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 朝子にはどうしてもきのこが必要だった。夏休みに入る少し前の出来事だ。校庭の花壇や公園の植え込みを探しても見当たらず、わたしときーちゃんと朝子の三人は、きのこを求めて町じゅうを手当たり次第にぶらぶらと歩いて回った。

「ここ、いいんじゃない」

 雑木林を通りかかったときにそう言ったのはきーちゃんで、それじゃあ探索してみようと言ったのはわたしだった。手分けして探したほうが効率的であるから、わたしときーちゃんと朝子の三人は互いの腕時計を付き合わせて時刻を確かめ合い、三十分後に入り口で落ち合うことだけを決めてきのこを探すため銘々雑木林に踏み入った。

 正直わたしにはきのこの在処を嗅ぎ分ける能力が欠如しているのだろうと思う。そんなものがあるのだとしたら。鼻を地面にくっつけんばかりに身を低くしてきのこを探して歩くのに、どうしても一本のきのこも見つけることが出来ないのだった。まるで、きのこのほうからわたしを避けて通っているかのようだ。

 そろそろ落ち合う約束の時間になるというときになっても、だからわたしの手にはひとつの成果もありはしなかった。

 雑木林の奥は入り口の狭さから較べれば思いのほか広く、一緒にきのこを探しているはずのきーちゃんの姿も朝子の姿も、近くには見えなかった。わたしは一人だった。少し油断をすると自分が帰るべき入り口の方向まで見失ってしまいそうで、緊張に胸をどきどきさせながらきのこを探していたのも悪かったのかもしれない。わたしはとうとう、一本のきのこも見つけることが出来なかった。

 朝子への言い訳を考えながらしょうがなく入り口に向かって道を引き返して歩いていると、どうにも妙な感じがした。何かが変だ。立ち止まって風景に目を凝らし、違和感の正体に気がついた。

 前方の地面に、何か白く細長いものがだらんと伸びている。それが人の腕であり、きーちゃんの腕であると理解したとたん、きのこを探しているときとはまた違う感じで胸のどきどきが早まった。

 きーちゃんの体はぼうぼうと繁った草木のなかに半分埋もれるように横たわっていて、わたしの位置からは白っぽい顔と、黒々とした毛髪がくしゃくしゃになって額に張りついているのが見えた。死んでいるのかもしれないとわたしは思った。雑木林の奥に死体だなんて、何て似つかわしい。

 朝子を呼ぼうかとも考えたがやめた。何せすぐ近くに居るのかどうかさえわからなかったし、大声を出して騒ぎを大きくしてしまっては本当に何かよくないことが起こってしまいそうな感じがした。何よりわたしは胸がどきどきしすぎていて、まともに声を出すことが出来そうにもなかったのだ。

 まずは自分で確かめてみるべきだと思った。あるいはどこかで足を滑らせたときに頭を打って、気絶しているだけかもしれない。

 倒れたきーちゃんにそろそろと近寄った。近くで見ても、きーちゃんは瞼を固く閉じてだらんと地面に腕を伸ばしていた。温もりを確かめるため頬に触れようと手を伸ばした。そのとき、ぎゅっと腕を掴まれた。驚いたわたしは大声で叫び、目の前に飛ぶ虫を払うかのように掴まれた腕をめちゃくちゃに振り回した。尻もちをつく。きーちゃんはけらけらと笑っている。

「死んでると思った?」いつの間にか起き上がって、わたしが取り乱している様子を楽しげに眺めているのだった。

「きーちゃん!」

「びっくりしてるね」

「死んでると思った。びっくりした」わたしはへなへなとその場に座り込んだ。緊張が解けて、一気に全身の力が抜けた。

「いーちゃんがそうやって近くまでくるの、待ってたんだ」

「悪趣味」

 わたしはふて腐れて頬を膨らませた。冗談にしてはあんまりひどい。きーちゃんは起き上がってわたしの頭をぐりぐり撫でた。今まで土の上に横たわっていたためにきーちゃんの体には枯れ草や草の実がたくさんへばりついていて、それがわたしの頭を撫でるたびに顔の前にぱらぱら散った。

「ごめん、ごめん」

「意地悪」

「そんなに驚くとは思わなかったな」

「心臓が止まるかと思ったよ」

「いーちゃん、きのこは?」わたしの頭をぐりぐりと撫でながら、きーちゃんは言った。きーちゃんがあんまり頭を撫でるので、わたしの髪の毛はくしゃくしゃになってあちこち絡まり合っていた。

「全然駄目。一本も見つからないよ。ここには生えてないんじゃないかなあ。朝子ががっかりしちゃうね」

「おれ、いっぱい見つけたよ」

 見ると確かにきーちゃんの傍らには山盛りのきのこがあった。両手に抱えても溢れるほどの量だ。もしかするとわたしが行く場所ばしょに先回りしたきーちゃんが、きのこを根こそぎ取っていってしまったのではないかとさえ思った。悔しかったのでそれをそのまま口にすると、「いーちゃん、さっきのまだ怒ってるの」と言いながら、くしゃくしゃになったわたしの髪を手櫛で整えてくれた。

「それじゃ、いーちゃんに半分あげる」それから取ったばかりのきのこの山の半分を、わたしの胸に押しつけた。「バターで炒めてちょっと醤油を垂らしたら、うまいよ、きっと」

 それでわたしはころりと機嫌が直ってしまう。

「こんなにたくさん食べきれるかな」

「冷凍すればひと月くらい保つと思うよ」

 わたしたちは二人で一緒に山盛りのきのこを抱えて、朝子との待ち合わせ場所に向かった。両手に抱えたきのこが溢れて、途中何度も落とした。そのたびきーちゃんが気がついて、拾い上げてはわたしの抱えたきのこの山のてっぺんにそっと載せてくれた。

「何か、楽しいことでもあったの?」

 朝子はわたしたちの取ってきた山盛りのきのこと、くすくす笑い合っているわたしたちの顔を見て、頻りと目をぱちぱちさせていた。

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