3

 シャベルを二本。軍手を二組。運動靴はなるべく汚れて穢いものを。首にはタオルを巻いておく。ペットボトルは手提げの袋に入るだけ入れて持っていく。それがわたしときーちゃんが穴を掘るために準備したものだった。

 夏休み明けに別の町へ引っ越すことが決まり、二人でもぐらごっこをしようと決めてから、わたしときーちゃんはすぐに準備に取り掛かった。まだ夜の明けきらないうちにわたしたちは揃って出掛けた。シャベルと軍手をそれぞれ持った。わたしはきーちゃんの肉の薄い痩せた背中を眺めながら、一歩後ろをついて歩いた。

 最初は意気揚々とシャベルを肩に担いで歩いていたわたしは、まだ穴を掘ってもいないというのに、シャベルの重みに疲れてしまった。だるくなった腕を下げ、アスファルトの上をからからとシャベルを引き摺って歩いていると、そのたびきーちゃんに注意された。

「いーちゃん、いーちゃん、静かに歩いて」わたしを振り返ったきーちゃんは、眉間に皺を寄せ、しぃっ、と唇の前で人差指を立てるのだった。

 雑木林は、きーちゃんと朝子と三人できのこ狩りをしたときとまるで変わっていなかった。ペットボトルやお菓子の袋や、元が何だったのかよくわからないプラスチックごみ。ごみは逆に増えていた気もする。それらのごみを跨いで進む。蹴り上げた草が足元でかさかさ鳴った。

 入り口から近くも遠くもなく、木の根が張りすぎていない、比較的土の軟らかな場所を探す。きーちゃんは目を細めて辺りを見ながらあちこち歩き回り、ときどきしゃがみこんで土に触れては感触を確かめた。わたしはやっぱりその後ろをついて歩いた。もうシャベルを引き摺って歩いてもからからという音はせず、代わりに土を掻いて筋をつけた。きーちゃんも振り返ってしぃっと人差指を立てることはなかった。わたしはきーちゃんが歩いたとおりに土を掻いて筋をつけていった。

 やがてきーちゃんが好ましい場所を見つけ、わたしたちは持ってきた荷物を置くと軍手を嵌めてシャベルを握った。

 最初にきーちゃんが土を掘り返した。シャベルを土に突き立てると、ざくっという音を立てて土はえぐれた。とたんにむわりと蒸れた土のにおいが立ち昇った。きーちゃんはシャベルに足をかけ、ざくっざくっとどんどん掘り進めていく。わたしも見様見真似で土を抉った。ざっくりとシャベルが土にめり込み、体がぐんと引っ張られたように下に沈み込んだ。

 わたしときーちゃんは黙々と穴を掘り続けた。手が痺れてくると少し休憩し、ペットボトルの水を飲んだ。すぐに喉が乾いてしまうので、ペットボトルは瞬く間に空になった。

 陽が沈むころ、ようやく穴ぼこは完成した。

 わたしたちは大きく息を吐き、首に巻いたタオルで額やこめかみに流れる汗を拭った。まるで誰かの墓穴を掘っているみたいだとわたしは思った。思った瞬間、きーちゃんが「誰かの墓穴を掘っているみたいだね」と言ったものだからわたしは嬉しくなった。きっと誰の墓穴かを訊ねれば、自分たちのものだと答えてくれるだろう。

 まず、きーちゃんがなかに入った。居心地を確かめるように穴ぼこのなかで慎重にぐるりと体を回転させ、それからわたしに「おいで」と言った。

 わたしはシャベルを投げ出すと、運動靴を履いた右足を穴のなかへと突っ込んだ。靴は元々穢かったが、穴掘り作業のせいでさらにどろどろになったみたいだ。わたしが突っ込んだ右足はきーちゃんの体のどこかしらを撫で、きーちゃんは「くふっ」と奇妙な息を吐いた。

 わたしはぐんぐんと穴ぼこのなかへと右足を押し込み、ついで左足を押し込んだ。スカートがめくれてパンツが丸見えになった。けれどもお尻はぴったりと穴ぼこの壁にくっついていて、今さら直しようがなかった。穴ぼこのなかはそれだけ窮屈だった。きーちゃんはわたしの頭を抱え込むように自分のほうへ引き寄せてくれた。

「うん」ときーちゃんは満足げにうなずいた。「絶妙な狭さだね」

 わたしはきーちゃんの首筋に腕を回し、その胸に顔をうずめた。さっきまで穴掘りをしていたきーちゃんの体は汗で湿っていて、濃くなった体臭が鼻腔を擽った。きーちゃんのにおい。きーちゃんの胸は温かく規則正しい心音が響いていて、実に心地がよかった。

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