない喜色が滲む。

(だから誘って差し上げてくれないかしら、都貴族の女性の一団は視線が特に痛いことったらないもの)

 一曲目はエスコート相手と踊ったのだろうが、その後はいつレンフロに誘われても良いように、多くの御令嬢がメインフロアの周りで談笑しながら様子を伺っている。

「そうだろうか」

(もちのろんですよ!)

 とは、さすがに言わないが、その背に平手で紅葉を飾るような気合を込めて返答する。

「ええ、さようでございますわ!」

 レンフロがあの一団から誰か誘ってくれれば、その隙にこの会場を後にしようとも画策している。

(ささずいぃっと、あちらの集団から選り取りみどり選び放題どうぞどうぞ)

「では、一曲踊ってもらえるか?」

(あら?)

 ぱちぱちと瞬きをして差し出された手を見つめてしまう。

「………この上ない誉れでございます陛下」

 手を取る以外の選択肢がアンネリザには用意されていなかった。

(嵌められた! あぁ、いや別に陛下はそんなつもりはなかったのかしら、まぁでも別に私を誘って欲しかったのではないのです陛下。そうではないのです。あぁ、お父様御免なさい。お姉様達も御免なさい。コレトー、あなたは実に良い侍従でした、私のために再三に渡ってダンスの練習をするよう忠告してくれたこと、決して忘れませんよ。モネッタ、ダンスは難しいものではないというあなたの教え、活かせない私の不甲斐なさを許してね。くっ、必死に貼り付けた令嬢の仮面もここまでか…)

 壁の花となってダンスを拒絶していたアンネリザだが、この舞踏会に出席せざるを得なかったのと同じように、国王直々の誘いを断ることなどできない。ましてや自分が焚きつけたような状況である。処刑台への階段を登るような心地で手を取られるがままにフロアへ歩んでいく。

 人並みが割れるように望まぬ道を作り、踊っている人々も優雅に中央を空けていく。我こそは、と陛下と踊りたい令嬢が名乗り出てくれることを望んだが、もちろんそんな型破りな令嬢は現れない。

(この期に及んでしまってはもはや逃れる術はないか………)

 心持ちだけは戦乱時代の武人として、見た目だけは様になっている姿勢で組んでみせる。

(あぁ、終わった。一歩踏み出した瞬間から私の仮面が剥がれるわ…緊張のあまり急な服痛を訴えるという手ももはや打てない。なぜ朗らかに陛下と談笑してしまったのか。ちょっと前の私、殴ってやりたい。そしたら昏倒して踊らなくて済むのに…)

「何を考えている?」

「えっ」

 視線を下に向けて黙考していたために、顔を上げながら疑問の声を返した。が、その時には既に動きが始まってしまっていた。

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