第167話 高速実験船

 中国の李少尉に拳銃を向けられた内藤は、『硬気功』のスキルを発動した。その直後に銃声がして、弾丸が内藤の胸に命中する。


 『硬気功』で肉体の防御力を上げていた胸は、一センチほど弾丸が食い込んだところで止まった。激痛を感じた内藤は胸を押さえて倒れる。


 それを見た転移ドームの警備隊は、サブマシンガンを連射する。ばら撒いた弾丸が調査隊の兵士をなぎ倒した。警備隊の者たちや調査隊の兵士は、本格的な訓練を受けている訳ではない。


 仲間が撃たれたという事でパニックになった警備隊の者たちが、引き金を引いてしまったというのが真相なのだ。警備隊の七人がサブマシンガンの引き金から指を放した時、地面には調査隊の兵士たちが倒れていた。


 調査隊の兵士も何人か撃ち返したが、サブマシンガンの連射には敵わず逃げ出した。その場に残った中国人の兵士は撃たれて死んだ者だけになった。


 その頃になって、倒れている内藤に同僚の小野田が近づいた。

「内藤、仇は討ったぞ」

 すると、死んだと思っていた内藤が声を上げる。

「僕が『硬気功』のスキルを持っているのを知ってますよね」

 そう言いながら起き上がる内藤。


「内藤、生きていたのか。『硬気功』を使う前に撃たれたのかと思ったぞ」

「胸に凄い衝撃を受けて、気が遠くなっただけです。それよりまずいことになりましたね。報告に行きましょう」


 内藤と小野田はアガルタに戻って、竜崎と美咲に報告した。

「その連中を中国に帰すと、こちらの転移ドームの場所を知られることになる。始末しなければならないな」

 竜崎の冷徹な声が響く。


 美咲は嫌そうに顔をしかめたが、同意するように頷いた。

「竜崎さん、任せていいですか?」

「分かった。連中を追うのに建造したばかりの高速実験船シモウサを使うぞ」


「あれはコジローたちが、実験で造ったものでしょ」

「しかし、我々の所有船で一番速いのは、シモウサです」

 高速実験船シモウサと呼ばれているのは、立体紋章研究所がタグボートだった船を改造したものである。タグボートは小型だが、大馬力のエンジンを持つ船で頑丈だ。


 その頑丈さがちょうどいいと実験船にしたものだった。まず大馬力エンジンを取り外して、小型万象ボイラーと蒸気タービンエンジンを取り付け、船首の上に荷電粒子砲を搭載している。


 この荷電粒子砲は、コジローが『荷電殲撃』の立体紋章を試すために取り付けたものである。全体としては捕鯨砲に似ており、先端にパラボラアンテナのようなものが組み込まれている。そのパラボラアンテナの中心部に『荷電殲撃』の紋章構造体があり、その紋章構造体と小型万象ボイラーが繋がっていた。


 最初は盾に『荷電殲撃』の紋章構造体を取り付けて発射できないかとコジローは考えていたが、無理だと分かったので捕鯨砲のような形になったようだ。


 その荷電粒子砲の引き金を引くと、小型万象ボイラーで発生する万象エネルギーの流れが変わり、荷電粒子砲に流れ込んで荷電粒子弾が発射されるようだ。その荷電粒子弾の威力についても報告されている。


 但し、曖昧な言葉で強力な破壊力を持つと報告されていたので、竜崎は本当の威力を理解していなかった。


 研究所が雇った船乗りと一緒にシモウサに乗って海に出た竜崎は、調査隊の船を追った。全速力で日本海を西へ向かい島根半島の北にある隠岐諸島の近くで追い付いた。


「よし、追い付いた」

「どうやって攻撃するのですか?」

 船長の高峰が確認した。追い付いた船は、明らかに軍艦なのだ。『操炎術』の【爆炎撃】くらいでは、沈めることができそうにない。


「この船の荷電粒子砲は、使えるのだろ」

「あれを使うんですか?」

 船長は使うのが嫌そうに確認した。

「えっ、コジローたちからは、威力は凄いと報告があったけど」


 船長は渋々頷いた。

「確かに威力は凄いんですが……発射した時に発生する衝撃波が凄くて、コジローさん以外だと難しいかもしれません」


 発射時の衝撃波のようなものが、周りにあるものを吹き飛ばしてしまうらしい。竜崎は溜息を漏らす。

「肝心なところが、報告書になかったぞ」

「コジローさんには、『機動装甲』がありますから、衝撃波は感じなかったのかもしれません」


 衝撃波が発生したことは知っていたが、大したことはないと思ったのかもしれない。


「仕方ない。私の『操炎術』を使って攻撃しよう」

 竜崎は【プラズマ砲】を使って敵船を攻撃した。ソフトボールほどの超高熱のプラズマが船に向かって飛び、船尾に命中して爆発し五十センチほどの穴を開ける。


 戦闘艦に穴を開けるというのは凄い威力なのだが、【プラズマ砲】で沈めるのは大変そうだ。

「面倒だな。チッ、撃ち返してきたか」

 敵船に乗った連中が、【爆炎撃】や【氷槍】を使って反撃をしてきたのだ。


 船長が竜崎に近づいてきた。

「やっぱり荷電粒子砲を使いましょう」

「はあっ、衝撃波が凄くでダメだったんじゃないのか?」


「竜崎さんは、『物理耐性』がマックスに達しているんじゃないですか。それなら死なないと思います」

 船長は船が沈みそうなので、荷電粒子砲を勧めているように思える竜崎だった。


「ええーい、分かった。荷電粒子砲で攻撃するぞ」

 そう竜崎が返事をすると、船長が眼を保護するゴーグルやヘルメット、それと防護服のようなものを引っ張り出して、竜崎に着せた。


「本当に大丈夫なのか?」

 竜崎が確認すると、船長が頷いた。

「河井さんも、一度だけ撃っています」

 一度だけというのが気になるが、河井が生き残ったのなら、大丈夫かもしれないと竜崎は思った。


 竜崎は防御を固めて、捕鯨砲のような荷電粒子砲の引き金が付いている取っ手を掴んで、筒先を敵船に向ける。慎重に狙って、引き金を引いた。


 その瞬間、荷電粒子砲の先からオレンジ色のビームのようなものが飛び出し、同時に衝撃波が周りに広がった。竜崎は衝撃波を受けて操縦室の壁に叩き付けられた。


 飛び出したビームは、敵船に命中して大爆発を起こした。それは対艦ミサイルに匹敵する威力を持っていたようだ。頑丈な戦闘艦が吹き飛び、破片が飛び散って爆煙が上がる。


 壁に叩き付けられた竜崎は呻き声を上げながら立ち上がった。

「竜崎さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。体中が痛いぞ」

 それを聞いた船長が目を逸らす。


「まさか、河井の時も同じだったのか?」

「ええ、河井さんは二度と試さなかったです」

「クソッ、それを早く言ってくれ。……まあいい、河井の場合を確認しなかった私にも落ち度がある。それより本当に荷電粒子砲なのか? ビームみたいになって飛んでいったぞ」


「さあ、私も専門家じゃないので分かりません。ただアニメで見た荷電粒子砲に似ていると、コジローさんが言っていました」


「そう言えば、あの報告書には『(仮)』と書いてあったな。いい加減な連中の報告書を信じるんじゃなかった」

 竜崎は沈み始めた敵船を見た。目的は果たしたが、身体が痛い。


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